第二十一話 解雇

 クリーニングとは、一度着た服を新品同様にまで仕立てる仕事。たまに着る服なら着たその日か翌日に。常用する服ならば半年の内に一度か年に一度。花畑女学園では基本的に制服で過ごすので、私服を着る機会があまりない。その為、依頼が殺到する時期と暇な時期が明確にある。




 そして現在。三人が活動するクリーニング屋は暇な時期に突入していた。遅れて依頼してきた制服が一着あるだけで、その他は何もない。こういう時期になると、アキとハルはそれぞれ別の事で点数を稼ぐ。アキは書類整理の手伝い。ハルは帳簿と店の掃除。暇な時期とはいえ、何もせずにダラダラ過ごす余裕など、一般生にはない。




 その為、天明は窮地に立たされていた。配達をする必要が無くなれば、いよいよ天明を居候させる義理が無くなる。




 そんな好機をアキが逃すはずがなかった。   




「明日が楽しみだな~! 我が家に住む、害・虫・が!!! 遂に追い出す事が出来るんだから!」




「明日じゃなくて今日追い出せばいいだろ。俺がやってやろうか?」




「そうじゃない! 害虫というのはお前の事だ、冴羽天明!!」




「えー!? 俺、ここ追い出されるの!?」




「当然よ! 今日の依頼を終えれば、明日からしばらく仕事が無くなる。そうなれば、お前をここに置いておく意味も義理も無い!!」




「別に、天明さんがいたままでもいいと思うんだけど……」




「おい! 家主が反対してんぞ! 明日からも変わらず俺を保護してくれるって!」 




「お前に発言権など無い!! 大体、このクラブの設立者は私だ! お前が言う家主とは私の事だ! だから改めて言わせてもらおう! 明日、ここから出ていけ!!!」 




「それが一ヶ月を共に過ごした友達に言う事かぁー!」




「元よりお前は害虫だ!!!」




 流石の天明といえど、ハイテンションになっているアキには押し負けてしまった。天明は僅かな望みをかけてハルに目で訴えたが、ハルは天明とアキを見比べた後、天明に手を合わせて頭を下げた。




 そうして天明は、事実上最後の配達を任された。追い出されるのが確定している為か、制服が一着保管された箱だったが、内容量に反して重く感じてしまう。




「懇切丁寧に運べよ! お前にとって最後の仕事なんだから!」




 アキの嫌味たらしく送り出す言葉を背に浴びた天明は、振り返って一発殴ろうかと考えたが、一ヶ月一緒に過ごした情もあり、舌打ちで済ました。




 天明が配達しに行ってすぐ、アキは椅子に腰を下ろすと、上機嫌で手を頭の後ろに当てた。




「やっとアイツがいなくなる! これで明日から元の二人暮らし。私とハルだけ! あぁ、明日が待ち遠しいわ~!」




「……本当に追い出すの?」




「もちろんよ! あんな奴いなくたって、私達ならやってけるって!」   




「じゃあ、どうして今日追い出さないの? あの配達、時間指定が無いじゃない。それなら、私でも、アキでも良かったんだよ。なのに、どうして天明さんに任せたの?」




「そりゃ、配達はアイツの役目だし!」




「……本当に、追い出すの?」




「……追い出すに、決まってるでしょ」




 それ以上、ハルが追及する事は無かった。アキも何か言う訳でもなく、二人は互いに背を向けながら、静かに天明の帰りを待っていた。




 天明が最後に任された配達先は、見覚えのある馬場であった。箱を適当な場所に置くと、馬場で思うままに駆ける誠の騎乗姿を眺めていた。やがて誠が天明の存在に気付くと、天明のもとまで駆け寄った。




「天明! また君に逢うなんて!」




「馬の名前を聞く約束だったろ。ついでに、お前がクリーニングを頼んでた制服のお届けだ」




「君がやってくれたのかい?」




「まさか! 俺がアイロンする人間かよ」




「確かに。改めて自己紹介をさせてくれ。僕は御剣誠。そしてコイツの名はリンドヴルム。伝説の竜の名を借りたんだ」




「コイツは馬だろ?」




「そうだけど、ドラゴンってカッコいいじゃん!」




 小学生男児じみた誠の言葉に、天明は苦笑し、言った本人の誠も笑った。




 馬を馬房に戻すと、誠は天明が配達してきた箱を手に取ったが、すぐに同じ場所に置いた。




「少し、付き合ってくれないか?」




 戻っても追い出される事には変わりない天明は、誠の誘いを快く受けた。

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