場面8 悲劇の最前線
場面転換は、大規模な質量攻撃が目の前で繰り広げられたことで行われた。
突如足元が隆起し、槍のごとく峰を逆立てる大地。その周囲で山脈と同じサイズの水が蛇のようにうねる。
直後、身体は空へと急上昇し、全体がわかるように視線が上がる。
二頭の龍のような大地と水は、捻れながら眼下の海面を進んでいく。
しかも龍の頭部とも呼べそうな部位には、それぞれ人影が立っていた。
長い黒髪と、同じく長い水色の髪が風にたなびき乱れる。
黒髪の人物はおそらく男性体。
水色の髪の持ち主はきっと女性体。
両者は同じ方向を見て、突き進む。
その方向にあるのは、空に浮かぶ黄金色のリングだった。
リングから何本もの光線が発射される。が、水の龍が光を拡散させ攻撃を無効化。さらに大地でできた龍がリングを潰すように口を開き、飲み込んでいった。
残されたリングの方も黙っている様子はない。
くるくるとリングの縁が回転し、奇妙な模様が縁取られる。中央から突如空間が捻じ曲がったと思えば、巨大な生物が現れた。
それは四つ足の獣にも見える。
名前は不明、正体も不明。ゴツゴツとした皮膚に生えるシダ植物のような体毛を持った何か。前も後ろもわからない、山のような生物。
獣が海を歩くたびに津波が陸地を襲い、どこから発しているのかわからない咆哮は、あらゆるものを揺らす。
水が生物を串刺しにしようとしたが、貫通できなかった。続けて大地もまた棘のように現れて、ようやく傷がつけられる。
獣の殺害は難しいと判断されたのか。
大量の水がうねり、生物を押し返すほうに舵を切った。
これ以上進ませてなるものかと大地が障壁として邪魔をしていく。
明らかに持久戦だ。
周辺の大規模な地殻変動も、大量の水が消費されていくことでの天候の変化も、この星の生存の天秤にかけられた戦闘。
長い、長い時間をかけて獣は押し返され、そしてリングの中に再びしまわれた。
***
場所が移り変わる。
どこか無機質な場所だった。窓の外にあるのは、美しい緑色をした星だ。どうやら宇宙ステーションのような場所らしい。
先ほどまでの戦闘の様子をモニターで見つめているのは、ザリクと数人のトゥルカシア人。
服装はザリクのように星間連盟の流行りスタイルを踏襲したものから、彼らの伝統的な衣服を身に纏ったものとさまざまだった。が、胸元の翻訳機を身につけているのは変わらない。
この中でザリクは小柄に見えた。しかし、誰よりも食い入るようにモニターを見つめている。
感嘆ではなく、驚愕の表情を誰もが浮かべている。
「……これがLSシリーズ」
トゥルカシア人の一人が、震えた声で呟く。
よくよく観察すれば、その人物は以前ザリクと話していた言語学者だった。
「これで第一世代ではないのだろう?」
「トゥルカシアに派遣された方は、すでに破壊されているからな」
「我々が生きている間に第一世代が派遣された話は聞かないが」
ぽんぽんとグループ内で会話が続く。
その中でザリクはゆっくりと話し始めた。
「彼らは最も運用頻度が高い第二世代だと思う。おそらく今戦っているのは、能力的にLS-2-αとLS-2-βだな」
聞いた話では、第二世代はγまでいたはずだが、と続くザリクの言葉。
その内容に、トゥルカシア人たちは怪訝な顔をする。
いくらトゥルカシアの戦いを映画化した人物とはいえ、LSシリーズの詳細は星間連盟ではそうそう手に入らない。ザリクは、ジャーナリストではないのだ。
「その情報がすらすらと出てくるということは、君が今行っている取材にも関係しているのかね?」
言語学者が代表として問いかける。
ザリクはゆっくりと胸元の機械を止めて、トゥルカシア語を喋った。
「——」
同じトゥルカシア人たちは、その意味を正確に理解する。
肯定でも否定でもない回答だったのだろう。意味深な彼の行動に、多くのトゥルカシア人たちは肩を竦めた。
「もうそれが答えのようなものだよ、ザリク」
一人、また一人と翻訳機を止め、トゥルカシア語を話す。しかし、少しずつそのメロディも音程も違っていた。
共通語の字幕も出ているのだが、そのどれもが当たり障りのないものとして書かれており、本当に書かれている内容を喋っているのかはわからない。
その不可思議な会話に、突如別の言語が割って入った。
『初めましテ、トゥルカシアの使節団の方々でスネ』
トゥルカシア語によく似た、しかしどこか違和感のある言語。
ザリクや他数名が驚いたように、その言葉を発した人物を見た。
そこにいたのはトゥルカシア人によく似た、しかし身体の細部や衣服は明らかに文化が違う人物だった。
『私たチの言語はよく似テいますので、少シは分かりマス』
まさかトゥルカシア語に近い言語があったのか、とザリクは思ったのだろう。
彼は自らの胸元にある機械を見て、そして彼らの胸元にその機械がないのも確認した。
対し、言語学者や何人かのトゥルカシア人は、故郷式でも、連盟式でもない礼を取る。慌ててザリクや他の面々も倣った。
そして、トゥルカシア人たちは翻訳機を再び動かし、告げる。
「初めまして、ヴァルシナの人々」
続けて、極めて真面目な表情で、彼らが何のためにここにいるのかが明かされた。
「我々は星間連盟より要請を受け、派遣されました。このヴァルシナで行われている多次元境界戦争の真実を連盟中に伝えましょう」
そこで音が途切れ、場面が切り替わった。
複数の会議と、LSシリーズたちの戦闘跡地の映像、そして涙で何かを語るヴァルシナ人の人々の様子が、無音で流れる。
四方八方で、無秩序に流れ続ける多次元境界戦争の様子。
ところどころ写せない、あるいは放映できないと判断された、隠された何かも足元を通り抜ける。
美しい緑あふれた過去の星の様子が、無惨な姿になっていくのが一瞬で通り過ぎた。
その中で、字幕としてここで何が起きていたのか知らされる。
ヴァルシナは多次元境界戦争が起きる直前に、連盟に所属した開かれた星だった。
多くの美しい緑と、資源豊かな海を持った星。それらを観光の目玉としてリゾート地を作ろうとした直後、多次元からの攻撃が始まったのだ。
当初、何が起きたのか彼らヴァルシナの人々は分からなかった。
一方的な攻撃、一方的な殺戮、その対応全てがあまりにも突然で、何が起きたのか現地の人々ですら把握できなかったのだ。
またトゥルカシア同様、言語が特殊すぎて星間連盟への報告に手間取ったのが初動が遅れた原因だったとされる。
彼らの星の二十パーセントが焼き尽くされたとき、ようやく星間連盟は多次元からの攻撃に気付き、そのままヴァルシナは戦地となった。
その後、早いか遅いかはわからないが、更に五パーセントの焦土が形成されるよりも前にLSシリーズの第二世代が派遣され、今は耐久戦が行われている。
ヴァルシナの統一政府はこれ以上の被害を出さないため、星間連盟により大規模なコロニーへの住民の避難を申請しようとした。
結果、ヴァルシナ語での申請が困難を極めると悟り、必要な手続きを行うため、言語が似たトゥルカシアの人々が代理申請を行う流れとなったのだ。
***
「戦地への派遣に恐怖はなかったのですか?」
臙脂色で統一された部屋へと場面が切り替わった先で、ザリクはそう問われていた。
どこか古めかしい部屋。臙脂色だけで統一された、重苦しい部屋。
彼はその部屋でソファに座っており、対面に座る人物は声も姿も隠されている。
彼らの会話は共通語を用いていた。
「恐怖はあります。多次元境界戦争の戦地で、しかもLSシリーズが派遣されている。あの規模の戦闘を見て、恐怖しない方がおかしいでしょう」
「それでも取材をしに来たのですね」
「光の賢者からの指示でもありましたから。彼らも今、ヴァルシナで起きている多次元境界戦争へ関心を持っています」
ザリクの回答に、相手は何か考えているのだろう。
しばしの無言が続いた後に、相手は探るように話をし始めた。
「あなたは、現在光の賢者と接触できる立場なのですね」
「特定の取材でのみ、ですが。さすがに彼らの星へは行ったことがありません」
「いえ、それでもいいのです。ザリク・トゥリナ監督」
隠された先にいる人物は、何か大仰な仕草をしたようだった。
布が擦れ、隠された部分の面積が変わる。
対しザリクは微動だにしない。
「お願いです、ザリク監督。あなたから光の賢者預かりとなっているLS-1-βの派遣を要請してください」
その言葉にザリクは目を見開いた。
「なにを」
「映画トゥルカシアの戦いを見ました。あれは娯楽作品だが、それでも第一世代の派遣により、敵を消滅に追い込んだのは事実でしょう」
加工された声だが、その熱意は消しきれなかったようだった。
「あなたたちの星では第一世代が派遣された!」
あれは最強の兵器だ。敵の世界そのものを破壊する連盟が生み出した人造兵器。と、恍惚よりも気触れたに近い評価が続く。
「それが来れば、こんな戦争はすぐに終わる」
その焦がれた相手の雰囲気に、ザリクの顔は強張った。
「私は、ただの映画監督だ。そんな権限などない」
即座に否定する彼だが、相手は引かなかった。
「ですが、あなたはLS-1-βへの取材が許可されている」
「……その情報をどこで」
「その筋では有名な噂です」
眉唾ではありましたが、と相手は前置きをしつつも、その態度は確信しているようだった。
「あの第二世代に関しての情報を話しているのを聞きました。間違いない。あなたは、今、LSシリーズの、しかも第一世代に最も近い」
「そんなはずは」
ない、と更に否定しようとしたザリクの言葉を相手は遮る。
「星間連盟においてLSシリーズの機密事項をご存知ですか? あなたは連盟そのものとは関係ない立場ですから知らなかったのでしょうが、その人数も運用頻度も秘匿対象です」
そんなという表情をザリクはする。思わずソファの両サイドを強く握った。
彼からしてみれば、青天の霹靂だ。
多少なりとも情報の統制は受けている自覚はあったが、LS-1-βたちに教えられた内容が、ここまでの機密だという認識はなかった。
その様子を見て、相手はゆっくりと第二世代についての見解を述べていく。
「私たちはヴァルシナに派遣されたあれらの行動を観察し、第二世代は次元破壊用兵器ではないと結論づけました。単独での破壊は能力的に困難であり、ならばなぜ私たちの星に派遣されたのか」
そこで一旦区切り、一息つく。そして力強く結論づけた。
「あれらがするのは、停戦までです。その後の交渉を行うために、あれは境界線を引くだけの役割でしかなかった」
その言葉に込められた感情は失望だった。
終わらない多次元境界戦争と、未だ決定的な一撃がない現状。
荒れていく星。焦土となるかつての故郷。気候さえ変わるかもしれない大規模な戦闘を黙って見ているしかない、この現状への怒りが混ざっている。
「なぜ、我々の星には第一世代が派遣されなかったのですか」
加工で無理やり感情を削ぎ落とされている。しかし、口調は変えられない。
「あなた方と我々の星になんの違いがあったのですか」
声に羨望が混ざる。数百年前に終わったトゥルカシアの戦いという歴史と、その後の発展への希望は、嫉妬の炎で歪められている。
ザリクは相手の言葉に返事をしようとした。
しようとして、何が違ったのかと言われれば、特に変わりがないことに気付く。
ヴァルシナは特殊な言語だった。
ヴァルシナは空から一方的に攻撃を受けた。
違っていたのは、ヴァルシナが開かれた星だったということ。
そして、すでにトゥルカシアという前例があったこと。
ザリクの顔が歪む。
考えれば考えるほど、第一世代が派遣された理由への心当たりが一つに絞られていく。
その苦悩に相手は気づけなかったのだろう。
なおも、自らの星に突きつけられた不条理さを述べ続けている。
「私たちは停戦を求めているわけではありません。この戦線が、もう二度と使われないように、戦争の終結を望んでいるのです。私たちの安全を、これから託される子たちの生命が脅かされないよう、禍根なく終わらせて欲しいのです」
「……禍根なく終わらせるとは、相手の全てを破壊する、ということですか」
禍根とは何なのだろうか。
ザリクがそう思ったのかは定かではない。だが、短く区切った言動で尋ねた彼の、合成音である声は震えていた。
「ええ、そうです。この星を踏み躙り、この星の人々を奪ったあれらに、何の慈悲が必要でしょうか。何の情けが必要でしょうか」
破滅を願う相手の純粋なまでの感情に、ザリクは自らの顔をその手で覆った。
「できません。そもそも第一世代は……LS-1-βは」
ザリクは小声であっても、否と答えようとした。
第一世代の青年と交流している機密を喋ってまで、彼は今この場で否定をしなければならない。
それが幻想を生み出してしまったザリクの贖罪だった。
「助けない、と言いました。彼は、仮に私たちトゥルカシアに派遣されても、助けなかっただろうと」
そんな、と相手は声を荒げる。
だが、相手の怒りを押さえつけるように、ザリクは思いを吐き出した。
「第一世代は、破壊特化の兵器です。次元の向こうの世界を、この世界の星を巻き込んででも破壊する、そのための兵器です。LS-1-αは派遣された先で私たちの星以外を全て破壊した。百億の命さえも些細な数だと言われるほどに殺戮を行なった」
早口で、激情を乗せて、怒鳴りつけるようにザリクは述べる。
「私こそ問いたいのです。なぜ、私たちの星に派遣されたのは第一世代だったのですか? なぜ、第二世代ではなかったのですか」
相手を圧倒させるパワー。
拳を握り締め、頭を振り乱し、ヒステリックに同じ言葉を彼は繰り返す。
「私たちの言語が分からず、連盟にも所属しない閉じた星だったから、失っても構わないと判断されたのですか⁉︎」
ヴァルシナとの違いは、閉じていたか開いていたかでしかない。
連盟に所属せず、周辺の星々と交流を持たなかった……いや持てるほどの文明が発展していなかった当時のトゥルカシアは、路傍の石ころほどの価値もなかったのだろう。
ただし、それは星間連盟側からの評価にすぎない。
ザリクがさらに言い募るが、激情の言葉は翻訳機が機能せずエラー音が響いた。
息切れしかかった彼は、そこで弱々しく相手の意見を批判する。
「……あの時代、私たちトゥルカシアごと破壊しておけば、禍根も残らないと、そう判断されたのでしょうか」
ヴァルシナはきっと多次元境界戦争での禍根が残る。それでも、星を破壊しない兵器、第二世代が派遣された。
それは星間連盟がこの星の価値を認めていることを意味した。
何の価値もないと判断されれば、かつてのトゥルカシアのように間違いなく第一世代が派遣されたのだ。
トゥルカシアが連盟の中では弱者でしかないのだと相手も気づいたのか。呆然とした雰囲気で、相手は尋ねてくる。
「映画では言語が美しかったと……あなたがたの星の言語は美しいのでしょう? それはきっと価値になる」
「もう、その言語は失われました。LS-1-αが美しいといった言語は、無くなったのです。生き残れた代償に、失いました」
きっと相手の希望は粉々に打ち砕かれたのだろう。
痛みに塗れた声で、相対したザリクへ静かに問いかける。
「……我々は何を失うのでしょうか」
ザリクは嫌々ながらも答える。
きっと、この言葉を言わせるために、カリオス-X3が彼を派遣したのだと気づいたのだ。
「失わせないように、私たちの星の者が派遣されたのです。私たちを見ていた、多くの連盟の人々が、長い年月をかけて、ようやくトゥルカシアに行ったものが失敗だと認めたのです」
失った歴史を、無遠慮に暴いた文化を、単純化するしかなかった言語をこれ以上増やさないために、彼らトゥルカシアの人々はここにいる。
何を今更とザリクは思わないでもなかった。
もう失ったのだ。失敗したのだ。ならば、何の意味もないのではないか。そう彼は思ってしまうのだろう。
だからザリクの声には嫌悪や嫉妬が声にのってしまう。
それでも、相手は諦めたかのように納得の言葉を紡いだ。
「……そうでしたか」
それだけだった。謝罪も感謝もなく、先方は部屋から出ていく。
その様子を見つめていたザリクは、扉が閉まった直後、力を抜いてソファに沈み込んだ。
そして彼は静かに咽び泣いたのだった。
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