第2話 序-Ⅱ

 零時が訪れた時、アリアは中央塔の二階にある大広間に、転移魔術で移動した。鐘が鳴り響く手前の事であり、毛足の長い絨毯を踏んでから、十二回の鐘の音を聞く事に成功した。危うく、眠ってしまう所だった。


 白いテーブルが用意されていて、フルートグラスが並んでいる。

 その場には、アリアを含めて、丁度十二人の魔女がいる。

 アリア同様、ギリギリで訪れた魔女も数人いた。


「全員集まって、ホッとしたわ」


 そこへ、レオナが声をかけた。本日は橙色のドレス姿だ。暖色系の花がいくつもあしらわれている大胆なドレスである。その場にいる魔女達は、皆ドレスだ。アリアのようにローブを纏っている者は、半々といった所である。


 正方形のその部屋に、魔女達は好き勝手に立っている。どこにも入口は無い。皆が転移魔術で訪れるからだ。床と天井には魔法陣が刻まれている。


「今宵、十三番目の塔の管理者が出現すると、太陽球から神託があったのよ」


 レオナが続けた。

 太陽球というのは、このゾディアックを空中に浮かせている動力源である。レオナの治める第五の塔と非常に関わりが深い、古代の遺物である。


「零時を過ぎたらこの部屋に、堕ちてくるそうよ」


 この大広間は、魔女が正しく堕ちてくる部屋でもある。この場に管理者は皆、突然出現すると決まっている。すると床に触れた時に、魔法陣が反応して、管理者と認定し、塔もまたそれに呼応して出現するのである。


 アリアはそれを知識として知ってはいたが、己がここへ訪れた日の事は上手く思い出せない。気がついたら、既に塔の管理者だったし、トパーズの館で暮らしていたのだ。


 その時――天井の魔法陣が光を発し始めた。

 輝く金色の粉のようなものが舞い始める。皆が固唾を飲んで見守っていると、空気が揺れた。空間がブレたように一度歪む。直後、その場に人が降ってきた。そのまま、落ちてきた人物は絨毯に沈んだ。着地に失敗したわけではなく、意識が無い様子だ。


「な」


 最初に声を上げたのは、誰だったのか。

 アリアも、倒れている人物を見て、目を見開いた。

 そこにいたのは、どこからどう見ても――女性では無かったからだ。


 目をしっかりと閉じて横たわっている青年は、黒い髪をしていて、年齢は十代後半から二十代前半くらいに見える。見える、が、それはあくまでも魔導書から得た知識であり、アリアは『男性』を見るのは初めてだった。骨格や肩幅で理解しただけだ。


 その場にいる魔女達も同様である。

 このゾディアックには、使用人や弟子達も含めて、女性しか存在しない。

 ――男の魔女など、聞いた事も無い。


「……塔が出現したようですね」


 冷静な声がした。それまで倒れている青年に釘付けだった視線を、アリアは声の方向に向ける。そこでは第七の塔を管理するレイラが、頬に手を添えていた。十代後半に見える麗しい女性だ。慌ててアリアも動揺を鎮め、外の気配を探知魔術で確認する。


「……っ」


 新しく出現した十三番目の塔は、第八の塔と第九の塔の中間にあった。ほとんどが、第九の塔――即ち、アリアの敷地に存在していた。焦ったアリアは、そばにあったテーブルからフルートグラスを手に取り、中に入っていた炭酸水を飲み込む。


「い、意識が戻るまでの間と……その後、生活に慣れるまでの間は……し、指導者が必要で……それは近隣の塔の者と決まっているわね」


 気を取り直したように、レオナが言った。すると周囲の視線がアリアに集中した。アリアは震える手で、フルートグラスをテーブルに置く。


「アリア卿なら、ゾディアックでの暮らしも長いし、適任じゃないかしら」


 第八の塔の管理者である、ユリナが述べた。狼狽えながら、反射的にアリアは視線を向けた。背丈はアリアと変わらないが、妖艶な体付きをしているユリナは、まじまじとアリアを見ている。第八の塔の敷地にも新しい塔は入っているのだが、彼女は自分でやる気は微塵も無いらしい。


「けど、ユリナ卿の敷地にも……」

「大半はアリア卿の敷地でしょう?」

「……それは……」

「わたくし、それに、男性はちょっと……」

「……」


 ユリナが困ったような顔をした。アリアもまた困っていた。アリアだって、男性には抵抗があるのだ。改めて、倒れている青年を見る。しかしこのまま床に放置しておくわけには行かないだろう。


「……取り急ぎ、目を覚ます間だけは、トパーズの館で介抱をするけど……その後は保証できないから。また、改めて集まって、処遇を決める事を要求する」


 アリアは必死でそう述べた。結果として、その場には、安心したというような空気が広がっていく。アリアは恐る恐る、倒れている青年に歩み寄った。彫りの深い顔立ちをしていて、鼻筋が通っている。伏せられた目は形が良い。ピクリとも動かないが、呼吸しているのは分かる。怯えながら、アリアは白い指先を伸ばして、青年に触れた。連れて転移する為には、触らなければならないからだ。


 青年の手を持ち上げてみる。とても重い。大きな掌を両手で握り、アリアは双眸を閉じた。そして脳裏に転移魔術を発動させる魔法陣を描く。直後、魔術が発動した。


 転移した先は、トパーズの館の客間である。

 新しく出現した塔の中は、まだ未探索であるから、落ち着くまでは、トパーズの館で――第九の塔の敷地の中で、世話をする事になる。まさかこんな面倒事が起きる日が来るとは思わなかった。唇を噛みながら、寝台に横たえた青年に、アリアは毛布を出現させて静かにかける。


 これが、ゾディアックの魔女達と十三番目の魔術師が初めて遭遇した夜だった。

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