第二十五話 結果より過程
自堕落な生活と縁を切る為に、ハルとアキは運動着を着た。走りやすい靴を履いたのは、いつぶりだっただろうか。少し窮屈に感じていた。
「ハル。準備はいい?」
「ちょっと待って! タオル持ってかないと!」
ハルからタオルを受け取ると、アキはタオルの匂いを嗅いだ。フレグランスと例えるのがピッタリな良い香り。それが今日一日で汗の醜悪な臭いに変わる。
「よーし! それじゃあ走るわよ!」
「うん!」
午前九時。二人は意気揚々と走り出した。道には二人の他に多くの一般生が走っており、すれ違いざまに挨拶と励ましの言葉で互いを称え合う。走るペースや時間は違えど、運動会にむけての体力作りという目標は同じである。
一時間後、二人は一度休憩を挟んだ。久しぶりの運動。更には今日の天気は快晴。タオルで拭いても大量の汗が次々と出てくる。
「暑いわね。でも、まだまだ!」
「う、うん……!」
それから更に一時間後。二人は噴水近くの芝生に倒れていた。木陰になる木は近くに生えておらず、陽光を存分なく浴びている。ここより涼しい場所へ移動しようにも、全身に疲労が溜まって動けない。
「あ、暑い、わね……!」
「ぅぅ……」
こうまで疲れているのは、二人の運動不足も原因の一つだが、水分不足が主な理由であった。前から走り出していた他の人とは違い、二人は昨夜思い立ったばかり。運動不足を解消する為に体を動かすと意気込んだものの、自分達が今どれほどの運動不足か知らず、日中の温度も知らずにいた。
人が何かをする時、まずは自分の力量とやるべき事を比べる。力量が足りない場合、他の何かで補強し、やるべき事を成し遂げる。これは勉強、スポーツ、物を持ち上げるといった基本的な事にも使う脳の事前準備である。
しかし、二人は過程よりも結果を重視した。その道のりがどれだけの距離があるかも知らず、結果というゴールだけに目を向けて走り出した。無謀である。
「ハ、ハル……水、持ってない……?」
「も、持ってない……」
「だよね……」
意識が遠のいていく。目を瞑ってはいけないと分かっていても、視界が徐々に霞んでいく。瞼を開いているつもりなのに、実際は瞼が閉じていく。
(あ、これヤバい。洒落に、ならない……)
アキがハルの方へ視線を向けると、同じく意識を失いかけていた。
脱水症状間近、芝生を踏む足音が二人に近付いていた。その足音は二人の頭上で止まった。
「ハハ。死にかけの蝉みてぇだ」
ずっと二人を追いかけていた天明は、背負っていたカバンから水筒を取り出し、二人に水を与えた。
「水分補給もせずに走り続けるなんて、自分の体を痛めつけてるだけだ」
「……もっと早く、水寄こしに来てよ」
「一回痛い目に遭う経験は必要だろ。とりあえず飲めよ。そんで帰るぞ。お前らいきなりハイペースでやり過ぎなんだよ」
二人は水筒に入っていた水を全て飲み干すと、歩いて家に戻った。アキは首に掛けていたタオルの匂いを嗅いでみた。汗の臭いが染みついているはずなのに、汗の臭いが感じられない。
「臭くないな……」
「麻痺してんだよ。一時間ゆっくりしてれば、嗅覚がハッキリとしてくるだろう。問題はハルの方だな」
元から体力がなかったハルは、アキよりも疲れ果てていた。歩いて帰ってきていた時も、アキは歩けていたが、ハルは天明の背でグッタリとしていた。
「とにかく、今日は家でゆっくりしてろ。俺はちょっと用事があるから、夕方頃に帰ってくるよ」
「用事って?」
「教会にお赦しの言葉をもらいにいくのさ」
「あっそ……あのさ! その……ありがと」
「いいよ、礼なんて。次からは脱水症状にならないようにしてくれよな。あと、余裕出てきたなら、ハルの看病してやれよ」
天明はアキに優し気に微笑んだ後、気だるげな表情で部屋から出ていった。
アキは自分のタオルでハルの額の汗を拭くと、少し開いたハルの口に伸びそうになっていた手を氷入りのオレンジジュースに行き先を変え、ゆっくりと飲んだ。
一方、天明は久しぶりにカーネーションの領地にやって来ていた。ここもヒマワリの領地と変わらず、一般生が汗水流しながら体力作りに励んでいた。そんな彼女達を通り過ぎ、天明が足を運んだのはカーネーションの校舎である教会。
教会の扉を開けると、あの日のように最前列に千鶴が座っていた。
「来ましたね、冴羽天明さん」
椅子から腰を上げた千鶴は通路に立つと、入り口前で立ち止まっている天明に正面を向けた。
「冴羽天明さん。カーネーションに所属しなさい」
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