第2話

 森を彷徨い始めてから早二日。まだ雨は降り続けていた。


 海翔は空腹にふらつきながらも足を止めない。雨に打たれ続けた彼の体は冷え切っていて、連日の長時間移動に足は悲鳴を上げていた。持ち物は既に全て溶けきっていて、重さ故に捨てるか迷っていた荷物も既に全て水溜まりの中に消えてしまっている。


 この雨は、いったい。

 海翔の頭はそんな疑問で満ちている。彼の持ち物全てを溶かしていった割には、彼自身には何の影響もしていない。周囲の植物を溶かしているのだから、生体に影響がないわけではないはずなのだが。


 そんなことを、全裸で考えている。

 着ていた服も、全て溶けてしまったので。


「………もう羞恥心すらねぇや」


 彼の心は擦り切れていた。投げやりも投げやりで、うつろな表情でただ彷徨っていた。仮眠を取った際に付着した土で薄汚れた全身、そして生来の猫背のせいで、その姿はさながら原人のようで。


 諦念のまま彼は歩き続けた。


・~・~・


 やっとのことで雨が止んだ翌日、海翔は困惑していた。


『おい、返事をしろ』


 彼の目の前には、鈍く光る鎧で全身を包んだ騎士が二人。彼がこの森を訪れて一番最初に見た死体と同じ格好であった。

 そして、彼らから放たれる海翔の知らない言語。


「あのー、助けていただきたくてですねぇ」


 勿論、海翔の言葉も彼らには届かない。


 ヘルム越しに覗く、騎士二人の怪訝な表情。全裸で縮こまる海翔は、申し訳なさそうな顔をしてみた。悪いスライムじゃないよ。


 馬を寄せ合って何やら話し合いを始めた騎士二人は、ときおり海翔のほうに視線をやりながら短く言葉を交わす。直ぐに談合を終えたらしい彼らは、海翔のほうに近付いて来た。


『貧相な体だな』


 助けてくれるのだと、海翔は二人に近付く。

 そんな彼の態度を嘲笑うように、手際よく海翔を拘束した二人は満足したように頷き合った。


『研究所の連中は喜ぶだろうな』

『あぁ。どこの民族かは知らんが、灰雨で焼けない肌だ。魔法技術だけでも盗めれば御の字だな』


 縄で縛られた全裸の海翔を馬の背に乗せ、騎士二人は森の中を駆け始める。


 二人の騎士が向かうは、王国エネスレラルド────太陽を信仰し、灰色の雨が降り注ぐ世界を生き抜く人々の国であった。

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