白いワンピースの女性に連れられたそこは、サカサマの世界~時渡りの運命に導かれて、同じ時間を繰り返し廻り続けることに。上等だ、何度だって廻ってやる~
蒼生芳春
第1部
1 差し伸べられた右手
サクナは、惨劇の塊を、城の見張り台から呆然と眺めることしかできなかった。
横殴りの雨が床に溜り、サクナの足元を湿らせていた。
爆発音
叫び声
吹き荒れる風
雨にまじる血の匂い
――どうしてこうなってしまったのだろう。
――どうすればよかったのだろう。
国暦325年。
戦う兵士
逃げ惑う兵士
すでにこと切れた兵士
赤い鎧の兵士は、そのすべてを躊躇なく踏み潰していた。入念に槍や剣で突き刺して。
「サクナ様は逃げてください」
天照の兵士がサクナに近づきながら切望した。その兵士が身に着けた鎧は、動くたびに金属の音を打ち鳴らし、その音がサクナを急かすように聞こえる。
「もう私は逃げないわ。オモイ兄さんも戦っているのでしょう?」
「ええ。ただ、私はサクナ様をお護りするのが務め。ここで逃げていただかないと困ります」
サクナは、顔についた水滴を両手で払いのけながら、兵士に毅然と言い放つ。
「何度も言わせないで。私は、サクナ・アルフール。この国の王となるオモイ・アルフールの妹です。この国が亡びるのであれば、その時は私も一緒です」
「……わかりました。ただ、ここにもいずれ炎諏佐の奴らがくるでしょう。その時、そのような服装では満足に動くこともできません」
兵士はサクナの服装を見ていた。サクナが着ている白いドレスは、足首までスカートが伸びている。本来であれば、スカートがふんわりと広がり、気品溢れる衣装であったが、今は、風雨にさらされ、薄暗いくすんだ色に変わり、スカートの裾がサクナの足にまとわりついていた。
「そんなことはわかっているわ。こんなドレス、いますぐ捨ててもいい」
サクナは、両手でドレスのスカートを縦に切り裂いた。
「私はこれまでオモイ兄さんに庇護されて生きてきた。そんな生活とは決別して、この城に来たの。にもかかわらず、未だお姫様扱い。父が亡くなった今、私はもう逃げも隠れもしない。さあ、そこにある武器を渡しなさい」
サクナは、兵士の後方に立てかけられた数本の剣を指差した。
「わかりました」
兵士は足取り重く、剣が置かれた方に歩いていき、剣を手に取ると、柄の方をサクナの方に向けた。
「サクナ様も剣術は学ばれています。ただ、決して無理をしないようにしてください」
「わかっているわ。とりあえず、オモイ兄さんと合流した方がよさそうね。どこにいくべきかしら? 」
サクナは、兵士から剣を受け取り、しっかりと握りしめた。
「それならば、玉座の間に行きましょう。オモイ様は、そこにいらっしゃるかと思います」
サクナは、兵士とともに駆け足で塔の階段を下りていき、数分ほどで玉座の間の扉の前に到着した。
――まだ炎諏佐の兵士はここまで来ていないわね。
玉座の間の扉は両開きになっていたが、どちらも閉まっていた。
「やけに静かね」
サクナが左側の扉に手をかけ、体重をかけてゆっくりと押し開けた。
サクナは、扉の先の光景が目に入ると、絶句した。玉座の間には、10人ほどいる兵士が皆倒れ、背中や胸に血が広がり、大理石の白い床は血の色で染まっていた。
「なんですか、これは」と兵士は驚いた。
サクナは、持っていた剣を投げ捨て、玉座に駆け寄る。
「オモイ兄さん!」
玉座の前では、オモイが仰向けに倒れている。
「オモイ兄さん! 息をして!」サクナは目をつぶるオモイの体を揺すった。
「サクナか」
オモイは目を開け、うつろな目でサクナの方を見た。
「なんでこんなことに?」サクナがオモイの体を見ると、何か細い物で突き刺されたような傷跡があり、そこから血があふれ出ていた。サクナは、床に転がるオモイの右手を、両手で握った。
「ここにいては危ない。いますぐここから離れるんだ」とオモイは言った。
「嫌よ。兄さんを一人になんかできない」
「ダメだ。サクナは、生き残るんだ」
サクナの両目からは涙がこぼれ落ち、1つの1つの粒がオモイの顔を濡らした。
「そんなことを言われても、どうすればいいのよ」
「サクナはもう子どもではない。自分で考え、自分で判断をするんだ」オモイの目がだんだん閉じていく。「そして、サクナがこの国を救うんだ」
オモイの右手がサクナの手からすり落ちた。
玉座の間に、サクナの叫び声が、やまびこのように何度も反響する。玉座の後ろに掲げれらた大きなステンドグラスには、一人の王が玉座に座りながら、讃える市民に向かって手を挙げる絵が描かれていたが、今は、吹きつける雨が透けて、王がまるで涙を流しているようだった。
突然、扉の方から、誰かの足音が聞こえてきた。
「サクナ様、誰か来ます」
兵士がとっさにサクナの前に立ちはだかり、左手を広げ、右手で剣を構えた。
サクナは立ち上がることはできなかったが、涙で霞んだ両目を腕でこすり、気持ちを奮い立たせようとした。扉を見ると、開け放たれたままの扉の先には暗闇が広がり、足音だけが響いていた。
足音は徐々に大きなり、しばらくすると、扉の向こうから、一人の男がゆっくりと現れた。
「止まれ!」
兵士が強い口調で叫ぶと、男は、体を扉に寄りかからせながら立ち止まり、兵士には目もくれず、サクナの方だけを見ていた。その男は、兜をかぶり顔は見えなかったが、着ている鎧は所々割れて、今にも倒れそうに見えた。
その鎧の男は、サクナの方をまっすぐに見据えて言った。
「助けてほしい。国も、過去も、未来もすべて」
サクナには、この男が言っている意味は理解できなかった。
しかし、男の声はとても重く、なぜかサクナの心の深いところを突き刺した。
そして、男は、自身の右手をサクナの方にゆっくりと伸ばした。
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