場面6 トゥルカシアという歴史
トゥルカシアは、ある星の周囲を回る衛星だった。
地表は砂漠と海が交互に覆われており、地下に巨大な空間がいくつもある。
トゥルカシア人はこの地下の巨大空間で生活しており、海沿いや砂漠の中などのそれぞれの空間の位置によって独自の文化が存在する。
この異なる文化同士が接することは、あのトゥルカシアの戦いまではなかったのだと、現代の学校では教えられている。
そのような字幕が流れた後に、薄暗い室内に場所が移った。
「素晴らしい映像だ。過去の言語をこんなはっきりと聞くことができるなんて、なんて幸運なんだ」
様々な文献が積み重なる部屋の片隅で、二人のトゥルカシア人が映像を見ている。
片方はザリク・トゥリナで、もう一人は彼よりも少し老いた雰囲気があった。
どちらも翻訳機を身につけて、星間連盟で流行りとも言えそうなデザインの衣服を身につけている。
先ほどの、素晴らしい映像だと言ったのは、ザリクではない。
「やはり、言語学者としても興味深いものなんだね」
「興味深いどころじゃない、大発見だよ」
興奮冷めらやぬ雰囲気で、どれだけのことかを熱弁するトゥルカシア人は言語学者らしい。
ザリクは学者の熱弁を興味深そうに聞いていた。
「しかし、この子どもは誰に向かって話しているのだろうか。何か一所懸命に話しかけているようだが」
彼らが見ている映像が、あのLS-1-αとエルゥとのやり取りだと映し出された断片で判断できた。
しかし、その映像の一部は——主にLS-1-αの姿が——見られないように処理されている。
「申し訳ないが、それは伝えられないんだ。この子どもの映像が、私には持ち帰れる限界だったのだから」
ザリクの言葉に、学者は考え込む仕草をした。
「ふうむ。君との付き合いは、映画トゥルカシアの戦いでの監修以来だが……何かあの時代の新しい作品かね。最近は星外への取材をしているのだろう?」
「それも言えない。ただ……そうだな、時がきたら分かると思う」
ザリクの緊張し切った面持ちに、相手も何かを察したのか。そうかと言って、それ以上の言及を避けた。
相手の好意をありがたそうに受け取ったザリク。彼は、映像を指差しながらも、学者へ尋ねる。
「それで、この言葉。私たちも喋ってみることは」
「できると思うかね?」
話の途中で、ばっさりと切られる。だが、ザリクは不快感を覚えずに、逆に納得したような表情になった。
学者は、自らの知識をもとに簡易的な分析をザリクに伝える。
「映像を見る限り、この子は第四と第七のエラを自在に開閉している。現代トゥルカシア人はここが未発達であることが多い。伝統芸能に従事する者ならある程度は出せるだろうが、それでもここまで自在にはいかないだろう」
「そうなのか」
「この子は服装からすると北の市井の子だろう? 伝統芸能の中でも大衆娯楽から洗練されたものはあるにはあるが、あれは南の海寄りで発展したものだ。この子の話し方とは違うな」
「……地方言語になってしまうと、さすがに厳しいか」
ふうむ、と困ったように顎を撫でるザリク。少しでも手掛かりを掴みたかったが、当時の地方言語になると、さすがにお手上げの様だった。
そのザリクの様子に、北といえばと学者が尋ねる。
「北は君の出身地だろう。覚えのある単語はないのかね?」
その質問に、ザリクは分かっているだろうと言った雰囲気で、苦々しげに答えた。
「あそこはトゥルカシアの戦いで焦土となり、人々が離散した地域だ。何もかもが、あの戦いで一から作り直された。この子の名前すら、燃え尽きてたよ」
言語も文化も生活さえも、一から築きあげたのだと告げる彼に対し、学者はわかってると両手をあげる。連盟ではお馴染みの、降参のポーズだ。
「……ああ、そうだな。今我々が話している統一語概念が生まれたのも、トゥルカシアの戦い以降だ。あの時に初めて、言語の統一という手段が取られた」
学者の説明に、ザリクはキラリと目を輝かせる。
「それは多次元の敵に対抗するために?」
ザリクからの問いかけに、学者は肩をすくめた。やはり、星間連盟ではごく当たり前の仕草だ。
「そうかもしれないし、全く別の理由かもしれない。君のいうとおり敵から逃れた結果、それまでなかった交流が生まれたのかもしれない」
「予期せぬ必要性か」
「ああ、今となっては分からんことだらけだよ。だが、この統一によって君と私は会話が可能になった」
ザリクと学者の視線が絡み合う。
両者の見目はよく似ているし、仕草もまた似通っていた。だが、それは星間連盟流に染まっているからであり、きっと彼らの出身地域そのものは全く違う文化を持っているのだろう。
ザリクは学者の言葉に、自らの意見も付け加える。
「そして統一語が生まれたことで共通語への翻訳機器が作れ、トゥルカシアだけではなく、他の星の人々とも交流できた」
学者は自らの胸元にある機器を数度指で叩き、そうだと肯定する。そのまま彼は、数少ないマイナス要素としては、と続ける。
「統一語普及のために、これまであった言語を全て薙ぎ払う必要性があったかは、私としては疑問だがね」
言語学者として思うところがあるのだろう。彼は椅子に深く腰掛け、トゥルカシア人流に戯けた仕草として胸元を数度掌で撫でる。
「途絶えた、消え去った、埋もれた言語を掘り起こすのに苦労する」
聞き書の類いですら満足に残っていない、とぼやく学者に対し、ザリクは沈んだ表情を浮かべた。
「私の映画が……もしかしたら消失を加速させるかもしれない」
ザリクはトゥルカシアの戦いを映画とする際に、全て統一言語で整えている。本来ならば地方言語で役者は喋るべきだったのだろうが、それでは星の外には出せなかったのだ。
エンタメとしての嘘をトゥルカシア人は理解できるが、その外では真実になってしまうだろう。
その思いを正確に汲み取った学者は慰めの言葉を渡す。
「ザリク、君は現代のトゥルカシア語を記録に残した。大衆娯楽として生み出されたあの映画、そして受賞のスピーチは、次の時代に受け継がれる。それは誇るべき偉業だよ」
慰めの言葉をザリクは素直に受け取り、そして両者は互いに微笑みあった。
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