第13話「私の愛しい宝物」

 まさか二ヶ月も耐え抜くとはな…。正直、数日で野垂れ死んで、人食いスライムの餌食になってると思ってたぜ。 だがどうだ。俺はまだ生きてるし、スーパーの袋には愛しのチーズ様が詰まってる。人生、これ以上の贅沢があるか?


「ふぁぁ……」


 冬音(フユネ)は猫みたいに体を伸ばして、四時間の昼寝から覚めた。まあ、頑張ったしな。これくらい許されるだろ。


「おはよう、冬音」俺は声をかけた。「…まあ、厳密にはもう昼過ぎだけどな」


「おはよう? 私、丸一日寝てたの?」


「言葉のアヤだよ……細かいことはいいから、ほら、これを見ろ」


 俺はチーズがぎっしり詰まった袋を、誇らしげに見せつけた。 途端に冬音の目がカッと輝きだした。あまりの興奮っぷりに風の魔法が暴走しそうだったから、俺の宝(チーズ)が吹き飛ばされる前に慌てて彼女の肩を押さえた。


「落ち着けって……ま、俺も爆裂魔法とか使えたら、嬉しすぎて辺り一面消し飛ばしてたかもしれんけど」


 そこに柚幹(ユズミキ)がニコニコしながら近づいてきた。彼女の手にも、冬音用のチーズが詰まった袋がある。


「これ、どういうこと?」と冬音。


 俺はニヤリと笑い返した。


「取引の詳細は曖昧だったけどな……結局、一人一袋チーズが貰えたってわけだ」


「お、おおぉ……」彼女は自分の分を受け取ると、まるで儀式のように厳かに杖に結びつけた。「完璧。これで私も完全なるアークメイジね!」


「しょうがない奴だな……ま、俺も同じくらい浮かれてるけど。まだ夢みたいだ……」


 もっとも、いつものように俺の期待なんて簡単に裏切られるかもしれないが。


「ダイキ……」


 弓月(ユミヅキ)だ。さすが幻想ブレイカー。


「……まだハムが残ってますよ、ダイキさん」


「分かってる、分かってるって。焦っても仕方ないし、立ち止まるわけにもいかない。今は素直に喜ばせてくれよ……頼むから」


 彼女は親指を立てて合図すると、荷馬車に乗り込んだ。


「さて、帰るとするか……帰り道で風も斬撃も効かない『ジャイアント・ボア』みたいなラスボスに遭遇しないといいんだが……」


 視線を感じた。冬音だ。


「どうかしたの、ダイキさん?」


 俺はハッとして彼女を見た。どうやら声に出てしまっていたらしい。


「いや、なんでもない。ただ……妙なんだよ。上手くいきすぎてて、逆に怖い」


 彼女は迷わず、俺に抱きついてきた。


「大丈夫だよ……今は一緒だもん。ピクスの最強アークメイジがついてるんだから、誰も手出しなんてさせない!」


「はいはい、分かってますよ」俺は溜息をついた。「でも、すぐ魔力切れで気絶して、結局俺がおんぶする羽目になるんだよな」


 冬音は頬を膨らませて威嚇しようとしたが、余計に愛嬌が増しただけだった。俺はそんな彼女の頬を優しく引っ張ってガス抜きをした。


「ほら、行くぞ。置いてけぼりにされて、袋片手に立ち尽くしてるところを山賊に襲われたくないだろ」


 彼女が赤面するのが見えた。いつものように身軽に荷馬車へ飛び乗ると、杖にぶら下げたチーズの袋をまるで聖なる宝具のように大事そうに抱えている。


 荷台に落ち着く彼女を見つめながら、ふと心の中で問いかけた。


 今回こそは……すべて上手くいくんだろうか?



 --


 馬車はもう十時間も動き続けており、その間ずっと、私は腕の中から消えてしまうかのように、宝物を抱きしめていた.


 何しろ、それを失う可能性は決して低くはなかったからだ.


 どんな盗賊が待ち受けているのか分からなかった。些細な変化で逃げ出すような単なる「モブNP C」なのか……それとも真の危険は、静かなる裏切り者という形で、我々の中に潜んでいるのか.


 それでも、丸一ヶ月も旅をすることになると知ると、再び打ちのめされる思いがした。抱こうとしたどんな希望からも、輝きが失われていくようだった.


 だが、油断することも、あの馴染みのある影に沈み込むことも許されなかった.


 そうすれば、前世と同じ轍(てつ)を踏むことになってしまう。今回こそは、それを許すつもりはなかった。


 今の私には目的があるのだから……世界にも、運命にも、自分自身の恐怖にも、決して台無しにはさせない目的が.


 そして最悪なのは、それが私自身によって書かれた筋書き(シナリオ)だということだ.


 なんて皮肉な話だろう.

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自分が書いた駄作に転生したんだが @hiyoriaki123

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