ドキュメンタリー映画【短編小説】

Unknown

本編【約6300文字】

 俺は、ここ2日間でゲームを30時間以上もしていた。

「龍が如く8外伝」という海賊がテーマのゲームだ。何か月も前に買ったきり、プレイしてなかった積みゲーだった。しかし遊んでみたらとても面白いゲームだったので2日続けて徹夜した。よって俺は2日間寝ていない。

 とりあえず、かなり熱中していたゲームをクリアしてしまい、また退屈で虚無でつまらない孤独な日常が帰ってきた……。


「ああ。退屈だなー。いつもみたいにカクヨムで“妄想恋愛小説”でも書くか……。彼女が欲しいな」


 2025年11月13日・木曜日の朝9時半。

 在宅の仕事前の俺は、1人暮らししている1Kのアパートの2階のベランダの欄干に左肘をついて、死んだ目で街の人々の往来を眺めながらセブンスターという紙タバコを吸っていた。

 すると、俺の右隣からこんな声がした。


「──なに言ってんの? 彼女ならここにいるでしょ? “かわいい彼女”が」


 俺はゆっくり右を見た。

 そこには夏希なつきというアラサーの女性がいた。夏希も紙タバコを吸っている。

 自分で自分を「かわいい」と言うだけあって、見た目はかわいい。上下グレーのぶかぶかのスウェットという、ニートみたいな服装をしていて、すっぴんだ。背は平均くらい。髪はセミロングのプリン気味の茶髪だった。

 俺は無表情でタバコの煙を空に吐いて、夏希の大きな瞳を見ながら、呆れて、こう呟いた。


「……おいおい。また夏希かよ」

「またって何? ひどい」

「だって俺の妄想に夏希が登場するの、これで何度目だよ」

「さあ。数えてないから分かんない」


 ──ここ最近、俺は夏希という架空の彼女の事ばかり妄想していた。


「妄想の世界ばかり拡張しても何の意味も無いんだ。俺は妄想じゃなくてリアルの世界で彼女が欲しいんだよ。そのタバコを吸い終わったら、このアパートから消えてくれ」

「ばーか。優雅ゆうがくんがリアルの世界で彼女なんて作れるわけないでしょ?」

「そんなの、分からないだろ」

「私には分かる。優雅くんは最近ずっと彼女が欲しいって言ってるくせに、具体的な行動は何も起こしてないからね。それに、お金もないし、見た目だって良くない。加えて人間性にも問題があるよね」

「まぁな」

「自分でも、『俺にはリアルの世界では彼女を作れない』って確信してるから、彼女作りの為の行動を何もしてないんじゃないの?」

「さすが俺の妄想の女性。分析が鋭いな。ああ、その通りだ。俺が何も行動しないのは、彼女ができない要素を俺が全て持っているからだ。俺はそれを自覚してる」


 そう言うと、夏希は口からタバコの煙を吐きながら「あははは」と笑って、


「じゃあ、しょうがないから、今日も私が優雅くんの妄想上の彼女になってあげるね」


 と言った。


「もういいって。妄想で彼女を作れば作るほど、リアルの世界で彼女が作りづらくなる」

「まぁね」

「それに俺はもう29歳だ。世間的に言えば、親になっていても全くおかしくない年齢だ。5年後には俺ももう34歳。完全におっさんだ。俺には、もう残り僅かな時間しかないんだ。タイムリミットは近い。俺は悠長にしてられない。『彼女を作って一緒に猫カフェに行く』という若々しい夢を叶えるなら、“今”しかないんだ。でも、何をすればいいのか分からない」

「手詰まりな状態ってわけだね」

「うん」

「そっか。じゃあ今日は、私は彼女役での出演じゃなくて、リアルの優雅くんの彼女作りをサポートする女友達役になるね」

「ああ、頼んだ。俺と親しい夏希にしか頼めない事だ」


 すると、その瞬間、


「──はいカット~! 良いよ。2人とも良い演技だねえ」


 という男性の声がした。

 映画監督のような風貌の中年の男が、ふわふわと宙に浮かびながら、ベランダで喫煙している俺たちの方を見ている。その男の周囲には、撮影クルーと思しき男女も5、6人浮かんでいる。照明・カメラなどの撮影機材を持った人物たちがいた。

 不思議な光景に俺は思わず目を丸くした。


「宙に浮いてる……。おい夏希。誰だあいつらは」

「さあ。映画かドラマの撮影でしょ」

「俺の生活を撮ったって何も面白くないのにな」

「そうだね。在宅ワークでいつも引きこもってオ●ニーするだけのゴミみたいな生活だもんね。なんの面白みも無いよね」

「ああ。我ながらゴミみたいな孤独な生活だ……」


 タバコの煙を吐き、俺は軽く俯いた。

 そうしていると、映画かドラマの監督はこう言った。


「じゃあ、次のシーンの撮影に行こうかー」


 すると夏希が笑って、


「だってさ。優雅くん」


 と言った。


 ◆


 ベランダでの喫煙を終えた夏希と俺は、2人で1Kの部屋に戻って会議を始めた。

 議題はもちろん『リアルの俺がどうやって彼女を作るのか』というテーマである。

 俺はゲーミングチェアに座り、夏希は俺のベッドのへりに座っている。

 夏希は開口一番、こう言った。


「優雅くんがリアルの世界で彼女を作るのは無理。潔く諦めな」

「簡単に諦めることが出来たら苦労してない。俺は彼女を作って幸せになる。そして相手も幸せにする」

「ふーん。諦めが悪いね。まぁ無理だろうけど願うだけなら自由だよ」

「うん」

「優雅くん、いくらモテないって言っても、女友達くらいはいるの?」

「ああ、何人かいる」

「じゃあその人たちに一斉に告ったら? 誰か1人くらいはOKしてくれるかもよ」

「それは駄目だろ。女友達は女友達だ。恋愛対象じゃない」

「さすがに優雅くんもそこまで馬鹿じゃなかったか」

「人間関係は金には代えられない大切なものだ。俺は自分の身勝手な行動でその人間関係を破壊するような真似はしたくない」

「じゃあどうするの? 他に何かアイデアはあるの?」

「……」

「無いんだね。じゃあどうにもできないね」

「ああ、現状は奇跡を願うしかない」

「奇跡なんてそう簡単に起こるものじゃないよ」

「分かってる。俺も薄々感づいてるよ。“俺は一生孤独なんだ”ってな。この1Kのアパートで1人寂しく朽ちていって、将来はひっそりと孤独死でもするんだろうなって毎日考えてる」

「寂しいね」

「寂しい。でも、こればかりは仕方ない。俺は恋愛市場において、かなり価値が低い」

「というか、そもそも市場に出荷されてないじゃん。何もしてないんだから」

「そうだな。まだ陳列すらされてない」

「まぁ、私はニートで暇だから、優雅くんの暇潰しにはいくらでも付き合ってあげるよ。私で良ければ、いつでも話し相手になる」

「ありがとう。しかし、どうしたもんか……。仮にマッチングアプリなんかやったって、俺の年収と見た目じゃ女性に相手にすらされない」

「じゃあ、Xで自分に似た属性の女の人に声かけて、仲良くなったら?」

「俺はSNSは、苦手だ」

「でもXでの知り合いもいるでしょ?」

「うん。でも、多くは俺からフォローしたり話しかけた人じゃない。一部の例外を除いて、ほとんど相手からの接触だ。今はもう、フォローされてることに気付いたらフォロバするって感じの使い方だな」

「まぁ、優雅くんがSNS苦手なのは、なんか分かる」

「元々、1人でもあまり苦にならない性格だからな。みんなでワイワイするのは生まれつき苦手だ」

「自分の世界を大切にするタイプの人は、SNSには不向きかもね」

「俺もそう思う」

「SNSを積極的に使う気も起きないってなると、本当にもうリアルの世界で彼女を作るのは無理なんじゃない?」

「……だな。残念だけど、潔く諦めるよ」


 俺がトーンダウンしてそう呟くと、いつの間にか俺の部屋に勝手に入り込んでいた映画・ドラマ監督の男が、


「──はいカット! いい演技だよ」


 と笑顔で言った。監督の周囲には機材を持ったクルーたちもいた。1Kの俺の部屋には何人も人が集まっている。

 俺は思わず、こう言った。


「おいおい。あんたらさっきから何なんだ。それに、いつの間に俺の部屋に入ってきたんだよ。不法侵入だぞ」

「まぁまぁ、そう言わずに。我々は優雅さん、あなたのドキュメンタリー映画を撮影しているんです」

「ドキュメンタリー映画ぁ?」

「はい。現代を生きる孤独な成人男性に焦点を当てたドキュメンタリー映画なんですよ」

「それは分かりましたが、なんで俺を撮るんですか? 他に孤独な男性なんて、いくらでもいるでしょう?」

「あなたは数万人の中の“オーディション”に合格したんですよ」

「オーディションなんて、受けた覚えは無いですが……」

「まず我々が何者なのかについて説明しましょう。私たちは、あなた達とは異なる世界で生きている、言わば次元を超越した存在です。別次元からこの次元の世界の人々の観察を行い、この世界で最も孤独度と庶民度が両立した男性のドキュメンタリー映画を撮影しようと思ったわけです」

「……別次元がどうとか言われても、よく分かりませんが、とりあえず俺はこの世界の中でもかなり孤独というわけですか。それでオーディションに勝手に受かってたと」

「そういうことです。大切なのは、孤独度と庶民度の両立です。その条件をあなたはこれ以上無いほど満たしていた。そして、あなたはネット上に“自分自身を主人公にしたリアルな妄想恋愛小説”を何個も書いていますよね?」

「はい」

「そんな人、この世界にあなたくらいしかいませんでしたよ。素晴らしい」

「そうですか。何も嬉しくないですけど」

「もちろん映画の出演料はお支払いします。ざっと1億5000万くらいですかね」

「い、1億5000万!?」


 俺は思わず、夏希と顔を見合わせた。夏希は「やば!」と言って笑った。

 俺はその金額の高さに思わず硬直した。


「撮影期間は約1か月程度です。ドキュメンタリー映画ですから、ありのままのあなたの生活を続けてください。そうじゃないと逆に困ってしまいます」

「あ、はい。わかりました。いつも通り生活します」

「撮影した映画は、“我々の世界”でのみ上映予定です」

「はい」

「既にあなたの口座に1億5000万円、お振込みさせていただきました。あとでご確認ください。では、我々は今から姿を消しながら撮影を続行します。ではまた」


 そう言い残して、撮影クルーたちは全員ふわっと幽霊のように俺の部屋から消えた。

 直後、夏希が超楽しそうに笑ってこう言った。


「ねぇねぇ優雅くん! 1億5000万だって! 超やばい! もう振り込まれてるんだってさ! 早く口座確認しに行こ!」

「金額が大きすぎて状況を呑み込めないな。でも、彼女作りは奇しくもこれで大きく前進したわけだ。俺の貯金が1億5000万もあれば、彼女なんて簡単に作れるぜ。この際、金目当てでも構わない。俺の孤独は切迫してるからな。いつも寂しいんだ。それを誰かが埋めてくれるなら、それ以上の幸せは無いんだ」

「ねぇ! うだうだ言ってないで早くATMに確認に行こうよ!」

「ああ、そうだな。よし夏希、今すぐに外出と革命の準備をしろ」

「ラジャー!」


 俺は内心ではテンションが爆裂に上がっていた。

 だって1億5000万だぜ!?!? 超やばくね!?

 俺はシャワーを速攻で浴びて、外出用の服に着替えた。

 記帳をして実際の金額を確かめるために、通帳を持った。

 速攻でATMへと車で向かった。車の助手席にはテンションの高い夏希が乗っている。

 車で2分程度のホームセンターのそばに群馬銀行のATMがある。

 そのATМで俺は預金残高を確かめた。もちろん顔はにやけている。隣にいる夏希も「早く早く!」と言って笑っている。

 1億5000万あれば、世界が変わる!

 俺は素早くタッチパネルを操作して、通帳に記帳し、通帳の預金残高と金額の増減を見た。

 

「……え?」

「ん? どうしたの、優雅くん」

「おい見ろよ。預金、46万しかない」

「あ、ほんとだ。まだ振り込まれてないんじゃない?」

「いや、今日、振り込まれてる。1500円だけ……」

「え……1500円だけ? 1億5000万は?」

「……はぁ……」


 俺は深い溜息をついた。


「なぁ、多分だけど、俺はあの監督に嘘をつかれたんだ。どうせこの落ち込んでる様子も撮影されてる。1億5000万振り込むって嘘をついて、実際には1500円しか振り込まれていなかった。そんな俺の反応を撮ってるに違いない」

「そ、そんな~……」


 俺はうなだれながら、夏希と共にATMを出た。

 その瞬間、


「──はいカット~! 最高に落ち込んでる良いが撮れましたよ~!」


 と監督が嬉しそうに言った。

 俺は思わず、眉間にしわを寄せ、


「おい、嘘だったんだな。出演料1億5000万なんて」と冷たく言った。

「はい。あなたの出演料は実際のところは1500円です」

「そうですか……」

「あなたに1億5000万も与えてしまったら、あなたはきっと金の力で簡単に彼女を作って孤独ではなくなってしまいます。そうすると、我々の作品のテーマからは大きく外れた映画になってしまいます」

「金額の嘘をついたのはどうしてですか?」

「観客を楽しませる、いい画を撮りたかったからです」

「人の感情を弄びやがって……」

「すみませんでした。では、我々はこれで。また姿を消して撮影を再開します」


 そう言い残して、撮影クルーはフワッと幽霊のようにどこかに消えた。

 俺は隣にいた夏希に、こう呟いた。


「まぁ人生、うまい話なんて無いよな~。あーあ、どうせ俺は彼女できずに一生孤独だ」

「優雅くん……」

「俺はもう覚悟してる。一生、永遠に孤独だってな」

「……そっか」

「もうアパートに帰ろう、夏希。そろそろ俺の仕事の始業時間になる」

「そうだね。帰ろ。アパートに」

 

 俺たちは、車に乗ってアパートに帰宅した。


 ◆


 ある日、俺は椅子に座り、アイコスを吸いながらノートパソコンのキーボードを叩いていた。いつものように、“リアルの俺自身を主人公にした妄想恋愛小説”を執筆していた。

 書いていると、いつも途中で虚しくなったり、バカバカしくなったりする。

 でも俺は何も気にしていない。もう誰にどう思われようがどうでもいい。

 夏希は椅子に座っている俺の真横に立って、パソコンの画面を覗き込み、俺がキーボードで書き出す文字を音読していた。


「えっと。──俺は夏希の事が大好きだ。え。夏希は孤独なんかじゃない。少なくとも今ここに俺がいる。自己肯定感をお互いに高めていくぞ。俺も夏希も1人じゃない。闇を切り裂いて希望を目指そう。俺が夏希にとっての閃光になる。どこまでも生きていこうぜ。ねえ、大好き。私と付き合って」

「おい夏希、恥ずかしいから俺の小説を音読するのやめろ」

「あははは。優雅くん、私のことがそんなに大好きなんだ?」

「別に好きじゃねえよ」

「あ、嘘なの? 嘘だとしたら、あの監督と優雅くんは同じだよ。1億5000万を振り込むって嘘をついて本当は1500円しか振り込んでなかった、あの監督と同じになっちゃうよ? それでもいいの? それが嫌なら、ほんとの気持ち言いなよ」


 俺は頭を少し掻いて、パソコンの画面を見ながら、小さい声で、


「大好き」


 と呟いた。


「なに~? 声が小さくて聞こえなかったから、もう1回!」

「夏希のこと大好き」

「よく言えました。私も優雅くんのこと大好き!」

「俺なんかの何が大好きなんだよ?」

「うーん。なんだろう。上手く説明できないんだけど、なんか面白いんだよね、優雅くんって」

「漠然としてるな」

「優雅くんは、なんか面白い独特な感性の男の人だから、いつかはリアルの彼女できると思うよ。だけど妄想の彼女は私だからね。他の妄想に浮気したら許さないから!」

「うん、わかったよ。これからもよろしくな、夏希」

 

 ──その後、俺がいつものように夏希との妄想恋愛小説を書き終えると、俺の後ろから、


「はいカット~! いや~、あなたが恋愛小説を書く背中、とても孤独で哀愁が漂っていて最高でしたよ~!」


 という声がした。

 直後、俺と夏希は同時に後ろを振り返り、監督に向かって、


「うるせえなあ!」

「うるさいなあ!」


 と同時に吠えた。












 

 ~完~








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ドキュメンタリー映画【短編小説】 Unknown @ots16g

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