第十六話 救いの主
綺麗な星空を見上げながら、天明は死にかけていた。処罰を下されてから三日、食わず飲まずが続き、飢えは限界にきていた。
「星ってどんな味すんだろうな……」
自分でも馬鹿げた事を言ってる自覚はあるが、それ程までに飢えているのは事実であった。
しかし、本当に不幸な事は天明が今いる場所である。天明は学園の外に広がる砂浜に出てしまっていた。そこに居続けると、例え処罰が取り下げられても、それを知る術も報せる人物もいない。花畑女学園の生徒は基本的に学園の外には出ないからだ。一時期、恵美が自身の欲を満たす為に掃除に来ていたが、それでは満たされないと決めつけてしまっている為、再びここへ足を運ぶ事も無い。
この学園、もっと言えばそれ以前の暴力騒動から、天明は不幸に見舞われていた。
「君、何してるの?」
声が聞こえた。何かに遮られているのか、くぐもった声だ。
振り向くと、天明の後ろには奇妙な仮面を被った人物が立っていた。鉄のような物で作られた仮面は、覗き穴以外作り物で溢れていた。
「……お前こそ、何者だよ」
「君のファンだよ」
「俺のファンって、お前みたいに気味悪いのか……」
「貢物を君に献上しに来たんだ。受け取ってくれるかい?」
そう言って、仮面の人物は手に持っていた袋を天明の足元に置いた。天明が袋の中を覗く、中には食料と水が入っていた。
「おぉ!? やった!! 俺のファン最高!!」
さっきまでの警戒心はどこへやら。天明は袋の中に入っている食料と水を取り出し、貪るように口にした。食料といってもブロック状に加工された食品で、水もただの水。量からして、一食分に満たすか微妙な量。それでも、今の天明にとってはありがたい物であった。
「あんまり食べ急ぐと喉が詰まるよ?」
「三日飲まず食わずだったんだ! 喉詰まらせない方が無理ってもんさ!」
嬉々として食べ進める天明。そんな天明を仮面の人物はペットの子犬のように眺めていた。
「それにしても災難だったね。転校してきてすぐに処罰を下されるなんて。カーネーションは長く存在し続けている組織だけど、それ故に厳しい一面もある。そんな組織に属したのは間違いだったね」
「俺は組織に入っちゃいねぇよ」
「じゃあ、どうして代表に従ってるの?」
「ここに漂流してきた時、色々と世話になった奴がいるんだよ。んで、そいつはもう根っからの組織人で、俺が処罰を無視すればそいつに迷惑が掛かるから大人しくしてるんだよ」
「ふ~ん。意外と優しいんだ」
「優しい奴が処罰なんか受けるかよ……おし! ごちそうさま!! おかげで助かったよ!!」
決して満腹とは言えないが、久しぶりの満たされた幸福感に、天明は寝転んだ。そんな天明をやはりペットの子犬のように眺める仮面の人物。
そしてようやく、天明は仮面の人物に興味を向けた。見下ろすその人物は、被っている仮面こそ不気味ではあるが、顔から下の体は普通の人間であり、服もこれといった特徴の無い地味な服装。だからこそ謎めいていた。
「お前、名前は?」
「君のファン」
「それはただの冗談だろ。それとも、君乃って名字で、ファンって名前なのか?」
「違うよ」
「じゃあ冗談じゃねぇか。俺さ、知らない奴に名前を憶えられてるのは嫌なんだよ。気持ち悪くて仕方ない。だから、教えろよ。お前の名前」
「ごめんね。例え君でも、名前を教える事は出来ない。この仮面の下の顔も見せられない」
「怖いのか。誰かに自分を知られるのが」
「そうだね。誰かに自分を知られるのは、怖くて堪らないね」
「じゃあなんで俺の前に現れた?」
「ずっと前から楽しみにしていた遊園地が、開園前に解体されたらガッカリするでしょ?」
「それはそれで面白いだろ? あんなに広々とした場所が解体されてくんだ。どんなアトラクションよりも刺激があると思うぜ」
天明の言葉に、仮面の人物は明らかに動揺した素振りをみせた。しかし天明は視界に映る仮面の人物よりも、尚も広大さを感じさせる星空に意識が集中していた。
すると、海の波の音が響き渡る砂浜に、笑い声が混じってきた。その笑い声の主は、仮面の人物であった。仮面のせいでどんな顔をしているのかは分からないが、その声色は純粋と悪意の中間にある無邪気であった
「なんで笑ってんだ?」
「いやなに、君に感銘を受けたんだ! そうかそうか。解体を楽しむ……確かに、それは楽しそうだ!」
「変な奴だな。まぁ、恩人には変わらないけどな! もしお前が誰かにイジメられたり、困った事があったら言ってくれよ。俺なんかが出来る事は限られてるけどよ」
「じゃあ、今ここで約束してくれないか?」
「約束?」
「誰にも従わないでくれ。自分勝手にこの花畑女学園で過ごしてほしい。そして、組織なんて下らないママゴトを解体してほしい」
「随分と壮大な約束だな……まぁ、いいか。約束するよ。俺は自分勝手に生きてやる。これでいいか?」
天明が星空から仮面の人物に意識を変えた頃、視界に映っていた仮面の人物が消えていた。体を起こして周囲を見渡しても、人の姿は何処にも見えなかった。今まで誰もいなかったかのように、海の波の音が響いていた。
「……幽霊?」
そう呟いたが、多少満たされた腹と喉の渇き、そして袋が天明の足元に残っている。
あの仮面の人物は一体誰なのか。何が目的だったのか。何も分からない。
けれども、天明は再び花畑女学園へと戻っていった。仮面の人物と交わした約束を果たすかのように。
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