【アイテムボックス】が『ゴミスキル』と罵られ、追放された農民の俺、スキルが『無限成長&時間停止』のチートに覚醒したので、悠々自適に成り上がっていく件

人とAI [AI本文利用(99%)]

第1話 追放寸前のゴミスキル農民と、彼女と交わした小さな約束

「ふぅ……っし!」


 陽射しが痛いくらいに照りつける中、俺は鍬をひび割れた土へと力任せに突き立てた。


 辺境のトレス村。その外れにある痩せた畑は、今年も容赦なく干からびかけている。


「アレン、そっちはもういい。次は北側の畝を頼む」


「はい、すぐ向かいます」


 村長の声に素直に返事をし、俺は鍬を担いで移動した。


 雑草抜き、水汲み、堆肥運び、壊れた柵の修理。畑仕事だけじゃない。村長の家の薪割り、神殿の掃除、子どもたちの見張り。面倒ごとは大体、俺のところに回ってくる。


 理由は、単純だ。


 俺には【アイテムボックス】しか取り柄がないから。


「アレン兄ちゃん、それまた背負うの? すげぇなぁ」


 近くで遊んでいた子どもが、俺の背中の大きな籠を指差して笑う。


「ううん、これなら一度に運べますから。楽なんですよ」


 そう言いながら、籠いっぱいに詰めた石や枯れ枝を意識で押し込み、スキルで収納する。


 視界の端で、ぽん、と小さな箱が開くような感覚。その一瞬の後、荷物は俺の手からふっと消えた。


 それだけだ。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 トレス村で唯一だと騒がれた固有スキル【アイテムボックス】は、容量が「籠一杯分」で頭打ちだった。どれだけ試してもそれ以上は入らない。重いものを無理に詰め込めば、中で弾かれて地面にぶちまけられる。


 子どもの頃、みんな少しは期待してくれた。


 いつか大化けするんじゃないかって。


 けれど時間が経つほどに、村の視線は冷ややかに変わっていった。


『何だ、アレンのスキル、それだけかよ』


『荷物持ちくらいには使えるか?』


『いや、あんな半端なもん、かえって不気味だ』


 俺は、それでも働いた。せめてスキルの分まで手を動かそうと、誰よりも早く畑に出て、誰よりも遅くまで残った。


 それなのに——。


「よぉ、アレン! 精が出るなァ、ゴミスキル!」


 耳障りな声が、背中に突き刺さる。


 振り返る前から、誰かは分かっていた。


 村長の一人息子、ゲイル。


 乱雑に刈り上げた金髪に、無駄にいい体つき。腰の短剣をこれ見よがしに触りながら、数人の取り巻きを従え、にやつきながら俺の畑に土足で踏み込んでくる。


「……ゲイルさん」


「なんだその態度は。村長の息子であるこの俺様に挨拶もなしか?」


 わざとらしく肩を組むふりをして、耕したばかりの畝をぐしゃりと踏み荒らす。


(またか……本当に飽きないな、この男は)


「お前みたいな穀潰しが、リリィの隣にいるのが気に食わねぇんだよ。ゴミスキルのお前に、あいつはもったいねぇ」


 出た、その話だ。


「……リリアは関係ないでしょう」


「関係なくねぇよ!」


 ゲイルはわざと大声を上げ、取り巻きたちを振り返る。


「なぁ、お前らもそう思うよな? この村の次期村長様である俺様の嫁は、あのリリィが相応しいってよ!」


「そりゃそうだ!」「ゴミスキルじゃ荷車も引けねぇしな!」


 下品な笑い声が上がる。


 胸の奥がじくりと痛んだ。


 リリア。


 俺と同い年で、幼い頃からずっと一緒だった幼馴染。優しくて、働き者で、誰よりも家族思いの彼女は、この村で唯一、俺を真正面から信じてくれる人だった。


『アレンのスキル、絶対すごい可能性を秘めてると思うの。だって、誰も本当の使い方を知らないんだもの』


 そう笑ってくれた顔を思い出すと、自然と口元が緩む。


「……リリアは、俺と——」


「はぁ? お前、まだそのつもりなの?」


 ゲイルの取り巻きが噴き出した。


「ゴミスキルのくせにリリィと将来とか、夢見すぎだろ」「身の程わきまえろよ、マジで」


 分かってる。村の連中が俺をどう見ているかくらい。


 それでも——。


「俺は、リリアとの約束を守ります。畑を増やして、豊かな土地にして、みんなが笑って暮らせる村にする。だから——」


「お前がどう思ってようが関係ねぇんだよ」


 ゲイルが俺の胸ぐらを掴み、ぐっと引き寄せた。


 間近で見るその瞳には、乱暴な欲と、踏みにじることへの快楽しかない。


「それとな。お前のゴミスキルが村にとって『不吉』だって話、最近よく聞くぜ?」


「……不吉?」


「作物が育たねぇのも、雨が降らねぇのも。全部、半端な【アイテムボックス】が土地の恵みを吸ってるからだってよ」


 心臓が一瞬止まったような感覚。


「そんな馬鹿なこと、あるはず——。俺のスキルにそんな力、ありません」


「でもまぁ、みんな不安なんだよ。分かるか? 不安は、どっかにぶつけねぇと治まらねぇ」


 ゲイルは肩をすくめ、耳元で囁く。


「リリィのためにもさ。さっさと諦めて大人しくしてろよ。そうすりゃ、お前がどうなっても、少なくともあいつだけは守ってやるからよ」


 「どうなっても」という言葉に、背筋が冷たくなった。


 こいつは本気で、俺を切り捨てるつもりなんだ。


 でも、ここで噛みつけば、それこそ——。


「……俺は、俺にできることをやります。リリアは渡しません」


 掴まれた手を静かに外し、一歩下がる。


 ゲイルの目が一瞬だけ細まり、次の瞬間、また薄笑いに戻る。


「いいぜ。せいぜい足掻けよ、ゴミスキル」


 吐き捨てると、取り巻きと共に去っていった。


 残された俺は、強く拳を握る。


(俺は、リリアを守る。村を守る。そのために、働くしかない)


 それしか、選べなかった。



「……アレン!」


 夕暮れ、仕事を終えて道具を片付けていると、鈴を転がすような声が背中から聞こえた。


 振り返ると、亜麻色の髪を風になびかせたリリアが、心配そうな顔で駆け寄ってくるところだった。


「リリア」


「またゲイルに絡まれてたんでしょ? 大丈夫?」


 彼女は俺の隣にしゃがみ込み、服についた土をそっと払う。その指先の温もりが、ささくれだった心を少しずつ癒していく。


「平気ですよ。いつものことですから」


「そんなの、平気じゃないわ。あなたは誰よりも村のために働いてるのに……どうして誰も分かってくれないのかしら」


 悔しそうに唇を噛むリリアに、俺は苦笑した。


「君が分かってくれるだけで、俺は十分です」


 そう言うと、彼女は少しだけ照れたように目を伏せる。


「ねぇ、アレン。いつか、この村を出て、二人で小さな畑を耕しながら暮らさない? 誰にも文句を言われない、静かな場所で」


 不意に告げられた願いに、胸の奥が温かくなった。


「……ああ。そうですね。絶対に、そうしましょう。俺が必ず君を幸せにしますから」


 指切りをするように、小指と小指を絡める。


 この息苦しい村で、二人で未来を語り合うこの時間だけが、俺にとっての救いだった。


 だが、そんなささやかな希望にさえ、暗い影が忍び寄っていた。



 ここ数年、まともに雨が降っていない。


 井戸の水位は目に見えて下がり、痩せた大地は、苗の命を支えきれずにいる。


 今年は特にひどい。


 保存していた穀物は虫にやられ、家畜は痩せ細り、村人たちの顔から笑みは消えた。


「おい、今年の作物、もう駄目なんじゃないか?」


「神官様が言ってたろ、これは何かの祟りだって……」


「祟り……誰かが、怒りを買ったのか?」


 村の広場を通りかかった時、そんなひそひそ話が耳に入る。


 誰もが不安げに空を見上げ、そして、自分以外の誰かを「原因」にしたくてたまらない顔をしていた。


 刺々しい空気が、村全体を覆い始めている。


 嫌な胸騒ぎを覚えながら、俺は自分の畑へと足を速めた。


(どうか、気のせいであってくれ)


 だが、じりじりと大地を焼く太陽は、その祈りをあざ笑うように照りつける。


 この時の俺はまだ知らなかった。


 村が「祟りの元」を求める時、その矛先が、誰に向かうのかを。

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