第2話 騎士フラグは初日から折ります
リアムの診察を受け、過労と診断された私はベッドの上で必死に頭をフル回転させていた。
予想通り『聖恋夢』の中盤――礼拝堂でアリアが倒れるイベントが発生したところだ。
過労ということで今はリアムが面会謝絶にしてくれているが、これから攻略キャラたちの好感度が上がるお見舞いラッシュがやってくる。
このゲーム、非常にユーザーに優しい仕様で、聖女の仕事以外ほとんど何もしなくても攻略対象の好感度が勝手に上がってくれるのだ。
「……さて、どうしますかね」
仰向けで寝たまま額に手を当てて考える。
まず、目が覚めたとき真っ先にやって来た護衛騎士のレオンハルト。
彼は、私の異変に気づかなかったことを悔やみ、護衛を理由にさらにしつこく付きまとってくる。
忠誠心あふれるわんこキャラは私の好みではないので、ぜひともやめていただきたい。
そして、女神エリュシオンを唯一神として崇める聖堂教の若き司祭、セラフィナ・ド・ヴァレリエ。
アリアが女神の声を聞く聖女と認定された時から、聖なる力の使い方や女神エリュシオンの教えを親身に指導してくれた包容力のある年上枠の男性。
長い栗色の髪に淡緑の瞳を持つ中性的な美貌を持つキャラなのだが、私はどこか影のあるイケメンが好き。
よって、彼とも距離を置きたい。
また、イベントでセラフィナから女神グッズが届く予定なのだが、その量と価値が半端ない。
気持ちはありがたいが置き場に困るので、何とか止めなければ!
一番問題なのは、アレクセイ・ヴァルグレーヌだ。
黒髪に金の瞳をした知性的な男性で、隣国の王子でもある。
エターナル王国には留学で来ており外交的な問題もあるので邪険にできないのだが、この男、自国の癒やしの効果があるお茶を持参し、倒れたばかりの私とお茶会を開こうとする。
私に飲ませ、少しでも『癒やされた』と言えば聖女のお墨付きだと、新たな貿易品にする魂胆が見え見えだ。
そんな時間があれば少しでも休みたいんだよ、私は!!
――ほんと、この世界、ろくな男がいないな。
私は深く息を吐く。
「もう一人は放置でいいか。こっちから行かなければ問題ないでしょ」
攻略キャラには本当はもう一人、カイル・ハウザーという宰相補佐がいるのだが、彼はちょっとプライドの高いライバルキャラなので、こっちからアクションを起こさなければ無害だろう。
なお、眼鏡で濃い栗色の髪・灰緑の瞳の彼は、かなりユーザー人気があったらしい。
ツンデレの良さは、私にはわからない。
「アリア様、お薬の時間です」
ミラが水差しとグラス、それに粉薬を乗せたワゴンを運んでくる。
この粉薬が苦いのなんのって。
仕方なく身を起こし、薬を水で一気に流し込む。
思わず顔をしかめてしまい、ミラに「良薬は口に苦しと申します。我慢してくださいませ」なんて諭されてしまう始末。
そう言えば、薬を飲んだ後に「口直しが必要ですね」と口づけてくるキャラがいたような……?
あれ、いつ誰と起きるイベントだっけ……。
自然と身震いしてしまう。
「やっぱり、すぐにでも潰さないといけないようね」
この『聖恋夢』。
数少ないオタク友達にしつこく勧められ、仕方なくコンプしたのだがプレイ中苦痛で苦痛で仕方なかった。
私は勇者より魔王が好き。
王子より下町の義賊が好きなのだ。
王道で正当派なキャラたちとの恋愛にときめくことはできなかったが、今はコンプしたことを心底感謝している。
攻略キャラの立ち回りを知っているので、フラグを回避もしくは潰すことができるはずだ。
「ねぇ、ミラ。レオンハルトを呼んでもらえる?」
「かしこまりました」
ワゴンを下げるついでに、ミラが扉の向こうに立つ護衛騎士のレオンハルトに声を掛けるのが聞こえる。
私が呼んでいると知って、レオンハルトが即座にベッドのそばにやって来る。
驚くほど早い。
「いつもお仕事ご苦労様。あなたが私を部屋まで運んでくれたと聞きました。ありがとう」
「とんでもございません! 殿下の体調に気付かず、己の不甲斐なさを恥じ入るばかりにございます」
碧色をした瞳が、翳る。
口調からも、彼の誠実さと後悔が伝わってくる。
ゲームの展開通りだ。
「ところで、レオンハルト。あなた、最後に仕事を休んだのはいつかしら?」
「はっ! 二ヶ月ほど前に一度いただきました」
「二ヶ月前……?」
私の社会人センサーが鳴った。
異常だ。ブラックだ。完全にアウトだ。
騎士の休暇について私は全くの無知だが、待遇の悪さはこの一言でよくわかった。
彼のことだ。
王族の護衛たる自分から、休みを申請するなど考えられないことなのだろう。
「あなたに命令があります」
「はっ、何なりとお命じくださいませ。このレオンハルト。殿下の願いを必ずや叶えてみせます」
真顔でまっすぐ見つめてくる瞳に、私は内心でほくそ笑んだ。
――言質は取った。
「今から一ヶ月間、休暇を取るように。あなたは大変優れた騎士ですが、だからといって、あなた以外に私の護衛が務まる騎士がいないほど人材不足ではないはずです。私もこれからは休息を大切にしながら公務に励みます。あなたも、もっと自分の時間を作り良き余暇を過ごしてください」
「そんな……一ヶ月も殿下のお側を離れるなど、私には……」
「先ほど『必ずや叶えてみせます』と言ってくれましたね? 私はあの言葉を聞いて大変嬉しく思いました。それとも、私の聞き間違いだったのでしょうか?」
たたみかけるように言ってみせれば、レオンハルトは何かを口にしようとし、やがて諦めたようだった。
強く握られた彼の拳が目に入ったが、それはそれ。
私はストレスフリーに過ごしたい。
「……御意」
ただ一言そう言って、レオンハルトはうなだれてしまった。
今なら見える。
彼の頭についている耳が倒れ、尻尾がしおれている姿が。
――こうして、私はひとつフラグを『潰す』ことに成功した。
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