第10話 真実の断片
(もう少し隠れていろ……か。言われなくても隠れてるわよ。
こんな薄気味悪い場所。)
周囲を見回してから、壁の陰に隠れて座り込んだ。
(心細いよ……早く来てよ、アレン。)
リュミナは最下層の空間で、ゴーグル越しに地図を見つめていた。
アレンの反応が激しく動いたあと、ピタリと止まっている。
通信も切れたまま――。
(また戦ってる?……無事だよね?)
そう自分に言い聞かせて、リュミナは深呼吸する。
その時、奥の部屋に動かない生体反応が一つあることに気づいた。
そういえば、依頼の目的は――行方不明の少年〈ニール〉の保護。
勇気を振り絞って立ち上がった。
警戒しながら進むと、そこには――
「……いた」
崩れた石の台座の影で、少年が眠っていた。
頬に涙の跡があり、疲れ切った表情で浅い呼吸を繰り返している。
「怖かったよね?
大丈夫、もうすぐ助けが来るからね……」
彼の髪を撫でながら、リュミナは小さく微笑んだ。
その胸に温かな安堵が広がる。
だが、いつ敵が襲ってくるかもわからない。
不安に駆られて周囲を念入りに見回した。
ふと――部屋の奥の壁に刻まれた奇妙な文字が目に入った。
淡く光る古代文字。
この銀河に数万年前から君臨していたが、
今は全ての興味を失い、
領国に閉じこもってしまった没落先駆銀河帝国が存在する。
――その文字だった。
時折、密輸される彼らの文明、アーティファクトと呼ばれるものから、
ある程度の文字は解明されている。
「これ……”守護国”の文字。なぜそれがここに?」
心臓が跳ねた。
――ニャニャーン神聖帝国ですら、守護国の科学力の前では未開人に等しい。
(この遺跡……これ自体が、彼らのアーティファクトだというの?!)
『――第12観測区画 遺伝進化実験場 被験体管理区へ続く――』
(……被験体管理区? ここは実験場なの?)
理性が止めろと言っているのに、科学者としての血が騒いだ。
ニールのそばに小さな検知アラームを設置し、
リュミナは奥の通路へと歩を進めた。
”守護国”の文字に書いてある通りの複雑な操作を行うことで扉が開く。
おそらくレヴェリス人ではこの先に到達できていないだろう。
通路の先は、時間が止まったような静寂に包まれていた。
苔に覆われた機械、ゆがんだ鋼の扉。
そして、その中央に一台の古びた端末が置かれていた。
(動く……わけないよね。1万年以上前のものなんて)
そう呟きながら、指先で軽く触れた瞬間。
――光が、弾けた。
リュミナは投影される古代文字を解読し、
その指示に従って、正しく操作を行っていった。
「……っ!」
ホログラムが宙に浮かび、無数の記号と映像が流れ出した。
生体データ、進化パターン、遺伝子配列、被験体映像。
それは、見たこともない量の記録だった。
リュミナの瞳が揺れる。
時計型端末を起動し、慌てて流れる映像の撮影を開始した。
(待って、これは……記録媒体?
実験記録?
いえ、報告書……!)
ホログラムに文字が浮かび上がる。
【観測対象:惑星Q11212】
【目的:魔力素への適応実験】
【結果:XF112星系 アブダクション素体種N、魔力素親和率99.9%】
(確か、先駆管理コードではQ11212はこの星、レヴェリスのこと。
そしてXF112星系は私達の母星系。
待って!待ってよ!どういうこと?それって。
何それ……素体種Nって、もしかして私達ニャーンのこと!?)
リュミナの手が止まった。
呼吸が乱れる。
(ヒューマン? え、待って……つまり――)
【進化第一段階】
【被験体ヒューマンと命名:耳退化・ギフト生成成功】
【始祖と命名、魔力素親和率99.9%、未完成素体】
(まさか、この星のヒューマンは、私達ニャーンの進化型亜種ってこと!?)
ニャーンと、この惑星の住民の遺伝子は、極めて近しいことは周知の事実だった。
だが、その理由に関する仮説は千差万別であり、そのどれもが説得力を持たなかった。
その理由が遂に明かされた。
【進化第二段階】
【ヒューマンを素体として実施】
【派生種:ビースト】
【身体能力向上、ギフト消失、獣化】
【魔法適正5%、進化失敗、観察を継続】
【派生種:オーガ】
【身体能力向上、ギフト消失、肉体強化】
【魔法適正2%、進化失敗、観察を継続】
【派生種:エルフ】
【身体能力低下、ギフト消失、魔力適正強化】
【魔力素親和率121.3%、肉体劣化70%、観察を継続】
(………。この星の住民は先駆によって作られた人工種……。)
【進化第三段階】
【各素体を元に最適化】
【派生種:デーモン】
【身体能力向上、ギフト消失、全能力強化】
【魔力素親和率121.3%、肉体強化120%】
【進化実験、完了】
【試験フェイズ開始、観察期間を1万年に設定】
【デーモンと他起源種による抗争開始】
(待って、待って、待って!
彼らが魔族と戦ってるっていうのも先駆のせい!?)
【予算削減に伴い、本研究は中止】
【オートデータ収集開始 撤収】
「――っ!」
頭が真っ白になる。
(この惑星が、実験場?
ヒューマンは……ニャーンを素体にした進化実験の“産物”?
数万年前は私達ニャーンだって準知的生命レベルの存在、
それを先駆は実験体に選んだ……?)
手が震えた。
さらにデータを探ろうとしたその瞬間――
――ピピッ。
端末の光が一度大きく瞬き、次の瞬間、沈黙した。
長い年月の劣化で、ついに出力が尽きたのだ。
「うそ……やめて!
もう少し、もう少しで……!」
何度も叩くが、反応はない。
光は完全に消え、闇だけが残る。
(……真実を知りたかったのに)
リュミナは唇を噛みしめた。
そのとき――背後のアラームが鳴り響いた。
「ニール……!」
急いで戻る。
通路を駆け抜け、最下層の部屋に飛び込むと――
そこに、アレンが立っていた。
土と血で汚れた鎧。
けれど、その瞳はまっすぐで、
いつもの優しい笑みを浮かべていた。
「……リュミナ。無事でよかった」
その瞬間、理性よりも先に身体が動いた。
彼に飛びつき、思い切り抱きしめていた。
「っ……アレンっ! 遅い!!怖かったんだから!!」
「あぁ、すまん。」
「でも、アレンが無事で良かった」
腕の中の温もりが現実を取り戻してくれる。
心臓の鼓動がようやく落ち着いていく。
「あっ!」
ようやく自分がアレンに抱き着いていることに気づいた。
猫耳が赤く染まり、慌てて離れた。
リュミナは息を整えた。
そして、ほんの少しだけ俯いて呟く。
「ちょっと、一人で心細かったのと……」
言葉を探すように、間を置いて続けた。
「……なんだか、怖くなった。いろんな意味でね」
アレンは何も聞かず、ただ静かに頷いた。
その優しさが余計に胸に刺さった。
(……この人は知らない。
この世界の“真実”を。
でも、それでいい――今は、まだ)
「ニールは見つけたんだな?」
「うん、無事。……多分、軽いショックで寝てるだけ」
アレンは頷き、少年を背負う。
リュミナは最後にもう一度奥の闇を振り返った。
そこには、静かに沈黙する古代の装置。
今も彼女を、観測しているように見えた。
(――惑星レヴェリス。
あなたは、いったい何を“見て”きたの?)
リュミナは胸の奥で呟き、アレンの後を追った。
暗闇の奥で、壊れた端末が一瞬だけ微光を放つ。
まるで、誰かがまだ見ているかのように。
【あとがき】
SF回です!
自分達の存在がより高位の存在のモルモットだった。定番ですね!
でも、実際知っちゃったら怖いよね!
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↓↓これ、読んでも読まなくてもいい奴(私のメモメモ)
【ギフト関連】
ギフトとは
ヒューマンだけが持つ特殊能力。先天的に決まっていて、成長すると発現する。
色んな特技が発生しうる。
アレンのギフト:〈ネコテイム〉=猫を使役できるⅮ級相当のマイナーギフト。
⇒ ビーストには効かない。
一見ハズレ能力だが、「リュミナ(猫耳少女)」と妙に相性がいい。
グレンのギフト:〈敵誘導〉=A級の希少ギフト。
⇒ 敵をおびき寄せる、配置をコントロールする高戦術系能力。
→ シーフ系ギフトの中でも最高峰で、A級パーティの中核。
【パーティ情報】
《白銀の風》Aランクパーティ
パーティ構成:
シエル(リーダー、エルフのハイウィザード、魔法と回復の要)
バルド(オーガの前衛)
メルナ(猫型ビーストの女戦士)
グレン(シーフ/ヒューマン・敵誘導)
アレン(荷物持ち/ヒューマン・ネコテイム)
【種族関連】
ヒューマン⇒ビースト(ギフトを失い身体能力を進化。顔が動物に近い形の毛むくじゃらに)
ヒューマン⇒オーガ(ギフトを失い、ツノと鋼の肉体、超筋肉に進化)
ヒューマン⇒エルフ(ギフトを失い、魔法の適正進化)
四種⇒デーモン(魔族。ギフトを失うが、身体能力、筋力、魔法適正全てを入手して進化)
デーモンが進化の完成形として現在はデーモン対4種族の戦争中
【SF関連】
ニャーン
猫耳を持つ、好戦的で、無邪気で、愉快で気まぐれな種族。
20歳前後で老化がとまり55歳頃から急激に老化する。
不老長若種ゆえに常に若々しい種族。
ニャニャーン神聖帝国
精神主義的で一神教のニャーン神を祀るニャーン教が民衆の心の支えである。
軍国主義で排他主義。
貴族制度を敷いていて政治家は存在しない。
神聖皇帝(女帝)の下の貴族が政治を行う。
上級貴族は広大な領地を持っていて世襲も行われる。
宇宙軍が強力で、大艦隊を擁する銀河の列強国。
一部の提督など軍功著しい者には爵位が与えられ世襲が許される。
軍の発言力が強く、艦隊提督は大抵公爵、侯爵位を兼任しており、政治的な発言力も高い。
平民はどんなに頑張っても、あまり報われない。
リュミナは平民のため、研究者になった。(平民が目指せる最上級職)
※この物語は私の銀河帝国を舞台にした「ニャーンの物語」シリーズのスピンオフです。もしご興味が湧きましたら、ぜひ他の作品も。
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