場面2 かつての栄光と始まりについて
暗闇から浮き出た煽り文句は共通語だった。
——これは少年と兵器の奇跡の実話
鮮やかに景色は変わる。
先ほどまでの静かな砂漠ではない。
明々とした砂だらけの地表は、空から攻撃を受け、所々抉れていた。
逃げ惑う人々や、空からの攻撃に抗戦しようとする人々の姿は、老若男女問わず全てトゥルカシア人だ。
その中で、1人の子どものトゥルカシア人が母親を探して叫ぶ。
画面のピントは、その少年に合わされていた。
——多次元境界戦争の一端、トゥルカシアの戦い
誰も彼もが混乱し切った中で、空から何かが少年の目の前に落ちてくる。
怯え、逃げる人々の中で、正体不明の何かを前に少年は固まっていた。
何かは小型の宇宙船のようだった。
船からゆったりとした動作で、地球人類種に近しい見目の異星人が現れる。
異星人が纏う黒く物々しい装備は、トゥルカシアのものとは似ても似つかない。
その異星人は、少年やその周囲を一瞥すると今度は空を見て、好戦的に笑った。
そしてまるで空を駆け上がるかのように空中へと踊り出す。
空にいる敵を容赦なく屠る異星人。その戦力は圧倒的で、あらゆる攻撃を跳ね返し、敵を躊躇いなく殺害していく。
——星間連盟より派遣されたのは、星ごと破壊する兵器LSシリーズの第一世代
ひとまずの前哨戦が終わったのだろう。
地上に戻った好戦的な兵器の手を、少年は躊躇うことなく握りしめた。
兵器は少年の様子に首を傾げている。
少年は兵器に問いかけた。
「空に行く方法を教えて。そこに母さんがいる筈なんだ」
しかし兵器は言葉が分からず次の戦場へと進み、少年は意地になってその後を追う。
——兵器と少年の奇妙な旅路が始まる
断片的な映像は、少年と兵器の距離が徐々に縮まっていく様子を示す。そして、苛烈さを極めていく戦場の風景も同時に流れていく。
——こんな奇跡があったなんて衝撃だ
——多次元境界戦争およびLSシリーズの再解釈となる作品
——少年と兵器というありきたりな組み合わせなのに、どうしてこうも感動するのか
各星系、あるいは著名人たちのメッセージが並ぶ中、最後に映るのは兵器が笑うシーンだった。
「お前は生きるべきだ、この星で」
それまでずっとトゥルカシア人のセリフでは字幕が出ていたにも関わらず、そのシーンだけは共通語で話されている。
これまでの対比のように、少年には兵器が投げかけた祝福の言葉が分からない。
それでも構わないと言わんばかりに、兵器は笑い続けた。
***
そんな映画の宣伝映像に圧倒される。
大画面に映し出されたCMは終わり、会場内は歓声と拍手が響き渡った。
大規模な舞台。
絢爛豪華な意匠が施されたホールには、様々に着飾った、多種多様な星の人々が集う。
各星で流行りの衣服はカラフルで、身体的特徴ですらまとめられない混沌さを感じる。
だが、全く違う見目の誰もがこのイベントを楽しんでいた。
その中央で、広々としたホール全体に向かって司会が話し始める。
「さぁ、コマーシャルを見ていただいたならもうお分かりかと思いますが、監督賞は」
そこで一旦溜め、そして高らかに宣言する。
「映画『トゥルカシアの戦い』、ザリク・トゥリナ!」
会場が揺れたのではないかと錯覚するほどの歓声と拍手が響き渡った。
幾人かが座席から立ち上がる。
その中の1人が壇上へと進んだ。
それは、あの冒頭に出てきたトゥルカシア人の大人で、彼は溌剌とした雰囲気で歩いている。むしろあの老成した空気もなく、若々しいくらいだ。
割れんばかりの大迫力の拍手が鳴る中、ザリク・トゥリナは壇上にあがった。
そこで待ち構えていたトロフィーをもった審査委員長。
その人はおそらく出身星の儀礼として一礼をし、相対したザリクもまた自らの文化圏での礼をする。
恭しく審査委員長が差し出さしたトロフィーはザリクに渡り、彼は嬉しそうに受け取った。
祝福の歓声があがる。
多くのカメラがザリクの姿を映していた。
トロフィーを掲げたザリク・トゥリナは、そのまま自身の首元にある無骨な機械を叩き、そしてスピーチを始める。
「我々の喉は共通語を話すのが難しく、AI翻訳機を通したスピーチとなることをお許しください」
あのゆったりとした音色は機械が放つ共通語に掻き消され、多くの聴衆のざわめきがさらに彼本来の言葉の音を打ち消す。
「まずは、この歴史ある賞をいただけたことに感謝を。我々の映画が、砂と海しかなかった我々の星の映画が、こうして多くの方々の目に触れ、受け入れられたことにありがとうの言葉しか出てきません」
それでも、誰も彼本来の言語を気にした素振りもない。
「トゥルカシアの戦いは、多次元境界戦争が広がりつつある中で起きた奇跡と呼ばれています。私はその奇跡を風化させたくなかった」
それらを述べた後に、ザリクは少し戯けた仕草をする。
「もちろん、歴史とエンタメは違います。この作品は娯楽として消費され、やがて消えるかもしれません」
ですが、今日、と続く彼の言葉が、ほんの少しの希望を帯びる。
「この賞をいただけたことで、少しだけ奇跡の呼び名を長引かせられるかもしれません」
栄誉ある、歴史ある賞を得たにも関わらず、その後の悲観的な言葉に、会場内の誰かがそんなことはないと否定する。
しかし、ザリクは頷かなかった。
「そして、この光栄な賞を映画を作った人々とともに分かちあいたいと思います。改めて感謝の言葉を」
ザリクは首元の機械を外し、自身の言語で感謝の言葉を述べる。
その音は、多くの人々がうっとりするほどに美しいものだったが、どうしてもあの少年の言葉よりも単純さが際立っていた。
だが、会場では拍手喝采で、その様子が流れ続ける。
やがて周囲は薄暗くなり、場所が変わった。
そこは、先ほどまでの豪華さや絢爛さもない、けれどどこか見栄えも気にされた雰囲気のオフィスだった。
並ぶ資料や、示されるスケジュール、そして次から次へと人々が動き、話す。その中の一画にザリク・トゥリナはいた。
彼はソファに座り、相手に震える声で尋ねる。
「恐れ多いことだが、もう一度説明してもらえるかい?」
ザリクとは違う見目の星人——その姿は随分と小さな犬を思い起こすものだった——が、わけ知り顔で頷いて話し始める。
「LS-1-βへの取材許可が降りたんだ、ザリク・トゥリナ。君の、いや君たちの映画を高く評価し、現在LSシリーズを管理しているゼノンより許可が出た」
その言葉に、ザリクはソファから勢いよく立ち上がる。
相手よりも大柄な彼は、手をテーブルに叩きつけるようについた。
「本当に? あの多次元境界戦争でも活躍するゼノンの人々といえば、我々よりも遥かに長く生きた『光の賢者』と呼ばれる種だろう?」
しかも、とさらに彼の言葉は続く。
「LS-1-βといえば、トゥルカシアの戦い終盤にLS-1-αに召還された第一世代じゃないか!」
第一世代、の言葉に何人かの職員が怯えた顔をする。だが、話しているのがあのザリク・トゥリナだと分かれば、しょうがないと思い直したのか言葉を飲み込んだ。
周囲のその様子を見ていたのは、小型犬の異星人だけで、ザリクは自らの頬を叩き、これが夢ではないのだと実感している。
両者の対極的な態度の違いに目を瞑って、相手は話をザリクに合わせた。
「ああ、快挙だよ。これまで戦時機密として謎に包まれていたLSシリーズに直接取材だなんて、歴史的な快挙だ」
星間連盟お抱えの兵器であるLSシリーズは、その名前だけが独り歩きしていると言ってもいい。
何体存在しているか、容姿も能力も不明の彼らは、しかし第一世代だけは星間連盟中に知れ渡っていた。
いくつもの世界を破壊し、星々を破壊し、争いの種すら容赦なく焼き尽くしていく彼ら第一世代は、2体いる。その内の1体は既に破壊されたが、数多くの戦果をあげた長い時間の中で、文字通り異次元側は1体しか破壊できなかったのだ。
それもトゥルカシアの戦い以降で、というのを加味すれば、破壊されてから公用歴では二百年にも満たない時間しか流れていない。多次元境界戦争が既に同暦において千年単位で続けているのを考えれば、やはり驚異的な力を持つ兵器だ。
「ああ、トゥルカシアの戦いのことを話して貰えるだろうか。LS-1-αのことも、訊ねていいのだろうか?」
「ザリク、興奮するのも分かるが、少しは落ち着くんだ。質問内容や時間などに関しての申請書は山のようにある」
それでもザリクは恐れることなく、第一世代への熱望を紡ぐ。しかし、相手は注意を投げかけた。次いで、惑星ゼノンの特異性も指摘する。
「光の賢者たちは超長命種だからな、返事も気長に待つハメになるぞ」
超長命種。千年の戦いすら当たり前に参加し続ける種族が、星間連盟には複数いる。
その1つが惑星ゼノンにいる、光の賢者と呼ばれる人々だ。彼らの身体は特殊な光粒子で構成されており、その身の寿命は百万年に及ぶ。
「そうだな、早め早めに質問事項を含めて申請書をまとめないと。ああ、でも本当に嬉しいんだ!」
光の賢者相手ならば時間の猶予はあまりない。寿命の差は圧倒的で、時間の使い方すら異なるのだから。
しかし、ザリクは一旦冷静になったにも関わらず、再度興奮して喜びを表す。
「まさか、星の英雄に直接会えるなんて」
トゥルカシアを救った第一世代と会えるのは、確かに彼にとっては喜ばしいのだろう。
だが、相手の異星人は歴史上いくつもの滅ぼされた星々の存在を知っているだけに、苦笑いしか浮かばない。
「LSシリーズは多次元境界戦争において、戦局を左右する恐るべき兵器なんだが……つくづく君の星の価値観は変わってるな」
己のルーツそのものが、彼らに滅ぼされた星々に連なる者たちもいる。近隣にその残滓があったのを見ていた人々もいる。
そういった人々は身近にいるのだと忠告も含められた言葉に、しかしザリクは意図を無視して返した。
「私たちの星が変わりものだなんて、始めから分かっていただろう。我々の故郷は、言語も文化も、周囲の星々とはまるで違う特異的な存在なのだから」
子どもがはしゃぐような無邪気な言葉を放ったザリクに、相手はいよいよと呆れる。
やがて周囲は段々と薄暗くなり、真っ暗になった。
きっと場面転換なのだろう。
だが、次の場面へと移る前に、暗闇からザリクが現れた。
「この頃は無邪気だった。特異であり少数であることは優位性を持たない。少数は叫ぶしかない、ここにいると伝えるしかない」
その姿は先ほどの無邪気さは一切なく、老け込んで、疲れた印象がある。
「叫んだところで、言葉が伝わらなければ、きっとただの音でしかないのかもしれないが」
そう言って、彼は何か呟く。その言葉は機械に翻訳できず、エラー音が響いた。
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