クリスマスダイナマイトの危険性(2018)

石鬼輪たつ🦒

第一節 もまれたあ!(最終話)

 僕が12月24日の三太九朗伝承を信じていたのは、恐らくだが小学校低学年のころまで。


 はたから見れば相当なマセガキであったことだろう、しかしその原因は両親にある。


 夫婦喧嘩は犬も食わない、とはよく言ったもので、僕はいやでも九朗さんが空想の産物だと思い知った。

 

 以降、滞りなく訪れるクリスマスの夜は早く寝るようにしてきた。

 月の初めから、近所の家はイルミネーションで綺麗きれいにきらめいていたが、全くその日だけはいまいましく感じられた。


 そこに向かってカーテンを閉じ、布団をかぶると、部屋の外に洗濯ものの干しっぱなしになったベランダのある分、距離ができて目の前は真っ暗闇に包まれる。

 それが昔はこわくて仕方がなかったのだが、今では僕のなかで無二の、安息の場所であることは言うまでもない。


 それで、まさにこれから眠ろうとして、「よしっ」なんて言ってひとりなのをごまかして見る。


 なんてことないただの暗闇がしだいに色を薄めて、僕の目の前から、ぽろっとはがれ落ちた。



「――もしもし。君は、こんな聖夜にカラ眠りするような、ワルーい子供かね?」



 ……いや。どうやら暗闇は、僕から「はぎ取られた」らしかった。けど、それを気付けないほど、僕は年老いていないはずで。


 さらには二階のこの部屋で聞きおぼえのない声がしたが、耳をわずらっている記憶もなくて。

 いやぁこまった、なんてひと息。



「おうおう、少年よ、無視しないでおくれ、ほら。いとしのサンタさまだよぉ?」



 静かにそして、当たりさわりのないように閉じたマブタ越しから、現実に、肉体をきちんと持った「サンタさま」の顔のぐあいがほんとうにぼんやり見えた。


 黒くはっきりと濃い色の眉毛が上下していて、なんとも不安そうな様子だ。

 ただ、声は、どう考えても、年の若い女の子であり、一瞬覗いた感じだと、とてもカワイかった。


 先入観のせいかもしれないが、追っていい匂いもしてきた。

 クラスで女子とすれ違うたびに香ってくる甘いあの匂いが、今はずっと、すぐ近くにある気がする。


 それで、僕はがらにもなく独り言をすることにした。

 「そ。サンタさまは、えっちなプレゼントもくれるんですね」、なんて。顔がいいんならこの際どうだって良かったし。

 気分としては、ああ僕にも遂に精通が来たんだなんて言う、喜びと、逆にクリスマス精通へのむなしさという、結局はあいまいさばかりだったけど、向こうの反応を楽しみたい本心にとってつまり、どうでもいいのだった。


 ……いやでも? でも僕は、多少学校でも背がひくくて女みたいだと言われるけど正々堂々と男しているし、つまり言えば今もってりん戦態勢を取って架空のメスサンタに(おそらく見えてないけど)交尾アピールしている訳であり、ここから先は全年齢という名目で現在進行中の世界観にはおよそふさわしくないシチュエーションになってしまうのでは? 

 それはマズい。と言うわけで僕は眼球にまとわり付いたマブタを、ちゅばっ、と音のしそうな勢いでおでこの方にしぼった。刮目かつもく! 



「うぁっ……」



 思わず声がもれた。どうして寝起きの涙はだいたいにねばっこいのだろうと無意味な平静さを見て。

 それから、初めて目の前が暗いのでなく真っ白になっていることに気付き、二度か三度まばたいて、ぱちくり、はっきり視界を確保した。



「……おっ。ようやくお目覚め、」



 目が合う。まあ、内臓がやけに圧ぱくされるなあ、とは最初に思っていたし。知ってたし。別に、クリスマス精通とか、むしろしなくて良かったし。しなくて……。



「おはよう、木本きもと少年。愛しのサンタさまじゃよお?」


「まず降りて? 重たい」



 いつになくはきはきと言えた。


 すると、自己主張の強い眉毛がひくひく揺れて、メスサンタは身体をたおして来て、大きなおしりに比べるとやけに小さく細い指の四本+四本を、僕の胸あたりに立てて支えた。

 あお向きになったままでも、ガラスみたいにつるつるの丸っこいつめがよく見えた。



「マニキュアでもぬったら? サンタ服に合いそうだよ」


「うむ、君にそんな言われる筋合いはないよっ」


「確かに。なんで僕は不審しゅぇっ……ふしゅん……メスサンタ、に、説教してるんだ」


「こらこら。サンタクロースを、ふしんしゃ、呼ばわりしちゃだめでしょ?」



 からかわれたのだろうか。不審者だけ強調して聞こえた。鼻水混じりだけど綺麗な声だった。



「ていうかっ、『メスサンタ』って何、誰がメスだっ!」


「愛称だよ」



 どうやら、本当にからかっていたらしい。



「それで、お姉さんはどちらさん?」


「ふふぉっ。ようやくそこか。わたしはね世界中の子供たちの味方、その名もサンタクロースじゃよ。驚いたかね、少年。サンタさまは実在したんですっ!」



 と、そんな感じで何か言っているようだがどうでもよくて、まさに今もって僕の鼻先で……風にそよぐ果実。

 そう風にそよぐゆたかな果実のような、おっぱいが、肩丸出しのサンタ装束(後日ウ●キで調べたら「オフショルダー」と言うらしい)からこぼれ落ちそうになっている。


 それで流し目に見ていると、おそらくメスサンタが侵入に使ったであろうカーテンの開いたままになった窓から、青白い薄明かりが差して、おっぱいの表面の鳥肌もツヤも、少し汗ばんだような気配も、手に取るように分かって来た。気のせいだろうか甘い匂いも強まったような。



「……それはまあさておき。今日来たのはね、っ、ひょあぇあっ――!?」


「あ、ごめんなさい」



 もんじゃいました。


 当然、悲鳴を上げられた。

 下乳すげえ、本当にマシュマロみたいだ。


 それでサンタさまはようやくと言うか不本意な形でと言うか、僕のベッドから飛び出して床に転がった。しかし母親以外のおっぱい触ったの初めてだ。

 メスサンタはあたり前に、きつい目つきで僕を見ていた。



「もまれたあ!」


「もみました」



 サンタにサンタへのいたずらを告白。



「いっ、いい子にしないと、プレゼントもらえないんだよ、知ってるでしょっ!」


「はあ。でももう僕、サンタとか信じてないので」



 とは言え、実際にブツをもむまでは本物である可能性も僕は信じていた。

 今年は親に何も聞かれていないし、仮に聞かれていたとして、それで僕を無理に起こはしないだろうというのが理由だ。



「それよか、じゃあ早くここを出ないと。他所よそに配れないよ?」



 だから、かもしれないけど、僕は気付いたらそんなことを口走ってしまった。下乳をつかんでおいて、用が済んだら追い出すなんてのは失礼だとは思う。


 もっとも、それは僕が12歳じゃなかったら、の話。


 世のなかには自宅に女性を呼んで色々してもらうサービスがあるらしいので、大人に成ったらきっと、誰にも起こりえることではあるんだろう(どうだ、子供にやすやすとスマホを買い与える大人たち。子供はすぅぐにこんなことまで調べられるんだぞ!)。

 そういうわけで、とくに何も負い目はなくて、僕はたんに目の前でとしがいもなくほっぺをふくらませて怒るメスサンタを追い出したい一心だった。



「いんや、もう他所は終わっているのよ。ここが、さいごのおうち」


「まだ23じゅういち時なのに?」



 僕はメスサンタを見たまま、時計はと言うとノンルックだが確信があった。小学生の門限に対するおそれようを見くびってはならない。



「サンタってのは分業なの」



 無意識かな、トナカイそりに乗ったサンタなぞいない説の後押し。



「それよりも……木本くん、さ、学校は楽しい?」


「プレゼントはないんすか」


「さっきあげたでしょ」



 言った。



「……何よ、その目は。感触とか思い出さないでよ! いいから、ほらっ、学校はどう?」


「楽しいかとかれても、別に、学校てそういうんじゃないし」



 聞いていて、われながら、つまらないことを言ったんだと気付いた。



「そう。いじめとかされてない?」


「訊きますね……」


「言いたくないならいいよ。わたし、詮索しないし……いや、ごめん、じゃないね。本当は、木本くんとただ話したいだけなんだ。できれば、木本くんから話しかけて欲しいけど、」


「ああ、なるほど」



 それで、ようやく僕のなかで納得がいった。


 メスサンタは、父さんか母さんが呼んだカウンセラーか何かで、どうにか僕と話すこうじつを作ろうと、こうして乗り込んで来たんだって。

 気が付いて、それで今さら思い出したが、メスサンタは、



「あのさ。さっき、どうして今日来たのかって、言おうとしたよね。なんで?」


「ああ、それは……」



 やましいことでもあるのか、メスサンタはそこで黙りこむ。


 くちびるを結んで、静かにうつむくと、まつ毛がボサついた前髪にかかるほど長くて、なんとなく、さっきまで「お姉さん」だった彼女が、だんだんと「女の子」になっていく錯覚をおぼえた。


 それで、僕は、何かいけないことを聞いてしまったのか、なんて、少しばかり悔やんだ。


 思えば、カウンセラーがこんな時間に、こんな、ドロボウみたいな方法で会いに来るわけないじゃないか。わざわざコスプレまでして――と言いたいところだけど、それは小二のころに経験済みだった。

 なんにせよメスサンタは、何かしらあって、僕に会ってくれたんだ。それだけでも僕は、喜んで見せるひつようがあったのかもしれない。



「すみません、メスサンタさん、あの、」


「いや。そうね、ちょっと、君の顔が見たいなって。そんだけ」


「……えっ、はあ」


「あと、メスサンタってやめてよね。どこ由来のネーミングセンスよ!」



 その、変なツッコミかたもどこ由来か気になるが、とにもかくにもメスサンタはとても元気なようすでそう答えてくれた。



「ふん。まあ、今日は『はじめましてのアイサツ』ってことで、もう帰るね」


「ほんとに顔見たいだけだったんだ」


「そうよ。だからほら、そこ退いて」


「メスサンタさんのむちっむちの太腿ふとももに挟まれたいです」


「いやよ! ってかむちむちしてない!」



 当人はそう言って来るが、下着しかかくせていない極短スカートから伸びたおみ足が、目を見張るほど美しいしむちっむちしている。

 しかし決して太っているわけではない。僕にはその美脚を表現しきれるだけのボキャなんとかは無いけど、ふくよかと言うか、おかゆと炊きこみご飯みたいな違いと言うか、



「ああくそっ、わからんっ! 日本語むずかしい!」



 こうして僕には、正しくそして美しい言葉をまなぶ理由ができたのである。


 そうそれはさておき、さっきの僕の怒鳴り声ですっかりおびえてしまったメスサンタは床のうえで縮こまり、気まずさをまぎらわそうと、窓の外をぼうっと見ているようだ。



「あの、もう帰ってもらって大丈夫ですよ?」



 それを僕が言うのもおかしいはずだが、メスサンタはひと安心とばかりにため息をつく。


 それから彼女はベッドに寝たままの僕を飛びこえて窓に向かい、ベランダに出た。

 月光に映える純白のニーソ(ここ頑張った!)が、ほこりまみれのベランダを数歩行くと、どこか不自然な取っかかりが二個、見えた。

 彼女はそこで身を乗りだして下を確認してから、遂に、むちっむちの太腿をベランダの手すりまで持ち上げる。



「……ねえ、そう、あんまり見ないでくれるかな? 女性はね視線にビンカンなんだよ?」



 隠語だろうか。メスサンタはシ線でカンじるド変態のようだ。



「落ちないでよ、あと処理が大変だからさ」


「そう言われると怖くなるでしょうがっ!」



 メスサンタは怒りながら、こちらから見えないがおそらくハシゴか何かに両手両足をかけ、意外に音を立てないで、するすると降りて行ったようだ。やっぱり見えないのでどうだか知らないけど。


 それで、なんだか、別れが少しさびしかった。


 彼女が行ってしまったことじゃなくて、あまりにあっけなかったからだ。

 それと、終始しょうもないことしか言えなかった自分の態度にも、さびしさを感じた。



『――おいっ、うるさいぞっ!』



 すぐあとに、男のうるさい声が、僕を叱りつけた。


 あれだけ騒いでいたのだから当然のことだ。

 けど、いらだった感じに僕の部屋まで入って来て「あれは誰だった?」、なんて怒鳴り散らしたりしないあたり、ああその声は父親だったんだなと気付いた。


 それから毎年、12月24日の23時ごろに、メスサンタがあらわれるようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る