第2話 辺境の食堂と、魔力酔いの聖女

王都を追放されて、三日。


俺、アキラは、魔王国との国境にほど近い辺境の街「テルマ」にいた。


「……埃っぽいな」


俺は、元手(退職金代わりの金貨数枚)で借りた、小さな建物の前で呟く。


ここは、数ヶ月前まで「冒険者向けの酒場」だったらしいが、ダンジョンの深部で大型モンスターが湧き(スタンピードし)、冒険者が減ったせいで潰れたそうだ。


まさに、辺境。


だが、俺にとっては好都合だった。


王都の目も届かない。あのデブ勇者の顔も見なくて済む。


「さて、と」


俺は、埃まみれのドアを蹴り開け、持ってきた荷物(数本の包丁(マイ包丁)と、使い慣れた寸胴(ずんどう)鍋、そして王都でこっそり買い集めた「栄養学」の専門書)を運び込む。


半日かけて、厨房とカウンターをピカピカに磨き上げた。


そして、表の看板。


古ぼけた「酒場」の文字を削り、こう書きなぐった。


『アキラ食堂。栄養(バランス)とれます』


「よし。こんなもんだろ!」


俺が「スローライフ」の第一歩に満足し、腕を組んだ、まさにその時だった。


ガシャン!! ガラガラガラーッ!!


街の入り口が、急に騒がしくなった。


怒号と、悲鳴が混じる。


「い、医者を! ポーションを! 誰か!」


「聖女様が! 聖女様がお倒れになった!」


何だ? 俺が店から顔を出すと、人だかりの中心に、一台の豪華な馬車が停まっていた。


その傍らで、一人の少女がぐったりと倒れ込んでいる。


純白のローブ。


汚れ一つない、美しい銀髪。


だが、その顔は土気色で、脂汗が浮いている。


小刻みに震え、浅い呼吸を繰り返していた。


「聖女様! ああ、また『魔力酔い』が……」

「これ以上、浄化の魔法をお使いになるから……!」

「誰か、高位の神官を!」


周囲の騎士や神官たちが、オロオロするばかり。


一人が、聖水らしきものを彼女の口に含ませるが、少女は弱々しく咳き込むだけだ。


俺は、その光景を冷静に観察していた。


『魔力酔い』? 違うな。


確かに、彼女の体内からは莫大な魔力が霧散している。


だが、問題はそこじゃない。


あの症状。


顔面蒼白、冷や汗、手足の震え、そして意識混濁。


これは典型的な「低血糖」と「電解質異常」だ。


魔力を「浄化」で使いすぎた? つまり、莫大なエネルギー(カロリー)を一気に消費したんだ。


それなのに、補給は「聖水」だけ?


バカか。


ガス欠の車に「祈り」を捧げているようなもんだ。 聖水じゃ、血糖値は上がらない。


「チッ」

俺は、思わず舌打ちしていた。


「おい、そこのお前! 見世物じゃないぞ!」

騎士の一人が俺に気づき、怒鳴る。


うるさい。


俺は、騎士を無言で押し退け、少女に近づいた。


「な、なんだ貴様! 聖女様のお体に触れるな!」


俺が少女の手首(脈を測るため)に触れようとすると、騎士が剣の柄に手をかけた。


俺は、厨房から持ってきた「寸胴」のフタを、騎士の顔の前に突きつけた。


「死にたいのか、お前は」

「……へ?」

「いや、お前じゃなくて、そこの聖女様だ」


俺は、冷ややかに言い放つ。


「それは『魔力酔い』なんかじゃない。『急性栄養失調』によるショック状態だ。それ以上、意味不明な水(聖水)を飲ませ続けたら、数分で死ぬぞ」


「なッ……! き、貴様、聖女様を侮辱する気か!」


「ああもう、いい。黙ってろ」


俺は、開けたばかりの「アキラ食堂」の厨房に駆け込む。


時間がない。


固形物は、まだ無理だ。


吸収が一番早い、「液状のメシ」を。


俺は、寸胴鍋に残っていた「仕込み」(鶏ガラと香味野菜を煮込んだ、透き通ったスープ)を小鍋で沸騰させる。


そこに、隠し味(という名の栄養素)を叩き込む。


ひとつまみの「岩塩」(ミネラル)。


大さじ一杯の「蜂蜜」(即効性の糖分)。


そして、保存していた干し生姜(しょうが)のすりおろし少々(血行促進)。


「地味メシ」追放の俺が作る、 異世界版「経口補水液・改」


最強の「回復薬(リカバリー・スープ)」だ。


「ほらよ」 俺は、スープを湯呑みに注ぎ、聖女の元へ戻る。


「まだいたのか、平民! そんな得体の知れない汚物を……」


「いいから、飲ませろ」


俺は、少女の上半身をゆっくりと起こし、その乾いた唇に、湯呑みのフチを当てた。


「……」

少女は、獣のように匂いを嗅ぎ、こくん、と微かにスープを飲み下した。


一口。


また、一口。


奇跡は、三口目で起きた。


土気色だった少女の頬に、 すうっと、血の気が戻った。


「……あ」


浅く、速かった呼吸が、深く、穏やかなものに変わっていく。


小刻みな震えが、止まった。


そして――。


ぱちり、と。 固く閉じられていた聖女の「目」が、開いた。


「あたたか……い……です」


その、澄んだエメラルドのような瞳が、まっすぐに、俺を捉えた。


「「「「え.え. え. え. ……!?」」」」


周囲の騎士や神官たちが、この世の終わりでも見たかのように、絶句している。


「う、うそだ……」


「高位神官でも治せなかった『魔力酔い』を……」


「あの平民(アキラ)がただのスープで……!?」


うるさい。


だから、魔力酔いじゃないっつうの。


俺は、空になった湯呑みを騎士に放り投げる。


「聖女様だか何だか知らんが、あの人、メシ食ってないだろ」


「栄養が足りてないだけだ」


「あとは、ウチの店に運べ。ちゃんとした『メシ』を食わせてやる」


俺は、自分の店の看板を、親指でクイッと指差した。


『アキラ食堂。栄養(バランス)とれます』 まだインクも乾いていない、その看板が、やけに輝いて見えた。


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