第2話 第二章:広長の影
翌週の日曜日。
いつもなら昼まで眠り、午後から洗濯と掃除を済ませて夕方には缶ビールを開ける。それが三島の習慣だった。
だがこの日は朝から目が覚めていた。頭の奥で、広長の言葉が響いていた。
――みんな、俺を見ていないような気がする。
その感覚の意味を確かめたくて、三島はあの書店へ行ってみることにした。
商店街はかつてよりも寂れていた。
シャッターを下ろした店が並び、道の真ん中には雑草が伸びている。
通りの奥に、広長書店の看板が見えた。
「広」の文字だけ闇に溶けたようで、「長書店」とだけ浮かんでいた。
ガラス戸の内側には“閉店のお知らせ”が貼られている。
紙が湿気で波打っており、テープの端が剥がれかけていた。
覗き込むと、中の本棚はほとんど空だった。
奥のカウンターには埃をかぶったレジがひとつ、寂しげに佇んでいる。
誰もいない店内を見つめていると、
背後から声がした。
「どちら様?」
振り返ると、隣の文房具店の女性が立っていた。白髪まじりの小柄な人で、手にはほうきを持っている。
「あの……この店、広長書店って、もう閉めたんですよね」
「ええ。先週ね。息子さんがね、頑張ってたんだけど」
「広長雄太さんですよね」
「そうそう。知ってるの?」
「高校の同級生なんです」
女性は少し顔を曇らせた。
「……そう。あの子、最近元気なかったみたいね。たまにここで立ち話したけど、いつも上の空で」
「どこに行ったか、ご存じですか?」
「さあ……引っ越したって聞いたけど、詳しくは。お父さんも体悪くしてたしね」
その言葉に、三島は息を飲んだ。
あの穏やかだった彼の父親の顔が脳裏に浮かぶ。
本棚の陰から、立ち読みをしていた自分に向かって「また来たか」と笑っていたあの人。
もう会えないのかもしれない。
帰り道、街の喧騒がやけに遠く感じた。
人々がすれ違っても、誰も目を合わせない。
それは以前からそうだったのか、それとも今、自分の方が“薄く”なっているのか。
夜、部屋に戻っても、広長の姿が頭から離れなかった。
机の上のコップを見つめながら、ふと呟く。
「俺は……誰かに見られてるのかな」
その声は空気の中に吸い込まれていった。
まるで、自分の言葉さえ透明になっていくようだった。
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