憂愁のカンパニュラ
葉山 うさぎ
プロローグ
ああ…やっと…やっと長い長い暗闇から解放された。
ああ…やっと…やっとこの日が来た。
ああ…長かった…本当に。
婚約者の和美と結婚式の段取りを詰める為、周りに気を遣いながら定時ちょっと過ぎに退社した宇田川は、駅に続く商店街をいつもより心持ち早い足取りで歩いていた。
ちりんちりん…しゃらららら…
後方から、夏らしい涼しげな音が響いて来た。
宇田川が足を止め振り返ると、屋根いっぱいに風鈴のぶら下がった手押し車が軽快な足取りで通り過ぎようとしていた。
あぁ、もうそんな季節か…。
きゃらきゃらと耳に心地の良い透明な音色がそこら中に響き渡る。
宇田川は無意識に風鈴屋を呼び止めた。
ずらりと並んだ風鈴の中でも金魚鉢を逆さにした形のが気になった。薄いブルーで波紋が描いてある。その下に赤い金魚の絵が描いてある短冊がぶら下がっていた。宇田川はそれを指差し包んで貰った。代金を支払うと「毎度!」と言い残し、風鈴屋はまた軽快な足取りで立ち去って行った。
宇田川は風鈴屋の包んでくれたその一つを、割れないよう大事そうに鞄にそっと忍ばせ、和美が家に来る前に、家の軒下に吊るした。
ちりんちりん…
初夏の風に乗って金魚が泳ぐ。
心地よい高い音色が宇田川の耳朶に響いた。
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