上条姉妹の恋愛事情

御厨あると

上条姉妹の恋愛事情

「ちょっと待って、大食い王者でも来るの?」


 私はダイニングテーブルに積み上げられた大量の料理を見て混乱する。そこにはホテルのバイキングを彷彿とさせる食べ物が並べられていた。こちらを振り向いた母は挙動不審な様子で返事をする。


「真奈が彼氏さんを連れてくるでしょう? もし足りなかったら申し訳ないじゃない?」

「いやいやいや、真奈姉が八股でもしてない限り大丈夫だから!」

「八人も連れて来るの?」

「言葉の綾だから!」

「あらそう、それなら大丈夫ね」

「うーん、どうかなあ。足りないじゃなくて食べ切れるかの心配があるよ」


 四十代後半の両親に二十歳の姉妹という家族構成、そこに成人男性が一人増えたところで、やはり目の前に広がる料理は食べ切れないだろう。ともあれ状況を把握した私は溜め息を漏らすしかない。膨大な量の食事は母の極度な緊張を紛らわすためのものだったのだ。


「真奈姉、そろそろ来るの?」

「来ることは確かよ、さっき連絡があったもの」


 私は幼いころから姉のことを「真奈姉」と呼んでいる。癖になっていて今さら「お姉ちゃん」とか「姉貴」とか呼び変えることは不可能だ。だからこれからも「真奈姉」なのだろう。


 我が家は少し変わっていて父も母も娘が彼氏を連れてくると嫌がるわけじゃなくて動揺した。堂々としていればいいのに、不安が上回ってしまうらしい。まあ、敵対視されるよりは百倍いいんだけどね。


「佳奈は会ったことがあるの?」

「ないない、真奈姉の恋愛事情なんて知りたくないよ」

「あはは、変わらないのね。真奈と佳奈はいつも連れてくる彼氏の系統が似てるもの」

「えーっ、見た目が?」

「うーん、言葉では表現し難いけどなんとなくわからない?」

「全然わからないって!」


 そもそも真奈姉も私も容姿で恋人を選んだりしない。だから系統が似てくるとか絶対ありえないし、これまでの彼氏も優等生から体育系まで様々だ。


「真奈も佳奈も面食いじゃないのは確かよね」

「それは否定しないけどさ」


 そんな会話をしているとき、玄関のチャイムが鳴った。


「佳奈、お願い」

「はーい」

「うわ、びっくりした」


 私の顔を見た瞬間、その男性は率直な感想を述べた。それから眉にかかった前髪をくしゃくしゃっとして「挨拶が先だったね」と恥ずかしそうに微笑む。この人懐っこい笑顔は間違いなく真奈姉の好みだ。今度の彼氏は言い寄られて根負けしたわけではなく、本人が望んで付き合うことになった恋人なのだろう。


「初めまして、架神冬馬です」

「どうも妹の佳奈です」


 挨拶を済ませた冬馬さんは真横に控える真奈姉へ視線を移した。


「聞いていたより似てる。正直、びびった。声までそっくりって反則じゃないの?」

「遺伝子は私の意思でどうにもならないからね」


 合理的な反論をしながらも真奈姉は私に見せたこともないような笑みを浮かべる。本当に好きなんだろうな。私は「どうぞ」と声をかけて二人をダイニングへ案内した。真奈姉の後ろを歩く冬馬さんの姿は飼い主を追いかける忠犬っぽい。この恋愛が上手くいけばいいなと素直に応援できる人物だった。


 両親は大量の料理とぎこちない笑顔で真奈姉と冬馬さんを迎えた。母は食事を勧めるより先に最近使い方を覚えたばかりのタブレットを操作する。画面には幼少時の私たちの写真が映し出されていた。


「昔からそっくりでしょう?」


 間を持たせる自信がなかったのか、双子の鉄板を初手から放ってくる。こういうのは困ったときの切り札として使うべきではないだろうか? いやまあ、今がまさにそのときかもしれないんだけどさ。話題を振られた冬馬さんはタブレットの画面を覗き込む。


「本当にそっくりですね」


 次々とスライドされていく画像を冬馬さんは微笑ましそうに眺めていた。時折、写真の内容について両親に質問している。少しでも早く打ち解けられるよう気にかけているのだろう。


「お父さん、これはちょっと大変だったんじゃないですか?」


 それは幼少時の真奈姉と私が父の両腕にぶら下がっている写真だった。二人分の高い高いを一度に行っているようなものなので確かにきついだろう。もちろん当時の私が理解しているはずもなく、満面の笑みを浮かべてはしゃいでいるのだった。


「当時は軽かったからね。今だったら左腕は完全に骨折しているよ」

「どうして私のほうだけ骨折するの!」

「佳奈が重かったというわけじゃなくて、単純に左は利き腕じゃないからだよ」


 こんな会話で場が爆笑の渦に包まれる。父は娘の彼氏に「お父さん」と呼ばれても嫌な顔をしない。中高生の頃からそうなのでこれからもそうなのだろう。おそらく当事者である真奈姉が一番誰にも気を使っていない。話の流れで母が冬馬さんの職業を尋ねた。


「獣医です。新米なのでまだまだわからないことばかりなんですけどね」


 謙遜する冬馬さんに両親は「いやいや」と否定する。母の「獣医さんって動物のお医者さんのことでしょう?」という問いに「そうです」と返ってきて「素晴らしいお仕事だわ」と落としどころが決まった。普通なら社交辞令の応酬といったところだけど、うちに限っては本気で尊敬の念を抱いている。


「真奈って子供の頃はやんちゃだったの?」


 冬馬さんはいくつか写真を示しながら微笑む。真奈姉はぶすっとした顔で返した。


「悪い?」

「いや、悪くないよ。今の真奈からは想像もできないから意外で嬉しい」

「はあ、なにそれ?」

「今は腕白じゃなくて淡白な性格してるだろ?」

「うわ、佳奈の一発ギャグより面白くない」

「一発ギャグなんてしたことないから!」


 また笑いが巻き起こる。その後も冬馬さんは真奈姉の写真を選んで次々と感想を述べた。途中で私は違和感を覚える。それがなにかを理解するには時間を要したが、気が付いてしまえば驚くほど簡単なことだった。


 冬馬さんは両親でも間違えることのある真奈姉と私を一度も間違えていない。当たり前のように双子の姉妹を見分けている。それは不思議な感覚だった。心の中で真奈姉と私を間違えない人なんて存在しないと諦めていたからだろう。


「にゃーん」

「蔵之介」


 私は起きてきた愛猫に歩み寄る。二歳のマンチカンでかなりの気分屋さんだ。よしよしと頭を撫でても可愛げのない顔で再び「にゃーん」と鳴くだけである。


「はいはい、おやつがほしいのね」

「ちょっと待って、よかったらこれをあげてください」


 言いながら冬馬さんがパウチタイプのささみを手渡してくる。


「うちではあげてない高級おやつだ」

「佳奈、恥ずかしいこと言わないで頂戴」

「はいはい、おあずけは可哀想だよ」


 真奈姉は高級おやつを私の手から奪い取り封を切る。途端に蔵之介の声色が変わった。


「ちょっとなにするのよ、私があげるつもりだったのに!」

「大丈夫だよ、まだ持ってるから」


 蔵之介が差し出された高級おやつを齧る。もぐもぐと恍惚の表情を浮かべながら食べていた。


「本当にまだあるんですか?」

「え、あ、いや、ごめん」

「真奈姉、どういうこと?」

「いや、持ってるの私だから」


 そう言って真奈姉は高級おやつを私に手渡してくる。ちょっと意味がわからないんですけど?


「それなら手持ちのおやつをあげればいいでしょう? なんで私から横取りするのよ」

「冬馬が一つしか持ってない高級おやつを佳奈にあげたから嫉妬したの」


 私はやれやれという風に肩を竦めた。顔も声もそっくりなのに性格は異なる。私が変化球を好むのに対して真奈姉は直球派だ。それは余った料理の扱い一つでもはっきりしている。


「架神くん、これ、よかったら食べて」


 母は箱詰めした揚げ物を冬馬さんに差し出す。重箱二つくらいの物量だった。明らかに一人暮らしの成人男性が食べられる限界を超えているだろう。


「頂きます」

「絶対に食べ切れないでしょう? 結果的に捨てるならそれは優しさじゃないよ」


 受け取ろうとする冬馬さんを真奈姉が制する。私ならこの場で「要りません」と遠慮しなければ気にもならない。そのあとのことは誰にもわからないのだから――だけど真奈姉はそういう考えを許さないのだ。しかも否定だけでなく代替案を用意している。


「佳奈、味変できるやつ取って」

「まだ食べるの?」

「原因は上条家の作り過ぎでしょう?」


 ぐうの音も出ない。それから皆で揚げ物を頬張るのだけど、途中から戦友のような感情を抱いたね。一段落する頃には私も両親も冬馬さんとすっかり打ち解けていた。




「玄関に置き忘れたかもしらない」


 真奈姉からの「今時間ある?」というメッセージに「大丈夫」と返したら秒でスマートフォンが震えた。頼まれ事はわかっているので自室から顔を出して玄関を確認する。誕生日プレゼントが入っていそうな紙袋が下駄箱の上に置かれていた。


「それっぽいのがあるね」

「よかった。道中で置き忘れてたら詰んでたよ」「確認だけならメッセージで返したのに?」

「いや、もう一つ頼まれてくれない?」


 やっぱりなというのが正直な感想だ。合理主義の真奈姉が荷物の確認だけで電話をかけてくるわけがない。私を口説き落として面倒事を押し付けるつもりなのだろう。


「なに?」

「その荷物、冬馬のクリニックに持っていってくれない?」

「これ誕生日プレゼントなんでしょう? 私が渡すのはおかしくない?」

「バイトが終わったら一緒に食事するんだから問題なし。むしろプレゼントがないほうが不自然だよ」

「それならバイト終わりに一度帰宅したら?」

「方向が全然違うでしょう?」

「んー、それでも誕生日プレゼントを事前に渡すのはどうなの?」

「埋め合わせは今度するからさ」

「今度っていつよ?」


 食い下がれるだけ食い下がっておく。あやふやにすると今度は永遠にやって来ないからだ。


「うーん、そうね。古華の爆弾パフェでどう?」

「本気?」


 高級な苺が山盛りに積まれる爆弾パフェは見た目の衝撃だけでなく値段も破壊力抜群なのだ。そのため一つだけ頼んで二人や三人でシェアする風景をよく見かける。


「奢るのは冬馬だけどね」

「私だったら即行で別れるわ、こんな性格の女。普段から尻拭いばっかりさせてるわけ?」

「やめとく?」

「爆弾パフェを出されて私が断るわけないでしょう!」

「それじゃあ、交渉成立だね。宅配よろしく」

「わかったわよ」


 あくまで面倒事を引き受けたような口調で返しておく。通話を切ったあと私は左の拳を握り締める。届け物くらいで爆弾パフェを食べられるなら大歓迎だ。

 にんまり顔で家を出た私がよからぬ企てを図ったのは、果たして魔が差したからという理由だけなのだろうか? 受付に内容を伝えて荷物を渡すだけで済むことなのに、私は、わざわざ仕事中の冬馬さんを呼び出してしまったのだ。


 架神獣医科クリニックはペットホテルやペットサロン、ペットショップが併設された大規模な動物病院だった。個人経営という言葉から歯科医院くらいを想像していたので正直なところ驚きを隠せない。ちょっとしたスーパーマーケットくらいの広さがあるんじゃないだろうか?


 呼び出しは上条でお願いしてある。おそらく冬馬さんは真奈姉が来たと勘違いするだろう。なにも知らず私に向かって「真奈」と声をかける。それを聞いた私は「佳奈です。姉妹を間違えるなんて今までの彼氏と一緒ですね」と意地悪に返すのだ。


「佳奈さん?」

「どうも」


 姿を見せた冬馬さんに私は頭を下げる。正直、認めたくなかった。真奈姉と私を間違えない人が実在するなんて信じられない。どうして間違えないの? 間違えてくれたら納得できたのに! 正解されたら引き下がれなくなるじゃない? でもそれをどこかで期待していた? 一瞬で見抜かれたことに複雑な感情が淀む。


「これ、真奈姉から頼まれたものです」

「えっ、なにかあったの?」

「ただ忘れただけですよ」


 私は心の奥底にある闇に目を背けて淡々と伝えた。すごい自己嫌悪。それでも作り笑顔を浮かべる私に冬馬さんは「どうかしたの?」と優しく声をかけてくれる。


「なんでもないです。真奈姉とのデート頑張ってくださいね」

「あ、いや、そうだね、頑張るよ」


 あたふたする冬馬さんを私は無言で見つめていた。こんなに誰かに惹かれたのは初めてかもしれない。それが真奈姉の恋人なんて悲劇だ。どうすればいいのかなんてわからなかった。




 私も真奈姉も中学の頃から告白されることが多かった。双子という注目度もあったのかもしれないけど、たぶん、ほかの女子より人気があったのは間違いない。特に真奈姉は二十三日間連続で告白されるという謎の記録を叩き出していたからね。


 押し切られて付き合うことになるのは私も真奈姉も一緒だった。別に良い子を演じたかったわけじゃない。そこまで好きと言ってくれるなら付き合ってもいいかなという感覚だった。でもその気持ちはいつも同じ出来事で終焉を迎える。何度も何度も私と真奈姉を間違えるのだ。あれだけ好きと言っていたのに間違えるの? それってどうなんだろうね? お互い理想の恋人像なんて口にはしなかったけど、高校の頃には二人を間違い人になっていた気がする。




 あの日を境に私は冬馬さんを意図的に避けていた。真奈姉が家に連れて来るときは、私が家を空けるという具合だ。ぎくしゃくするより表向きは時間が合わないだけというほうがいい。


「佳奈、私の誕生日は時間作れるよね?」

「どうして?」

「冬馬、佳奈と話したいんだってさ」

「えっ?」

「顔芸まで始めたの?」

「そんなわけないでしょう!」


 私は全力で突っ込む。おそらく姉妹の関係が変わらないのは奇跡だろう。あるいは真奈姉がそういうことに疎いかのどちらかだ。恋愛において妹が必ずしも味方になるとは限らない。


「家に連れてくるの?」

「いや、冬馬の家に呼ばれてる」

「そこに私も参加するの? ということは友人集めてパーティーでもするわけ?」

「うーんとね、向こうの両親と冬馬と私たちだけみたいな?」

「なにその罰ゲーム! 絶対嫌だよ」


 抵抗する私に真奈姉は真剣な顔を向けた。


「私は佳奈との関係を壊したくないの。最近、付き合い悪いじゃない?」

「そうかな?」

「こういうことで嘘は吐かないよ」

「それじゃあ、買い物に付き合ってくれる? 私が誕生日に着ていく服を選んでよ」

「双子コーデ、久しぶりにやってみる?」

「なにかの嫌がらせ?」

「冬馬の両親、双子を生で見るの初めてなんだってさ。せっかくなら『似てる』ところを見せたいじゃない? 中途半端になるより全力で驚かせたいんだよね」

「馬鹿なの?」

「いや、本気」


 それはそれで馬鹿だ。


「買い物の日、爆弾パフェも食べる?」

「うぎゃー、忘れてた! どうして教えてくれなかったのよ!」

「ダイエットでもしてるのかなと思ってさ」

「してたとしても食べるから!」

「出たな、爆弾パフェマニア」


 やっぱり真っ直ぐを投げるのは真奈姉だ。

 ショッピングモールを姉妹で訪れるのは珍しいことじゃない。真奈姉は冬馬さんというより両親を意識した服選びをしているようだった。なんかこういうの嫌いじゃないんだよね。


「それじゃあ、着替えて合流ね」

「なんで?」

「鏡を見るより佳奈を見てるほうが似合ってるかどうかわかるからだよ」

「はいはいはい」


 私は適当に答えて試着室へ向かう。渡された服は森が似合いそうなゆるふわっとしたワンピースだった。着替えて外に出ると、だぼっとした上着にショートパンツ姿の真奈姉がいた。


「せーの!」


 同時に指を差してワンピースに決まる。大学なら生足のショートパンツもありだけど、冬馬さんの両親と会うなら、清楚な印象を与えられるワンピース一択だろう。


「支払い済ませたら爆弾パフェね」

「いいけど冬馬さんいないよ?」


 疑問符を浮かべる私に真奈姉はクレジットカードを顔の横に掲げた。


「なによそれ?」

「誕生日やクリスマスのプレゼントは申告制にしてるんだよね。サプライズが刺さる可能性なんて基本ゼロでしょう?」

「それはわかるけど、それで、カード渡されたの?」

「好きなもの買っていいらしいよ?」

「どうしてこんな駄目女に引っかかるかな」

「爆弾パフェ、やとめく?」

「食べるから!」


 週末のフードコードは少し混んでいて、同じ顔の姉妹が現れるとちらちらと視線を浴びた。真奈姉も私も慣れてしまっていて気にならない。爆弾パフェは相変わらず人気で、待ち時間を嫌った真奈姉が離れていく。クレジットカードを置いていかなかったので、商品を受け取ったくらいに戻ってくるのだろう。まあ、食べたいのは私だから不満はないんだけどね。


「佳奈さん」


 振り向かなくても声だけで誰かわかる。隣にいる女性はクリニックの人だろう。


「浮気なら真奈姉に密告しますけど?」

「違う違う! そんなに信用されてないの?」

「信用してますよ。真奈姉の選んだ服を着てる私を見ても間違いないくらいですからね」

「えーっ、この人、先生の彼女さんじゃないんですか? 写真のまんまじゃないですか!」

「双子の妹の佳奈です」

「絶対嘘だーっ!」

「でしょう?」


 だから私は本音を吐露してしまう。


「どうして私と先に出会ってくれなかったんですか? 早い者勝ちなんて納得出来ませんよ」

「えっ?」

「なんでもありません」


 すごく嫌な女だ。


「爆弾パフェ、一人で食べ切れるんですか?」

「食べられるけど真奈姉も戻ってくるからね。たぶん半分ずつになるかな」

「えっ、真奈も一緒なの?」

「聞いてなかったんですか?」

「知ってたら私と一緒にここにいませんよ」


 クリニックの女性はけらけらと笑い始める。今日だけは冬馬さんの隣に私そっくりの顔があるより気が楽だった。ついでなのでネタバレと確認をしておく。


「誕生日、私も寄らせてもらいます。このあと真奈姉と合流しますか?」

「えーっと?」

「私は大丈夫ですよ。生の双子なんて面白そう」


 順番が来て爆弾パフェを二つ注文した頃、買い物を終えたらしい真奈姉が合流する。


「うわー、笑っちゃいそうなくらい似てる!」

「そうかな、雰囲気でわからないかい?」

「無理無理無理、声まで一緒だもん!」


 以前にも聞いたことのある台詞だ。

 爆弾パフェと第三者がいたこともあってか、あまり意識せず冬馬さんと話すことができた。真奈姉が化粧品の試供品を集め回っていたことを明かすと、クリニックの女性は「いいね」となぜか感心していた。


「先生は二人を間違えたことないんですか?」

「うーん、今のところはね」




 冬馬さんは理解していない。真奈姉と私を間違えないことは奇跡なんだよ。それなのに自覚がないから私を苦しめる。いや、そうじゃない。私が勝手に情緒不安定になっているだけだ。


 誕生日、私はケーキを購入して架神家へ向かう。真奈姉とは現地で合流することになっていた。架神家は和風の高級住宅という感じで威圧感が半端ない。


「真奈、着いてたんだ」


 その声を聞いて私は泣きそうになった。それは優しさじゃない。でも私に選択肢はなかった。


「佳奈ですよ、真奈姉の誕生日に間違えるなんて酷いじゃないですか? なんか幻滅しちゃいました。私は姉と間違えない人が好きなのに、本当がっかりしたとしか言えません」


 求められている回答をちゃんと言えましたか?

 真奈姉ならそこまで聞けるのかもしれない。でも私は逃げてしまう。冬馬さんの大根芝居に付き合うのは結構きついし、わざと間違えていることに、私が気付いていないと本気で思っているのかな?


「ごめん」

「謝らないでください。私と真奈姉を間違えたことは秘密にしておきます」


 冬馬さんの両親は本当に双子を楽しみにしたらしく、うちの両親に引けを取らないくらい歓迎された。蔵之介の話にも興味津々で日を改めて真奈姉が連れてくるらしい。


 誕生日会が終わると冬馬さんの家へ移動した。こちらはデザインマンションといった感じで、親子でも趣味は違うんだなと実感させられる。隣を歩く真奈姉が穏やかな表情をしていた。


「緊張してたんだ?」

「当然でしょう?」

「でも二人とも優しそうな人だったじゃない?」

「佳奈のおかげだよ。あんたの顔を見たら大抵の人は笑うからね」

「同じ顔の人に言われたくないから!」


 部屋に上がり二次会が始まる。


「真奈姉、ケーキ買ってきたんだけど食べる?」

「へえ、ありがとう」

「ケーキが二つ?」


 怪訝そうな顔をする冬馬さんに私は苦笑した。


「真奈姉の誕生日はもれなく私の誕生日なんですよ。別々の日に生まれる双子っています?」

「ごめん」


 今日は誤ってばかりだな。でもそれは優しさじゃないよ。真奈姉と私と間違えない人、存在しないと諦めていた人、真奈姉と先に出会ってしまった人、本当に私じゃ駄目だったのかな?


「火、点けるね」


 言い終えて二人分のケーキに火を点けた。ここ数年は私の担当になっていたので真奈姉はなにも言わない。冬馬さんは真奈姉の横で黙っている。


「せーの!」


 二人同時に蝋燭の火を吹き消した。

 私は蝋燭の消えた誕生日ケーキを手に取り姉の顔面へ向けて投げる。するっと避けられてケーキは冬馬さんの顔面に直撃した。どうして私と先に出会ってくれなかったのという意味で、これはこれで充分に望むべき結果だったのかもしれない。


 初めて投げたストライクだ。

 真奈姉、冬馬さん、どうかお幸せに!

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