バーチャル異世界転転移

単なるアホ。

バーチャル異世界転移

「バーチャル異世界転移ー、バーチャル異世界転移ー、いかがですかー?」

軽やかな女性の声。

その言葉に、出海は足を止めた。

出海は異世界転生もの、異世界転移ものの本が大好きだった。

小説でも絵本でも漫画でも雑誌でも、そういう本があったら絶対に買っていた。

特に、今いる駅ビルの本屋は異世界ものの本が豊富。

お小遣いをもらったらその本屋に直行していた。そう、今日も…。

「あの、バーチャル異世界転移って、バーチャル●博みたいなゲーム、です、か…?」

女性は少しビックリすると、ニコッと笑ってこう言った。

「いいえ!異世界転移をしたい方のための体験で、1時間100円、マジの異世界へぶっ飛べます!」

え、なにそれ。マジで異世界転移できるなら100円って安すぎじゃね?

「いま、日本中で2000万人もの方が利用しております〜。東京、名古屋、大阪で大人気のためここでも売り出そうかと考えておりまして」

この駅ビル、人いないんですけど。もう直ぐ閉店して本屋は私の家の近くに移転するんですけど。

そういうのを堪えて出海は「ふーん」と言った。

「マジで転移できるの?じゃあ、やってみてもいいけど??」

「ありがとうございます〜。一回100円です」

どうせインチキでも、ジュース一本分のお値段だ。やってみよう、と出海は思う。

理由は簡単。普通に転移してみたいから。

でも、一個心配なことが浮かび、財布を出す手を止めた。

「あ、あの…これってRPGモノ?に転移するんですよね?村人Aとかに転移しちゃうことって……」

「心配いりません。自分のご要望で好きな存在、場所に転移できますので、大丈夫です」

それを聞いてフッと心配事は消えた。100円を支払い、店員にボールペンをもらった。

「この紙にどこに転移するか書いてください。書けたら私に渡してくださいね」

出海は好きなRPGゲームに転生しようと考えた。ボールペンのインクの色は赤。出海はこう書いた。

RPGゲームの世界線で一番腕前のすごい勇者になる。モンスターの討伐班に入って強いモンスターを誰よりも倒す!

その紙を宣伝してる人に渡し、その人はボールペンと共に紙を丸める。

「では、いいバーチャル体験をお楽しみくださいね〜…」



目が覚めると、出海は鎧を着ていた。

街並みは中世ヨーロッパのようで、よく本で見てうっとりしていたやつだ。

「今から1時間、体験をお楽しみください」

さっきの女性の声が聞こえ、出海はワクワク最高潮だった。

(私、マジで転移してる?!)

ビックリしたのはそれからだった。

モンスター討伐班で、剣を握ると何もわかんないのに勝手に手が動き、モンスターをやっつけられるのだ。

「やっぱりイズミはすごいね!」

「尊敬しちゃうよ〜。勝利にかんぱーい!」

みんな、出海のことを褒めまくり、ラム酒で乾杯する。

出海は未成年で本来お酒は飲んではいけない。

でも、バーチャルだから大丈夫だろうと飲んだ。

あの骨つき肉も食べて、モンスターをバッタバッタと倒し、仲間に褒めちぎられ…。

いつのまにか国一番の腕前の勇者になっていたのだ。

すると、アナウンスが聞こえた。

「本日のバーチャル異世界転移は終了です。お疲れ様でした……」



出海は目を覚ました。えーっと、何があったんだっけ。確か……

「国一番の勇者になって、モンスターを倒して褒められまくって、ラム酒を飲んで骨つき肉を食べた」

「お〜。いい体験ができましたねぇ。いかがでしたか?」

さっきの女性の声だ。その人の手には折れたボールペンと破れた紙が握られている。

「この体験は、1人3回までしかご利用できないのですよ。ご要望の際も、ご利用の際も、慎重に選ぶことをおすすめいたします」

「あ、あのっ…!」

出海は慌てて質問した。

「これって、今からもう一回……」

「あ、すいません。紙の在庫がなくって。この体験には特別な紙を使っているんですよ〜。また別の機会に、ぜひきてくださいね〜」



この日、出海はヒマだった。友達も用事があるそうで、家族は仕事でいない。

(せっかくの土日なのに〜ッ!!!ゲームしたいけど飽きてきちゃったし…そうだ!ゲームソフトを買おう!)

出海は貯金を持って駅ビルに向かった。すると、ゲーム売り場の前にあの女性が立っていた。

そうだ!バーチャル異世界転移!!これだったらヒマ潰し(※1時間)できる!!

「あの、異世界転移お願いします!」

「前の方ですね。かしこまりました〜。100円です」

出海は100円を迷わず出し、紙とボールペンを渡される。

(今回は……SF的な感じのも混ぜてみようかな!)

出海はワクワクしながらあれやこれや考えて、紙にこう書いた。

宇宙の星の王族になって、人々から敬られ、特別な力で人を治める!

そう書いて、女性に渡して。ワクワクしながら紙がくちゃくちゃに丸められるのを見届けた。



今回の転生先は、文明の発達した星のSF世界線。出海は、そこの王女だ。

出海は文明を築き上げて…みんなからただ座っているだけで尊敬の眼差しを向けられて…

出海は、地球へと使者を送った。そこでは大飢饉が起こっていて…。

そこに出海は高性能な空気、水、光の3条件がなくても育つ苗や農薬、機械などを持ち込んだ。

「作り方、使い方はいつでも聞いてくださいね。ほしいものがあったらまた配達します」

こうして、出海にはたくさんお金が入ってきて……。民の生活は豊かになり、もっと感謝された。

すると、アナウンスが聞こえてくる。

「本日のバーチャル異世界転移は終了です。お疲れ様でした…」



そこで、ハッと出海は目が覚めた。

「お疲れ様でした〜。本日、まだ紙の在庫が残っておりますのでいかがですか〜?」

女性がにこりと笑い、ピラピラと紙を掲げる。

「や、やる!!」

「せっかくなので私があなたの記憶を抽出してつくったお題でいかがでしょうか〜?ただ、記憶には残りませんのでご了承をー」

そういえば、もうネタ切れに近い。出海は即答した。

「やる!!」



それはなるほど記憶に残ることない体験だった。

でも、クセになる今まで以上に最高の体験だった気がする。出海はあれやこれやと色々考えていた。

(あんなこと、したかった〜…あ、あれもこれも!!あああああ、あの時衝動買い?しなければああああ)

すると、出海はハッと思いついた。

出海の母は、メイクのお仕事をしていて顔立ちを隠すことが得意。

それにカツラをつけて、声を少し変えれば、だませるんじゃない?!

出海はさっそく母の部屋へ行った。



「新しいお客様ですね〜。いらっしゃいませ〜。こちらの紙に書いた場所へ1時間100円でひとっ飛び!バーチャル異世界転移、やりますかー?」

「やッ…ヤリマスワ」

声はブスになったけど、なんとか騙せた。出海は紙に要望を書いて女性へ渡した。

と、すると。

そこは真っ暗の空間だった。そこに、紙を渡したはずの女性が立っていた。

「イズミさん、ですかねぇ〜?約束を破った代償として、ここで暮らしてくださいね〜。では」

名前なんて教えてない、なんて言えない。出海は絶望の涙を流す。

ルールを破っただけで、こんな世界に…。

出海はもう、何も言わなかった。



「バーチャル異世界転移ー、バーチャル異世界転移ー、いかがですかー?」

その言葉に、少女は足を止める。

「ほ、ほんと?」

女性はニコリと微笑んで言った。

「はい、そうです〜」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バーチャル異世界転転移 単なるアホ。 @bpk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ