ぶさいくな『てるてる坊主』

@gagi

ぶさいくな『てるてる坊主』

 娘のひなたとパパがリビングでテレビを見ている。


 画面ではアフリカのサバンナをぞうの群れが歩いている。


 放送されていたのは動物の特集番組だ。今日のテーマはぞうらしい。


 テレビの中でぞうが『ぱおーん』と鳴いた。


 黒い肌の女の子を長い鼻で器用に抱え、たかいたかいをしている。


 画面の向こうの女の子は楽しそうに笑っている。


「ひなもぞうさんに会いたい!」


「じゃあ、パパが動物園に連れて行ってあげるよ」


 このやりとりで私たち家族は日曜日、動物園に行くことが決まった。





 娘が寝付いた後、パパはビールと枝豆で晩酌をしていた。


 ソファに座ってビールの缶を片手に、ティッシュをころころと丸めては「違うなぁ」と言ってテーブルに置く。


 パパの正面には丸められたティッシュによる小さな丘が出来ていた。


「なにティッシュで遊んでるの?」


 私はパパと同じ缶ビールを持って、彼の隣に座った。


「遊んでいたわけではないんだけどね」


 とパパが苦笑する。


「てるてる坊主を作ろうと思ったんだ。ほら日曜日、せっかくみんなで出かけるからさ。晴れてくれたらいいなって」


 けれども、ティッシュだと鼻をかんだ後のゴミにしか見えなくてさ。とパパは付け加えた。


 確かにティッシュの塊たちを見れば、てるてる坊主の面影が無くもない。



 私は「ちょっと待ってて」とソファを立った。


 そして寝室のタンスから『ふじたけ医療機器』と書かれた安っぽい、白いタオルを持ってきた。何年か前にパパが会社から持ち帰ったものだ。


 その他にはマッキーと余った靴ひもが幾つかと、娘の古着。


 「これでなら、ちゃんとしたてるてる坊主が作れそう?」


 パパは「ありがとう」と言って私からそれらを受け取った。


 娘の古着を丸めてタオルでくるむ。首に当たる部分を靴ひもできゅっと縛る。


 マッキーのキャップを取って、てるてる坊主の顔を描く。



「ねえ、タオルってもう一枚ない?」


 とパパが聞いてきた。


「ないよ。どうして?」


 と私が質問すると、


「顔、失敗しちゃった」


 と言って、背中に隠していたてるてる坊主を見せてきた。

 

 タオル地の白い肌に書かれた目鼻。


 それはこう、たらこ唇のハニワのような、いや違うな。とにかく、とても形容しにくい顔だちをしていた。


 あまり見目麗しくないというか。端的に言えばぶさいくだった。


「……まあ、いいんじゃない。個性的な見た目であっても。てるてる坊主であることに変わりはないし」


 彼は「でもなぁ」と不満げだった。けれど「どのみち作り直しはできないよ」と私が言うと「それもそうだね」と諦めた。



 パパはてるてる坊主を持ってソファから立ち上がると、リビングの窓とは反対の方向に身体を向ける。


「吊るさないの? てるてる坊主」


「吊るすよ。けど、自分の部屋にしようと思って」


「リビングの方がいいんじゃない? 日当たりいいし。お天道様も見てくれるよ」


 パパの自室は窓が北向きで日当たりが悪い。


 でもなぁ、とパパは言う。


「やっぱ、リビングに吊るすのは嫌だ。だって、ひなたに見られたら恥ずかしいもの」


 こうして、不格好なてるてる坊主はパパの自室に吊るされた。





 てるてる坊主のお陰か、日曜日は雲一つない晴天だった。


 けれど、ひなたは朝から不機嫌だった。というより怒っていた。


「どうしてパパがいないの!」


 パパはひなたの目覚める少し前に仕事へ向かった。


 パパのお客さん、つまり病院なわけだが、そこから「機器の不具合があるから見てほしい」旨の電話を受けたからだ。


 私が「パパは急なお仕事ができちゃったんだよ」と説明してもひなたは「パパのうそつき!」と言って収まらない。


 動物園はママと二人で行こうね、と言っても「パパがつれて行くってゆってたの!」と言って聞かない。


 しまいには「パパにふくしゅーしてやる!」の言葉と共に、冷蔵庫からケチャップを持ち出してパパの部屋へ駆け出した。


 まずい。もしもあのケチャップが暴発したら。掃除に洗濯。余計な仕事が増えまくる。


 私は慌ててひなたを追う。


 けれどひなたは部屋の扉を開けるなり、ぴたと立ち止まった。


 そして私の方を見る。


「なんか、きもちわるいのがいる」


 そういうひなたの表情からはちょっとの怯えが読み取れた。


 パパの自室、ひなたが指さす先。


 そこにはカーテンレールにぶら下がった、ぶさいくなてるてる坊主があった。


「あれはね、パパが作ったてるてる坊主だよ」


「……あんなきもいのが?」


「そう、あんなきもいのが。ひなたとお出かけする日が晴れますようにって。本当はパパだってひなたと動物園に行きたかったの。嘘をつきたかったわけじゃないんだよ」


「……ふーん」


 ひなたは多少不満そうだった。けれども手に持ったケチャップは蓋を開けることなく、冷蔵庫にしまった。「今日のところはかんべんしてやる」と言って。


「動物園にはママと二人で行こうね」


 私はひなたに帽子を被せた。


「……やっぱ、別の日にする。パパがなかまはずれなのは、あわれだから」


 私が被せた帽子を、ひなたはそっとはずした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぶさいくな『てるてる坊主』 @gagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ