第12話 帰還点
夜の魔族領は不気味なほど静かだった。
冷たい風が岩肌を叩き、乾いた音が遠くまで響く。
遠くの山脈には、赤紫の雷光が断続的に走り、魔力素が濃密な気配となって空気を満たしていた。
リュミナはその場に立ち、目を閉じた。深呼吸すると、胸の奥に緊張が絡みついた。
「……ここに行きたい」
彼女がアレンに伝えたのは、彼らの原点。
出会いの場所だった。
リュミナの目の前に広がるのは、かつて二人が出会った場所──魔族領の端にある、誰も近寄らない小さな峡谷。ここに来るまでもかなりの戦闘をくぐり抜けてきた。
だが成長した二人にとっては、そこまで難しくはない旅路。
「……私たちが最初に出会った場所」
その言葉に、過去の記憶がちらついた。
アレンはしばらく沈黙して、リュミナを見つめた。
「もしここでお前と会わなかったら、俺の人生はつまらないまま短く終わっていたんだろうな。」
(……それは私も同じ。
もしあなたに出会わなかったら、私は今も宇宙から退屈な観察を続けていた。)
彼女は何も言わずに、アレンに野営地を作るようにお願いした。
彼の瞳は冷静で、しかしその奥に一瞬だけ微かな不安の光が宿った。
そして、無言のまま頷き、距離を取って焚き火を囲む野営地を構築した。
火は小さく揺れ、風に散る火花が星屑のように夜空に消えた。
「ここで待ってて欲しいの。」
声は低く、無駄のない口調だった。
「一人で行かなきゃダメなのか?」
「えぇ、ダメなの。」
(そりゃあ、一緒に行って欲しいわよ!
でも、あなたは知るべきではないの)
「どうしてもか?」
「くどい!どうしても!!
言っておくけど、危険な事しに行くわけじゃないから!
大丈夫だから!!」
「そうか……。本当に危険は無いんだな?」
「もちろん。」
(そう、あなたは知るべきではない。知ったことによる危険の方が大きいの。
私は今、魔族や魔王なんかよりもはるかに危険な存在。
ニャニャーン神聖帝国と決別しにいくんだから。)
アレンは少し間を置き、表情を和らげた。
「わかった。信じるよ。でも何かあったらすぐに助けに行く。」
(その一言だけで十分勇気をもらえるよ)
「ありがと」
リュミナは少し肩をすくめ、拳を軽く握りしめた。
「レーザーガンもあるし……シールドだって!
言っておくけど、リュミナちゃんは強いんだぞ!
なんとかっていう魔将をやっつけるくらいに!」
言葉の端に、緊張と決意が滲んだ。
「あぁ、そうだったな。」
(……私がやらなきゃ、誰も知らないままになっちゃう。
いつまでも隠れているわけにもいかない。)
冷静さを保ちながらリュミナは通信機を取り出した。
以前のゴーグルではなく、シンプルな片耳通信機だ。
「これで連絡は取れる。
前のゴーグルみたいに地図を表示する機能はないけど。」
電源を入れると、微かな光と振動が伝わる。
アレンはまっすぐに見つめ、頷いた。
「わかった。……気をつけろ」
その声にリュミナは胸の奥が少し暖かくなるのを感じた。
遠く離れていても、彼が見守ってくれている。
そして、もし何かあったら……必ず駆けつけてくれる。
リュミナは手元の通信機をぎゅっと握り、それを耳に装着すると、再び視線を前に向けた。
焦げた宇宙船がある遠い場所へと、ゆっくりと、しかし確実に歩を進めた。
夜の闇が彼女の体を包み、足音は砂に吸い込まれた。
まるで世界がリュミナの行く手を試すかのように、冷たく沈黙していた。
・ ・ ・
リュミナは暗い大地を進んだ。
風は冷たく、岩肌を叩く音だけが静寂の中に響いた。
砂や小石が足元で微かに崩れ、歩を進めるたびに不気味な軋みが響いた。
彼女の目は焦げた山肌の向こうに見える宇宙船の残骸に釘付けになっていた。
かつて彼女自身が乗り込み、墜落した――メテオを受けて沈んだあの船だ。
崩れた岩を慎重に越え、鋭く尖った破片を避けながら、彼女は一歩一歩進む。
胸の奥で鼓動が早まる。
思い出すのは、墜落の瞬間、火球に包まれた船体、そしてこの大地に降り立ったあの時。
あの時はいつか誰かが助けに来てくれると思っていた。
でも今は、アレンとの日常が楽しくて、いつの間にかその気持ちが薄らいでいた。
とはいえ、母国を捨てる気は今までなかった。
いつかはまた宇宙に戻ると信じていた。
ついに船の前に立つ。
焦げ跡と変形した金属、半分埋もれた残骸。
時の経過と墜落の衝撃がまるで物語を語るように静かに残っていた。
リュミナは手を伸ばした。指先が冷たい金属に触れると、古びたハッチに小さな光が走った。
「生体認証……一致」
古い電子音が微かに響き、特殊な金属製のハッチがゆっくりと開いた。
中は静まり返り、ほとんどの機器は何らかのエラーが表示されていた。
ただ、一台だけ、救難通信用の頑丈な端末が微かに光を放って健在だった。
まるで過去と未来をつなぐ最後の灯火のように。
(私が知った情報、これはすぐに本国に伝えないといけない。
もし私が不慮の死を遂げたら、この発見は闇に消える。)
リュミナは大きなため息を吐いた
(これを伝えたら、私の生存とこの墜落地点がステーションにバレる。
アレンとの生活は終わる。)
リュミナは椅子に腰を下ろし、呼吸を整えた。
指先で端末を操作し、撮影した実験場のデータをアップロードした。
生体実験の記録、ヒューマンたちの融合の履歴、被験体のリスト――膨大な情報が、今まさに本国の宇宙ステーションに向けて送信されている。
緊張で背筋がぴんと張りつめた。
指先の震えを抑えながら、画面に映る進捗バーを見つめ続ける。
この通信によって救助部隊が来るかもしれない。
あるいは、極秘の証拠隠滅のための処刑部隊が来てしまうかもしれない。
もう戻れないかもしれない――その覚悟が胸を締めつける。
(まだもう少し終わらせたくない。
母国に戻れなくなるリスクがあるけど……。
今は……行方不明のままでいよう)
リュミナの瞳には決意が宿っていた。
アップロードが完了すると、リュミナは立ち上がり、外に出た。
衛星監視でも見つからないようにするために、
彼女は身を隠した状態で端末を遠隔操作して、
自爆装置を起動した。
轟音とともに船体が崩れ落ち、炎が夜空を赤く染めた。
金属が悲鳴を上げ、破片が夜風に舞った。
通信機が震え、アレンの声が遠くから聞こえた。
『リュミナ!?何があった!?』
その声に、リュミナは微かに唇をゆがめた。
『大丈夫。敵じゃない。ただの崩落みたい』
『本当か!?』
『うん……本当に大丈夫。今から戻るね』
彼女は炎に包まれる船の残骸を背に、闇の中を静かに歩き出した。
足元の砂利が乾いた音を立て、影が長く伸びた。
風が巻き上がり、髪を揺らした。
それでもリュミナは振り返らなかった。
遠くの野営地では、焚き火を囲むアレンが一人、静かに待っている。
火の揺らめきが彼の顔を照らし、その表情には不安が刻まれていた。
リュミナは吹っ切れた、清々しい笑顔だった。
「アレンが待ってる!急ごう!」
(……これで私たちの秘密は守られた)
これがどういう意味をもたらすことになるか現時点では誰もわからない。
【あとがき】
リュミナ、ついにアレンと一緒にいることを決意し、母国と決別する。
複雑なシーンですよね。
やっぱりつり橋効果でしょうか?恋の進みが速すぎーる!
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