プロローグ②「絶望とカミングアウト」

二人はそのまま高校へと歩き出した。


風がやわらかく頬を撫でていく。


桜並木を通るたび、花びらがひらひらと肩に落ち、制服の紺が淡く彩られた。

住宅街を抜けると、遠くに見えてくる白い校舎。




まだ新しい匂いが風に乗って届く。
「……これが、今日から通う高校か」



「うん。なんか、思ってたよりキレイだね」
カナタの声には期待と少しの不安が混じっていた。



その時、前を歩いていた男の子たちがひそひそと話しているのが聞こえた。


「見ろよ、あの銀髪の子、すごい綺麗じゃない?」


「ほんとだ、モデルみたい」



カナタは聞こえないふりをして前を向いた。
ヒカリはニコニコな顔で言った。



「友達たくさんできたらいいね……!!」
「……まぁね」




だがヒカリのその言葉が、春の風よりもあたたかく感じた。




正門前には、写真を撮る親子、案内板を覗き込む生徒、校章の入った封筒を手にした新入生たちの列。
華やかさと緊張が入り混じる空気の中、カナタとヒカリも立ち止まった。



「ねぇ、カナタ写真撮ろうよ!」


とヒカリ明るい声で言った。





「え、ここで?」


カナタは写真があまり好きではなかった為断ろうとした。


「うん! せっかくだし、門の前で! ほら、“星見決意丘高等学校 入学式”って書いてある!」



ヒカリがスマホを取り出す。



「……じゃあ、一枚だけだよ、、」



シャッター音。


背景には満開の桜。風が吹くたび花びらが二人を包んだ。


「可愛く撮れたよー、思い出の写真だね」


「思い出……ね。」


画面に映る二人の笑顔は、まるでこれから始まる未来そのもののようだった。



「ねぇ、もしかして君たちも新入生?」


振り向くと、明るい栗色の髪をツインテールにした女の子が立っていた。

身長は150センチとひとまわり小さいくらい
首からカメラを下げ、制服のスカートは少し短め。元気いっぱいの雰囲気だ。



「うん、そうだよ。今から入学式なんだ」
ヒカリが答えると、彼女は嬉しそうに笑った。


「よかった〜! 私も迷っててさ、どこに並べばいいかわかんなくて」



「案内板、あっちにあったよ」
とカナタが指差すと、彼女はぱっと顔を輝かせた。



「ありがと! 私、月嶋ヒナ。よろしくね!」



「2人の名前は?」



「私がヒカリで横の女の子がカナタ!」
とヒカリが元気に返事をした。




「これからよろしくね!!」
ミナはにこにこ笑いながら、両手を腰に当てた。



「ねぇ、入学式終わったら3人一緒に写真撮ろ? 記念に!」


とカメラを触りながら言った。



「うん、いいね!」


ヒカリはニコニコで答えた。



「ちょ………ヒカリ、、」


カナタの声も聞こえず



「じゃあ約束!」
とヒナは笑いながら先へ走っていった。


その背中を見送りながら、カナタは小さく息をついた。



「………ねぇ、カナタ」



「……ん?」


カナタはヒカリに耳を傾けた。




「入学式……なんだか、、すごく緊張するね」



カナタは少し肩をすくめ、窓の外の桜を見上げる。



「うん……でも、ヒカリが隣にいるから、なんとかなる気もする」



ヒカリは少し首をかしげ、にこっと微笑む。


「ふふ、、私もだよ。カナタと一緒なら、大丈夫って思える」




そうして2人は体育館へ向かった


体育館に入ると、天井の高い空間に人のざわめきが反響していた。


桜の花びらが入り口から舞い込み、白いステージに積もっている。


「ここの体育館、広っ……」


「ね、すごいね。ちょっと寒いけど」


椅子の列に座ると、隣の生徒たちが小声で話しているのが聞こえる。



「ねぇ、入学式って何時に終わるの?」


「知らない、でも教室行くんだよね」


「緊張する~!」



カナタは前を向きながらも、周囲の声が遠くに感じられた。


マイクから流れる校長の声。


「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。」


祝辞の言葉が続くたび、カナタの胸の中で何かが静かに鳴る。



――僕は、今日から「僕」として生きる。
たとえ誰に笑われても、もう隠さない。



壇上の花が光を反射して、まるで希望のように輝いていた。


横を見ると、ヒカリがカナタを見つめて微笑んでいる。


「………カナタ!」


カナタの気持ちが自然と伝わった気がした。




あっという間に入学式が終わり、拍手が鳴り響く。


カナタはその音の中で、ひとり静かに息を吐いた。


式が終わり、廊下は新しい靴の音とざわつく声で満ちていた。


カナタとヒカリは少し緊張しながらも、教室へ向かって歩き始めた。




「……ちょっと疲れたなぁ」



ヒカリが小声でつぶやくと、葵は窓の外の桜を見ながら軽く頷いた。



「入学式だからね……でも新しいクラス楽しみで私ドキドキしてるよ!!」


ヒカリは目をキラキラさせながら言った



「ほんと、、ヒカリはポジティプだなぁ……」


そうして階段を上る途中、曲がり角の向こうから元気な声が聞こえた。


「カナタ、ヒカリ!」

振り向くと、ミナが駆け寄ってきていた。


「やっぱり2人一緒にいた……!一緒に行こ!」



「…!いいよ!!」


とヒカリは笑って微笑んだ。



ミナが手を振ると、カナタは小さく頷いた。

三人は軽い笑いを交えながら、教室に向かって歩き始める。


歩きながら、ヒナは窓の外の桜の花びらを眺めて、小さく呟いた。



「それにしても学校受かって良かったなぁー」


とヒナは髪を編みながら言った。



「私も……危うく落ちたかと思ったもん!」


ヒカリが少し笑いながら答える。



「面接だけなのに落ちるわけ………」


とカナタが釘を刺した。




ヒナはさらに話を続ける。


「私〇〇中学校から来たんだ。そういえば、

ヒカリとカナタって中学一緒だったの?」



その途端、ヒカリの顔から笑みが消え、足取りも少し止まった。




「中学校はその、、家庭の事情で、、すぐに転校したんだ、、、。」


ミナの声は少し小さく、言い淀む。言葉に詰まるたび、空気がわずかに止まった。




「あぁ……そうなんだ……」


返事は淡く、でもどこか考え込むような響きがあった。二人の間に、一瞬の沈黙が落ちる。






「それより早く教室入ろう!もうみんな集まってる」


カナタの声で、沈黙はすっと消える。


「……うん!!」


ミナが頷き3人は教室の中に入って行った。




カナタは教室に入ると、まだ見慣れない光景に少し息を飲んだ。


木の机が整然と並び、窓から差し込む朝の光が机の表面を柔らかく照らしている。


壁には掲示物や時間割が貼られ、落ち着いた雰囲気だ。




カナタは席表を確認し、自分の名前を見つけると、そっと該当する席に向かった。



「………!!ヒカリと隣だ!!」



「本当だ………やったね!!カナタ!!」



2人は思わずハイタッチした。





カナタは颯爽と机の上を整え、鉛筆や教科書を並べて椅子に深く腰掛けた。



「ヒカリちゃーん!!」


ヒナが席から立ちヒカリのところにやってきた。



「私窓側の席だったー!近かったら良かったのにー!」



「そっちの席にも遊びに行くよー」



一瞬で新しい人と仲良くなれるヒカリのコミュニケーションにカナタは尊敬の念を向けていた。


「それにしてももうクラスでグループっぽいのできてるんだね」



ヒナがそう言いカナタ達は教室を見渡した。




目立つのは女子の4人グループ。



長い黒髪のリーダー格は笑顔を作るが目は鋭く、ショートカットの少女はアオイをまっすぐ見つめる。


明るい髪色の二人は互いに囁きつつアオイの様子を伺っている。



その後ろには男子の4人グループが肩を並べ、時折視線を巡らせている。


前方ではメガネの男子2人が落ち着いた雰囲気で自己紹介を交わしていた。



「これからこのクラスで¨三年間¨過ごすの楽しみだね!!」


とミナが言った。



「私も、、!!カナタも絶対三年間楽しもうね!!」


とヒカリは純粋な笑顔で言った。



「……………」


だがカナタはこれからカミングアウトすることでどうなるか、その未来を考えてしまっていた。


「なるべく、、考えないようにしてたのに………」


その¨時¨が近づくにつれどんどんカナタの表情は暗くなっていった。



「カナタ、、」


だがその異変を察知したヒカリはすぐにアオイを抱きしめた



「やっぱり……おかしいよ、、カナタ…」



「………!」



「悩みがあるなら言って、、辛いことがあるなら教えて、、、私も一緒に考えるから………!」




「もういい………」






「もう、、、いいんだ、、、ヒカリは、、¨私¨に構わなくて良いんだよ、、、」



「カナタ……!!」



「これはヒカリの為なんだ……」





「………なんでそんな事言うの……

さっきから私を突き放そうとして、、、」



「だって、、、」



「だって、、私は…………¨僕¨はっ、!!!!」





その時、教室の扉が開き、担任の白川先生が入ってきた。


「皆さん、、、みなさん速やかに席に

着いてください、、」



「…………!!」



生徒達は驚き、カナタ、ヒカリも慌てて

席についた。



「今日から三年間よろしくお願いします。白川です」


先生はゆっくり教室を見渡し、生徒たちのざわつきを落ち着かせた。



「……………」

カナタは、さっきヒカリに告白できなかったことを強く悔いていた。胸の奥がぎゅっと締め付けられる





「私白川は東京のーーからきました。科目はーーで年齢はーーーーーーーー」


と白川先生はテンプレのような自己紹介を始めた。。。





だがそんなことよりカナタは横にいるヒカリが気になってしょうがなかった。。。



「ヒカリ、、、」



「ーーーーーーーで私はーーーーーー」



「………………」



とカナタは話の内容など一つも頭に入らなかった。




どれくらい時間が経っただろう。




「と言うことで皆の事もっと知りたいので自己紹介をしてもらいます。名前と、趣味や好きなことを一つずつ話してくださいね」




「…………!!ついに来た。。。」



――ここでやらなきゃ、この先一生、後悔する。


そう自分の中で強く考え、カナタは決意した。



覚悟はとっくの間決まってる。。



そうして自己紹介は、、一瞬で進み、、

カナタの順番が近づいた。。



「次、そっちの列いこうか」



白川先生の声が響く。教室のあちこちで椅子の軋む音がした。





「えっと……月島ヒナです。中学ではバレー部で――えっと、、、、よろしくお願いします!」
だが拍手と小さな笑いが起きる。
その空気は穏やかで、春の教室らしい柔らかさがあった。



「三鷹レンです。特技は寝ることです」
「またそれ?」と前の席の子が笑い、クラスが少しだけ緩んだ。



カナタはそれを見ながら、心の奥がざわつくのを感じていた。


――みんな、普通に“自分”を名乗っているーー



自分は、“どんな自分”を名乗ればいい?

隣の席では、ヒカリが小さく拳を握っていた。
目が合う。



その一瞬で、カナタは決意する。




「次、、神宮カナタさん、、、」


次は……自分の番だ。
深呼吸してカナタは立ち上がった。



教室の空気が一瞬静まる。カナタの胸は早鐘のように打っているが、恐怖ではない。覚悟だ。


もう世界中が受け入れてくれなくても構わないそんな覚悟がカナタにはある。




「神宮カナタです。

〇〇中学校から来ました。」



「そして私、、、いや、」



カナタは息を整え、胸ポケットの許可証を握る手に力を込めた。




「¨僕は¨、、トランスジェンダーです……!!」




「僕は……体は女の子だけど、心は男です!!」


教室の空気が一瞬止まる。目の前のクラスメイトに、自分の覚悟を映すように見つめる。



「だから、¨僕¨の事は――カナタ君って呼んでほしい………」


声は震えない。小さくても、確かな決意がそこにあった。一瞬、教室中の空気が凍る。



「え……?」



「……!」



ざわめきが広がる。

誰かが笑い、誰かが目を伏せた。

声は低く、鼻先で笑うような冷たい響き。皆、カナタをちらりと見ては目を伏せ、ささやきあう。視線の端に感じる軽蔑と距離感を感じた。




そしてカナタの胸はぎゅっと締め付けられた。息が詰まるような孤独感が、体を重く覆う。



「………!!」


胸が締め付けられる。息が詰まる。


分かっていたはずなのに、、


ーーわかっていたはずなのにーー




全ての絶望がカナタを襲い

世界がカナタを拒絶していく音がした。



「恥ずかしい、、ムカつく、、逃げたい、、、!どうしよう、、、助けてっっ、、死にたい、、もうやめて、、」


「¨助けて¨…………!」



ーーー全ての感情がカナタに流れ出すーーー



だがその時、、、


「カナタのこと………笑ったりバカにするなんてダメだよ!!!!」


教室中がヒカリの声に振り向く。


天然な明るさと、揺るがない力強さが混ざったその声は、重苦しい空気を切り裂くまさに¨光¨のようだった。



「ヒカリ…………!」



「カナタはカナタでいいんだよ!!!」


ヒカリの目には涙が浮かんでいた。

でもそれは迷いの涙ではなく覚悟の涙だった。



「みんなと少し違うだけ、、、ただそれだけで皆笑う理由にはならないよ!!!」


カナタは強く背中を押されるのを感じた。
教室の視線はまだ完全には柔らかくならないけれど、ヒカリの存在が勇気となり、孤独と不安が少しずつ和らいでいく。


カナタは胸の奥でほっと温かい感覚を覚える。
――自分を信じてくれる人が、ここにいるーー



「もし皆がカナタから距離をとっても、、


仲良くしなかったとしても、、、


私はカナタの味方、、、、!!!」




ヒカリの声は教室中に響き渡った。




「私の名前はヒカリ、星影ヒカリ、」




「カナタの、、」




ーーー「カナタのたった1人の恋人です。」ーーー






絶望とカミングアウト②

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