第2話 捕虜になった将軍
11月16日
捕虜収容所で、将軍はVIPだった。
また、将軍の要望を聞き入れて、
捕虜の扱いも丁寧なものだった。
彼らは親切すぎた。
尋問官が訪ねてきた。
将軍の国の言葉で言った。
「部隊の配置を教えてください」
将軍は話した。
そうすれば早く戦争が終わる。
「補給路は?」
将軍は話した。
そうすれば早く戦争が終わる。
「司令官の名前は?」
将軍は話した。
尋問官は満足そうに頷いた。
「協力的ですね」
「ああ」
将軍は言った。
「戦争を早く終わらせたい」
「では」
尋問官は、新しい書類を開いた。
「宣伝映像への出演をお願いできますか?」
「宣伝映像?」
尋問官は書類に目を落としたまま言う。
「あなたの戦争犯罪についての証言です」
尋問官は目を上げる。
「戦争を早く終わらせましょう」
---
11月17日
狭い部屋のなかで、
将軍は撮影機材、録音機材に囲まれていた。
カメラが見つめる。
尋問官の乾いた声が響く。
「第1項。
この戦役で、
あなたの支配地域において、
推定20万人の民間人が死亡しました。
内訳は、
餓死:8万人
凍死:5万人
砲撃・銃撃:4万人
その他:3万人
――これは、あなたの作戦の結果ですね?」
「違う」
将軍は即座に答える。
「それは戦争だ。戦争の結果だ」
「第2項。
捕虜および拘束された民間人、
合計1万5千人が、
あなたの管轄下で死亡しました。
――これを承認したのは、あなたですね?」
「捕虜は適切に扱った!
国際法に則って!」
「第3項。
あなたの焦土作戦により、
北部地域全体が居住不可能になりました。
冬を前に、
推定30万人が、
食料・燃料・住居を失いました。
――これを命じたのは、あなたですね?」
「軍事的必要性があった!
敵に利用させないためだ!」
「第4項。
白淵独立混成旅団。
第七地区における民間人を徴発しての戦闘。
その半数は銃すら持っていません。
女性や子供を含んだ凄惨な戦闘が継続しています。
――これは、あなたの指示ですね?」
将軍は立ち上がる。
「私の指示だと!?
私は反対した!
参謀が!
参謀が私の命令を無視したんだ!
私は白旗を上げた!
私は戦争を終わらせようとした!」
尋問官は言う。
「あなたは直属の部下である参謀に、
第七地区における総動員の戦闘を命令した。
参謀は命令受領後、独立混成旅団『白淵』の編成のため前進。
その直後、命令をした本人であるあなたは降伏を決心。
白淵が戦闘している最中、大規模な降伏を実行した。
――これが事実ですよね?」
「違う違う!
そんなはずがない!」
「さて」
と尋問官は続ける。
「ほかにもあります。
強制労働、食糧の略奪、公開処刑、都市の包囲
これらによって、多数の命が奪われました。
全て、あなたの命令ですね?」
「認めない!
現場の判断だ!
戦争なんだ!
お前たちだって同じことをしているだろう!」
尋問官は、テープを止めた。
「使えません」
撮影、終了。
11月18日
将軍は提案した。
「降伏勧告を、録音させてくれ」
「私の声なら、届くかもしれない」
尋問官は、しばらく考えた。
「検討しましょう」
11月19日
録音をする。
マイクの前で。
将軍は、原稿を見た。
尋問官が用意したものだ。
自分の言葉で言いたい。
原稿を脇に置いた。
将軍は、必死に話した。
白淵の諸君。
いや、白淵のみんな。
どうか、生きてほしい。
みんなに、生き延びてほしい。
学生たちよ、青春を歩んでほしい。
看護婦たちよ、その手を癒しのために使ってほしい。
婦人たちよ、家族を見守ってほしい。
僧侶たちよ、武器を捨てて、死者に手を合わせてほしい。
ああ、子どもたち……。
どうか学校の先生たちよ、子どもたちを竹槍で戦わせないでください。
そして病院の先生たちよ、苦しむ患者たちを戦わせないでください。
どうか、生きてほしい。
そっと、こちらに逃げてきてほしい。
私のように。
録音が終わった。
将軍は、はっとした。
「私のように」
自分の言葉が、耳に残る。
私のように、逃げろ。
それは、正しいのか?
将軍は、分からなかった。
「これで」
将軍は言った。
「これで、みんな助かる」
11月20日
尋問官が来た。
「放送は、しませんでした」
「え?」
「効果がないと判断されました」
将軍はポカンと口を開いて。
そしてぽつりと言った。
「そんな」
11月21日
カメラの前。
尋問官が、地図を広げる。
「具体的に見ていきましょう」
「A市。
人口3万。
あなたの焦土作戦で全焼。
逃げ遅れた住民、
推定8000人が焼死。
病院も、孤児院も、
すべて焼けました。
――これを命じたのは、あなたですね?」
将軍は、黙っている。
「N町。
人口5000。
あなたの徴発命令で食料が奪われました。
冬、
町の半分、2500人が餓死しました。
――これを承認したのは、あなたですね?」
「…それは、
現地の判断だ」
「F村。
人口800。
あなたの軍が通過する際、
『スパイ容疑』で200名を処刑しました。
その中には、
子供が30名
含まれていました。
――これを知っていましたね?」
「知らない!
報告されていない!」
「報告書があります」
尋問官は書類を示す。
「あなたの承認印があります」
将軍は、書類を見る。
見覚えがあった。
「次に。
E市。
人口10万。
あなたの砲撃命令で、
市街地が破壊されました。
民間人5000名が死亡。
病院、学校、教会、
すべて砲撃されました。
――これを命じたのは、あなたですね?」
将軍は、震えている。
「…あれは、
報復だった」
「報復?」
「我が軍が奇襲を受けた!
だから!」
「民間人への報復攻撃は、
戦争犯罪です」
沈黙。
「…分からない」
「分からない?」
「私の何が悪かったのかが、
分からないんだ!」
テープが止まる。
「使えません」
撮影、終了。
11月22日
白淵の民間人を含めた総動員による凄惨な戦闘は、
全滅という結末で幕を閉じた。
僅かな生存者が収容所に移送された。
11月25日
食堂で、少年と出会った。
将軍は、近づいた。
「君は白淵から、来たのか?」
少年は、コクリと頷いた。
「そうか、よく生きのびてくれた」
生きのびた……
少年は呟く。
僕は逃げた
僕は、
地雷を持って、戦車を待ってた
戦車が来て
立ち上がろうとしたら
地雷が重くて、
立ち上がれなくて
お母さんが
代わりに
地雷持って
戦車に、飛び込んだ
バンって音がして……
少年は、目を閉じる。
……お母さん、死んだ
飛んできた髪の毛が顔に当たった
怖くなって
逃げた
少年は、繰り返す。
僕は、逃げた
将軍は、思った。
あの時、参謀を撃ち殺すべきだった。
白旗をあげるまえに。
「すまない」
少年の肩に手を置こうとした。
でも、少年は身を引いた。
「触らないでください」
目に、涙。
「あなたも、裏切り者だ」
「あなたも、逃げた」
去っていく少年。
将軍は、呼び止められなかった。
ただ、立ち尽くしていた。
手が、震えていた。
11月27日
少年の姿が見えなくなった。
看守に聞いた。
「あの、白淵から来た少年は?」
看守は、顔を曇らせた。
「…死んだよ」
「え?」
自分で壁に頭を打ち付けて
何度も、何度も
止めようとしたんだが
間に合わなかった
「そんな」
11月28日
カメラの前。
尋問官が、写真を並べ始める。
「今日は、
個人の話をしましょう」
写真。
焼けた町の前で、
泣いている少女。
「8歳です。
A市で家族を失いました。
父、母、祖母、弟。
全員、焼死しました。
彼女だけが、
たまたま井戸に隠れていて、
生き延びました。
今は孤児です」
次の写真。
痩せ細った老人。
「72歳。
N町の元教師です。
徴発で食料を失い、
妻が餓死しました。
彼は妻の遺体を、
三日間抱いていました」
次の写真。
子供の遺体。
「名前不明。推定5歳。
F村で処刑されました。
『スパイ容疑』でした。
母親が庇おうとしましたが、
一緒に撃たれました。
この子は、
冷たくなった母親の腕の中で、
死にました」
将軍は、目を背ける。
「見てください」
「…見たくない」
「見てください」
尋問官は、次の写真を置く。
10歳くらいの少年。
「白淵から来た少年です。
母親が、
地雷を抱えて戦車に突っ込みました。
あなたの降伏命令が、
届かなかったからです」
将軍は、震える。
「彼は、
二日前、
自分で頭を壁に打ち付けて、
死にました。
この収容所で」
将軍は、立ち上がろうとして、
崩れ落ちる。
「やめてくれ…」
尋問官は、写真を次々と並べる。
「まだあります」
「名前不明の女性。餓死」
「名前不明の老人。凍死」
「名前不明の子供。銃殺」
「名前不明の――」
「やめてくれ!!」
将軍は叫ぶ。
「もう、やめてくれ!」
「これらすべて、
あなたの命令の結果です。
認めますか?」
将軍は、床に手をつく。
「…本当にやめてほしい
頼む」
尋問官は立ち上がる。
「撮影を、終了します」
はぁ、と将軍は息をつく。
初めて安堵の表情を見せる。
「やっと終わったか」
尋問官は言った。
「10分後、再び初めから撮影します」
将軍は、顔を上げた。
将軍は、決断した。
もう、耐えられない。
この問い。
この繰り返し。
この記憶。
この無意味さ。
全部、忘れたい。
全部から、逃げたい。
尋問室で。
将軍は、狂ったふりをした。
裸で踊り、意味不明な詩を朗読した。
昔からの癖を、人前で披露しただけだった。
11月29日
尋問は止まった。
将軍は笑った。
うまくいった。
簡単なことだった。
最初からやればよかったんだ。
あんなのただの宴会芸だ。
便所で、将軍はハンカチを取り出した。
手を拭う。
白いハンカチを見つめる。
「軽いじゃないか」
11月30日 8時
ある男が訪ねてきた。
中佐だった。
宣伝部隊の隊長。
中佐は、ニッコリ笑って言った。
「閣下、少しお疲れのようですな」
将軍は、へらへら笑い続けた。
狂人のふりを続けている。
「治療が必要です」
「精神病院に移送します」
将軍は、笑いを止めた。
「え?」
「入院していただきます」
中佐は、手をこすり合わせながら、
優しく微笑む。
「ご安心ください」
「良い先生がいます」
中佐は嬉しそうだった。
将軍の笑みが、消えた。
12月1日 15時
車の窓から。
白い建物が見えた。
巨大な建物。
壁が、真っ白だった。
近づくほどに大きくなった。
圧倒的な白。
白い装甲車が二台、
ゆっくりと動いていた。
門をくぐった。
白い壁に囲まれた。
「まあ」
将軍は呟いた。
「大丈夫だろう」
でも。
白が、目に痛かった。
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