第3話 聖女は理性で祈ります


レオンハルトに休暇を取らせることに成功した私は、次に聖堂教の司祭、セラフィナ・ド・ヴァレリエから届く女神グッズの送付を止めさせるための手を打つことにした。

 なお、愛と平穏の女神エリュシオンを唯一神として崇める聖堂教は、エターナル王国の国教である。

 そして、教会――女神エリュシオンを祀る『聖堂教』の本部――は王都にある。

 私は面倒なのでまとめて『教会』と呼んでいる。


 セラフィナは、休んでいるヒロインに気を遣って直接見舞いには来ず、教会のマスコットであるブサかわいい犬のぬいぐるみや花束、その他諸々と一緒に


『私はあなたの体が心配でなりません。一刻も早い回復を祈っています。あなたに笑顔が戻る日を信じて――セラフィナより』


 なんて手紙まで添えて贈ってくる。


「問題なのは、贈り物がそれだけではすまないところなのよね……」


 等身大の歴代聖女像、広辞苑級の聖典全100巻、教会おすすめ非常時グッズまで――好意はわかるが置き場がない。


「セラフィナに手紙でも出すか」


 さすがにまだ外出は許してもらえないだろう。

 これから手紙を書けば、今日中には教会にいるセラフィナに届くはずだ。


「ミラ、これから手紙を書くから紙とペンを用意してちょうだい」

「アリア様! 本日はまだ休まれていた方が……」

「大丈夫。セラフィナに心配しないでと伝えたいだけだから。すぐ書き終わるわ」

「……かしこまりました。でも、お体がつらくなったらすぐにお申し付けくださいませ」


 おお、ミラはもっと大人しい女の子だと思っていたけれど、忠誠心篤い侍女らしい。

 まあ、問題にはならないだろうからいっか。

 当面は、王子の先触れが来るまでに城を出られるかどうか、だ。

 できれば王子は最後に回したい。


 そんなことをベッドで仰向けになって考えていたとき。

 部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 ミラが扉を開け、私の知らない侍女と何やら話をしている。

 私はその様子をぼーっと見守っていた。

 それにしても大きいな、この部屋の扉。

 さすが王城。


「アリア様、セラフィナ様からお見舞いの品が届いたそうです。その……馬車二台分になるそうなのですが、いかがなさいますか?検閲は済んでいるとのことですが」


 ぼーっとしていた私は、おずおずと申し出るミラの言葉にハッとした。

 セラフィナのお見舞いイベントが発生してしまった!

 一瞬焦ったが、すぐにこのイベントの発生時期を思い出し、深いため息をついた。


 これは、時間的に潰すのが無理だったわね。

 アリアが倒れた直後から発生するイベントは、さすがに転生したばかりの私では阻止できない。

 私が教会の礼拝堂で倒れてから、丸一日経過している。

 セラフィナは、私が倒れたと聞いて少しでも早く私が回復するようにと女神グッズをかき集めたに違いない。


 ここはファンタジー世界なので意外かもしれないが、女神グッズには疲労に効果があるなどの科学的根拠はない。

 祈りや気持ちはこもっているだろうけれど、それだけなのだ。

 お守りと大差ない。


「では、小物だけこの部屋に運んでちょうだい。彼のことですから、きっと私の回復を祈願する品を贈ってくれたのでしょうし」

「かしこまりました。私が判断して、部屋に運ばせます」


 しかし、馬車二台分とは。

 セラフィナ。

 さてはおまえ、私のことがすでに相当好きだな!?


「えぇ、見舞いの品についてはあなたに任せます。台帳を見せてちょうだい」


 このお見舞いイベント。

 セラフィナの場合、その時の好感度で見舞い品の質が変わるのだ。

 台帳をミラから手渡され、私は頭を抱えた。


 水晶でできた女神像いただきましたーっ!!


 マズイ。非常にマズイ。

 彼の好感度がすでに危険領域に達している。


 この『聖恋夢』は、章立てのストーリーとなっており、キャラクターの好感度は章が進むごとに上限が上がる仕組みとなっている。

 前半が共通ルートで後半がキャラルート。

 アリアが礼拝堂で倒れるイベントは、中盤でこの話の折り返し地点。

 それぞれのキャラルートに分岐する手前なのだ。


「このままじゃ、セラフィナルートか……」


 何とかしてこのルート、早々に潰さなくてはならない。

 セラフィナは指導者としてはいい人なのだが、恋愛対象になるかと聞かれれば即座に『否』だ。


 彼は、私には清廉すぎる。

 あと、宗教にどっぷり浸かっている点もマイナスだ。


 ミラは小物だけ部屋に運び入れて、かさばるものは別室に置くよう指示してくれたらしい。

 教会のマスコットであるブサかわいい犬のぬいぐるみなら、私も安心して枕元に置ける。

 光を反射する女神エリュシオン像と一緒に、白いバラの花束がベッドサイドのテーブルに飾られた。

 控えめでありながらもかぐわしい香りが、なんとも彼らしい。


 いや、しかし本当に困ったな。

 宗教問題はデリケートだ。

 取り扱いには注意を払わなければならない。

 相手は国教の頂点、聖堂教本部なわけだし。


 ただねー、礼拝堂はこの城内にもあるんだから、別にわざわざ馬車で片道30分かけて毎日教会に行く必要はないと思うのよ。

 大概の司祭たちは、威信を保つため聖女が教会の礼拝堂で女神に祈りを捧げる姿を見せたいだけだと私は考えている。


「ねぇ、ミラ」


 私の呼び掛けに、ミラがセラフィナから届いた荷物の差配を止めて私の側に来る。

 藍色の切れ長の瞳が私の次の言葉を待っている。


「女神様って、この世界の生物をあまねく見守ってくださっているのよね?」

「左様でございますね」


 何を今更と言いたい気持ちはわかる。

 だが、これは大事な質問なのだ。


「なら、私がどこで祈ろうと女神様は見ていてくださっているわよね?」

「……左様でございますね」


 私が何を言いたいのか察したのだろう。

 肯定する声はか細い。


 そりゃ、いきなりこんなこと言われたら困るよね!

 ただの侍女だしね!


 でも、これは私にとっては大きな後押しだった。


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