スター⭐︎ハンディ 地球最後の男、宇宙で婚活中

スタシスホメオ

第1話 モス星:婚前試練 その1

 深緑の惑星が、窓いっぱいに広がっていた。雲がいくつも渦を巻き、すき間から原生林の深い緑が覗く。


 缶詰の山が転がる船内で、男はアニメTシャツとトランクス姿のまま、サングラス越しに外を覗いた。


「地球滅亡から……ええと、何年だ?」


《正確には7年と241日です。今日もカレンダーは正常です、ハンディ》


「よし。人類最後の男、今日も宇宙を彷徨う。目的はただ一つ、婚活だ。地球人の遺伝子を星の数ほど残す、それが俺の責務であり──ロマン!」


《責務をロマンと呼ぶあたりで、すでに不純な動機が見えますね》

《なお、これまでの婚活の成功率は過去32件中0件。責務としては怠慢です》


「AIのくせに口が達者だなあ」


 AIの軽口に笑いながら、サングラスを指先で押し上げる。レンズの奥で星図が流れ、光が瞳を撫でた。

 

 レンズの縁を二度タップすると、起動音が耳の奥をくすぐり、皮膜のようなバリアが体の周囲に薄く展開していく。

 ──個人用適応装具〈オービタルレンズ〉。宇宙服の代わりとなる、宇宙を生きる男の必須アイテムだ。


「で、今回のお相手は?」


《惑星モス。原始森林が惑星表面の82%を被覆。酸素濃度やや高め、空気中には大量の胞子が舞っています。文明レベルは部族連合期。文化的特記事項──女性主導の求婚儀礼が残存。試練を受け勇気を示した者を夫に選ぶ慣習》


「“勇気”ね。いい響きだ。お、見ろよ、この統計。現地の性比、女97%だ、すげぇ」


《なお現在の地球の性比は男性100%、女性0%です。あなた一名で構成されています》

「うん、この話題やめよっか」


 銀色の船体が軽く震え、制御スラスターが姿勢を切り替える。窓の外の惑星が、少しだけ近づいた。

 

 彼は紅い革ジャケットに袖を通し、胸元のポケットを確かめる。そこには彼のこれまでの恋愛とテクニックの全てが書かれた日記が入っている。

 成功ゼロの戦歴がびっしり記された、彼のお守りだ。


《ローカル言語パック、更新完了。翻訳精度、理論上は96%です》


「理論上は、ってつけるの不安になるからやめてくんない?」


《ロマン上は100%です》


「今の、ちょっと面白い、採用」


 操縦席から立ち上がり、床に散らばったズボンの中かから一番マシなものを選びながらハッチへ向かう。足取りは軽い。彼はいつも少し大げさに、明るく振る舞う。


「なあAIよ。俺、今日こそはイケる気がするぜ」


《過去三十二回、同文が記録されています》


「三十三度目の正直ってやつだ」


《それもコトワザと言うものですか?随分と限定的な状況を想定したコトワザですね》


「まあな、覚えとけ」


 ハッチが開き、昇降台に森の湿った光が流れ込む。緑は深く、胞子の混ざった濃い霧が森を覆っている。


 オービタルレンズの薄膜が、目の周りで静かに瞬いた。地上まではまだ高さがあるが、彼は飛び降りる準備をする。


 完全に着陸する前に飛びだすのがカッコいいと思っているのだ。


「行ってくぜぇ。勇気を胸に」


《了解。心拍、微上昇。バリバリ⭐︎婚活モードに移行》


「そのモード名、どうにかならんのか」


《命名したのはあなたです》


「俺か……なら、良し!」


 男──《スター⭐︎ハンディ》は、肩で息をしながらもニヤリと笑った。

地球の記憶はもう遠い。

 だが、今日も愛に向かって──ハンディは一歩目を踏み出した。

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