第7話「新しい書き込み」
三週間後。
皐月の日常は、驚くほど変わっていた。
朝、登校すると、廊下で何人もの生徒が声をかけてくれる。
「おはよう、春川さん」
「おはよう」
教室に入れば、クラスメイトたちが笑顔で迎えてくれる。
「春川さん、昨日のドラマ見た?」
「見た見た」
昼休みは、屋上で友達と弁当を食べる。
一人じゃない。
もう、誰も皐月を「暗い子」とは呼ばない。
そして、放課後。
校門の前で、氷室先輩が待っている。
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
二人は、並んで歩く。
手を繋いで。
温かい。
幸せ。
この三週間、夢のようだった。
氷室先輩と正式に交際を始めて、毎日が輝いている。
デートにも行った。
映画館。
カフェ。
公園。
どこに行っても、楽しい。
氷室先輩は、優しくて、面白くて、温かい。
皐月は、毎日が幸せだった。
ある日の昼休み。
皐月は、いつものように屋上で友達と弁当を食べていた。
スマホが震えた。
取り出す。
掲示板の通知。
新しいスレッドが立っている。
タイトルは——
『明日、柚木先輩に告白します』
皐月は、息を呑んだ。
また。
また、誰かが告白する。
友達の一人が、皐月の画面を覗き込んだ。
「あ、新しいスレ主だ!」
「本当だ」
「柚木先輩って、2年の?」
「うん、サッカー部の」
「かっこいいよね」
みんなが、スマホを取り出す。
掲示板を開く。
あのスレッドを見る。
皐月も、本文を読んだ。
『ずっと憧れていました。でも、勇気が出ません。誰にも相談できません。だから、ここに書きます。明日、柚木先輩に告白します』
既に、レスが百件を超えている。
『応援してる!』『頑張れ!』『スレ主、絶対うまくいくよ』
友達の一人が、興奮気味に言った。
「また応援イベントやるのかな」
「やるでしょ、絶対」
「楽しみ!」
皐月は、微笑んだ。
今度は、自分が応援する側。
不思議な気持ち。
でも、温かい。
スマホを取り出して、レスを書き込む。
『応援してます。勇気を出して、頑張ってください』
投稿する。
友達たちも、次々とレスを書き込んでいく。
『スレ主、頑張れ!』『柚木先輩、優しいから大丈夫だよ』『結果教えてね』
屋上が、温かい空気に包まれる。
放課後。
校門の前で、氷室先輩が待っていた。
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
皐月は、氷室先輩の隣に並ぶ。
「新しいスレ主、現れたね」
氷室先輩は、微笑んだ。
「うん、見たよ」
「柚木先輩に告白するんだって」
「そうみたいだね」
二人は、近くの公園のベンチに座った。
夕日が、二人を照らしている。
氷室先輩が、スマホを取り出す。
掲示板を開く。
皐月も、隣から覗き込む。
新しいスレッドは、既にレスが千件を超えていた。
『スレ主、誰だろう』『応援したい』『頑張れ!』
氷室先輩は、微笑んだ。
「次は誰だろうね」
「わかんない。でも、応援したい」
「うん」
氷室先輩は、皐月の手を握った。
「君も、こうやって応援されてたんだよね」
「うん」
皐月は、微笑んだ。
「みんなが見守ってくれて、応援してくれて。だから、私も頑張れた」
「そうだね」
氷室先輩は、空を見上げた。
「この学園の伝統、素敵だよね」
「うん」
「誰もが一度だけ、匿名で勇気をもらえる」
皐月は、頷いた。
「私も、そうだった」
「これからも、きっと誰かが勇気をもらっていく」
「うん」
二人は、夕日を眺めながら、静かに微笑んだ。
翌日。
学園は、また応援モードに包まれた。
朝、登校すると、廊下でヒソヒソと囁き声。
「今日、告白だよね」
「スレ主、誰だろう」
「応援したい」
昼休み。
校内放送が流れた。
『生徒会からのお知らせです。本日放課後、新しいスレ主を応援するイベントを開催します。皆さん、ぜひご参加ください』
教室が、どよめいた。
「また応援イベント!」
「絶対行く!」
皐月も、友達と一緒に参加することにした。
放課後。
体育館。
そこには、数百人の生徒が集まっていた。
ステージには、生徒会のメンバー。
生徒会長が、マイクを持っている。
「皆さん、集まってくれてありがとう!」
拍手。
「今日も、誰かが勇気ある一歩を踏み出します!」
歓声。
「スレ主、もしここにいたら、私たちは全力で応援します!」
拍手。
体育館中が、温かい空気に包まれる。
皐月は、その中にいて、不思議な気持ちになった。
三週間前、自分がこの場所で応援されていた。
でも今は、応援する側。
温かい。
嬉しい。
そのとき。
ステージに、柚木先輩が上がった。
体育館が、静まり返る。
柚木先輩は、マイクを受け取る。
「皆さん、こんにちは」
爽やかな声。
「僕も、スレ主を応援しています」
拍手。
「もし、スレ主がここにいたら、伝えたいことがあります」
静寂。
「君の気持ち、ちゃんと受け止めたいです。だから、逃げないでください」
歓声。
拍手。
体育館中が、温かい空気に包まれる。
皐月は、涙が滲むのを感じた。
氷室先輩が、そっと手を握ってくれる。
「大丈夫?」
「うん」
皐月は、微笑んだ。
「ただ、思い出して。私も、こうやって応援されてたんだなって」
「うん」
氷室先輩は、優しく微笑んだ。
「君は、よく頑張った」
「ありがとう」
数日後。
掲示板に、新しい書き込みがあった。
新しいスレ主からの報告。
『皆さん、応援ありがとうございました。告白、成功しました!』
レスは、瞬く間に千件を超えた。
『おめでとう!』『よかった!』『感動した!』『次も応援するよ!』
皐月も、レスを書き込んだ。
『おめでとうございます。勇気を出して、本当に素晴らしいです』
投稿する。
すぐに、返信がついた。
『ありがとうございます。春川さんのおかげで、私も勇気が出ました』
皐月は、驚いた。
私のおかげ?
でも、嬉しい。
自分が、誰かの勇気になれたなんて。
ある日の放課後。
皐月と氷室先輩は、屋上にいた。
いつもの場所。
フェンスに背を預けて、夕日を眺める。
氷室先輩が、スマホを取り出した。
掲示板を開く。
「また、新しいスレッドが立ってる」
「え、本当?」
皐月も、覗き込む。
タイトルは——
『明日、○○さんに告白します』
本文。
『ずっと好きでした。でも、勇気が出ません。だから、ここに書きます』
レスは、既に百件。
『応援してる!』『頑張れ!』『スレ主、絶対うまくいくよ』
氷室先輩は、微笑んだ。
「また、誰かが勇気を出そうとしてる」
「うん」
皐月も、微笑んだ。
「この学園では、誰もが一度だけ、匿名で勇気をもらえる」
「そうだね」
氷室先輩は、空を見上げた。
「素敵な伝統だよね」
「うん」
皐月は、スマホを取り出した。
掲示板を開く。
新しいスレッドに、レスを書き込む。
『応援してます。あなたは一人じゃない。私も、ここで勇気をもらいました。だから、あなたも頑張ってください』
投稿する。
氷室先輩も、レスを書き込む。
『君の気持ち、ちゃんと受け止められることを願ってる。頑張れ』
投稿する。
二人は、微笑み合った。
そして、掲示板を閉じる。
夕日が、二人を照らしている。
オレンジ色の空。
綺麗だ。
氷室先輩が、皐月の手を握った。
「これから、どんな物語が生まれるんだろうね」
「わかんない。でも、きっと素敵な物語」
「うん」
皐月は、微笑んだ。
「私たちの物語も、まだ続いてる」
「そうだね」
氷室先輩は、皐月を抱き寄せた。
「これからも、ずっと」
「うん」
二人は、夕日を眺めながら、静かに微笑んだ。
匿名の掲示板で始まった恋。
それは、今、確かな愛になった。
そして、これからも、この学園では、誰かが勇気を出す。
誰かが、一歩を踏み出す。
誰かが、匿名で、本音を語る。
そして、誰もが、応援される。
見守られる。
一人じゃない。
それが、この学園の伝統。
白鷺学園 匿名掲示板。
そこでは、今日も、誰かが勇気をもらっている。
その夜。
皐月は、部屋で掲示板を開いた。
新しいスレッドを見る。
レスは、既に千件を超えている。
温かい言葉ばかり。
皐月は、微笑んだ。
そして、最後に、一つだけレスを書き込んだ。
『この学園では、誰もが一度だけ、匿名で勇気をもらえる。私も、そうだった。だから、あなたも大丈夫。あなたは、一人じゃない』
投稿する。
すぐに、返信がついた。
『ありがとう』
皐月は、スマホを閉じた。
ベッドに倒れ込む。
天井を見上げる。
今日も、素敵な一日だった。
明日も、きっと素敵な一日になる。
匿名じゃない。
春川皐月として。
氷室先輩と一緒に。
友達と一緒に。
そして、新しいスレ主を応援しながら。
皐月は、微笑みながら、目を閉じた。
温かい夢を見ながら。
そして、物語は、続いていく——
数週間後。
掲示板に、また新しいスレッドが立った。
タイトルは——
『明日、春川さんに告白します』
皐月は、スマホを落としそうになった。
え。
私?
誰が?
本文を読む。
『ずっと憧れていました。でも、勇気が出ません。春川さんは、私の憧れです。だから、明日、告白します』
投稿者は、匿名。
でも、皐月には、心当たりがあった。
クラスメイトの一人。
いつも皐月を見ていた子。
皐月は、息を呑んだ。
そして、微笑んだ。
今度は、私が受け止める番。
皐月は、スマホを握りしめた。
そして、明日を、待った。
物語は、まだ終わらない。
これからも、誰かが勇気を出す。
誰かが、一歩を踏み出す。
そして、誰もが、応援される。
見守られる。
一人じゃない。
それが、白鷺学園の伝統。
匿名掲示板の、奇跡。
皐月は、微笑みながら、目を閉じた。
明日が、楽しみだ。
(第7話 終)
(第1シーズン 完結)
掲示板の最後の書き込み
『この学園では、誰もが一度だけ、匿名で勇気をもらえる。
誰もが、応援される。
誰もが、見守られる。
あなたは、一人じゃない。
――白鷺学園 匿名掲示板より』
匿名掲示板に告白を書き込んだら、翌日から全校が応援団になっていた ―― 孤独な私が、学園中に見守られていた理由 ソコニ @mi33x
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