第十話 タブー

 朝食を終えると、早速花畑女学園の案内が始まった。花畑女学園は学園の名があるが、校舎が本命ではなく、花畑女学園の一部に過ぎない。料理店や娯楽店、イベントの際に使われる会場など、様々な場所が島の広さに遺憾なく存在している。




 当然、それらを全て案内するとなれば、二十四時間しかない一日では到底案内しきれない。




 なので恵美は、これからの生活で必ず行く事になる校舎をメインとして、その道中で天明が気になった店に寄るようにした。




 しかし、恵美の想定外の事が早々に起こってしまう。それは天明の見た目に関する事。天明は身長の高さもさる事ながら、顔や立ち振る舞いが良くも悪くも女性らしくない。陽子が初めて天明の姿を目にした時、とても同性の人間とは思えなかったように。




 道を歩く天明の姿に、通り過ぎる女生徒はもちろんの事、店の中で開店準備をしている女性達まで、天明に釘付けになっていた。自分を見ている事に気が付いた天明は、試しに店の中にいる女性に手を振ると、黄色い歓声がガラス窓を突き破って聞こえてきた。




「凄い人気ですね、天明さん」




「人気っていうか、怖がられてるんじゃないか?」


 


「そんな事ありませんよ。天明さんは誠様に負けず劣らずのイケメンさんですから」




「怖がられてないならいいけどさ……」




「それにしても、やはりスカートは履いてくださらないんですね」




「上はちゃんと制服着てるだろ? スカートの代わりにジーンズ履くくらい許してくれよ」




「アベコベなはずなのに、不思議とおかしく思えませんね。ちょっと羨ましいです」




 恵美が属するカーネーションの制服はセーラー服に似た制服。そんな制服でスカートの代わりにジーンズを履いた姿は、ゲームでいう性能重視で選んだ装いであった。普通の人間ならアンバランスさで壊滅的なのだが、不思議と天明は様になっていた。




「それにしても、並んである店の従業員も制服着てるんだな。たまに違う感じのを着てる店もあるけど」




「花畑女学園は生徒及び卒業生だけが生活している場所ですから。お店の従業員も、卒業生の方が経営して、在学中の生徒がバイトをするようになっているんです」




「学園ってより、小さな国だな」




「ほぼ全員が六年間ここで暮らしますからね。卒業しても愛着のあるここで生活したいと思っている方が多いんです。ちなみに、さっき天明さんが指摘していた制服を着ている理由ですが、彼女達も組織に属して点数を稼いでるんですよ」




「働くようになっても組織絡みか。本当にアンタらは、組織を中心に物事を考えているんだな」




「いずれ天明さんもそうなりますよ」




 人々からの好奇な視線を浴びながら進んでいった二人は、遂に校舎へと辿り着いた。それは学校というよりも、教会に近い建物だった。縦に伸びた教会風の校舎の周りには、色とりどりのカーネーションの鉢植えが置いてある。




 校舎の中に入ると、広間には長椅子が並び、その奥には教壇と祭壇が前後に置かれていた。




「校舎ってより、教会だな」




「元々教会として使われるここを校舎として使ってますからね」




「ここで授業すんのか?」




「いえ、ここはカーネーションの集まりに使う場所です。授業はまた別の建物で行われます」




「めんどうだな」




「一ヶ所に纏めようにも、ローゼルの代表が別々にさせてしまいましたからね。本人は気紛れでしょうけど、我々一般生としては嫌がらせに過ぎません」




「怒ってる?」




「少々」






「いかなる場合であっても、一般生が代表に文句を言ってはなりません」




 最前列の席に座っていた一人の女生徒が独り言のように恵美へ忠告した。席から立ち上がったその女生徒の編んだ後ろ髪には、カーネーションの髪飾りが着けられていた。




「もっとも、ローゼルの代表には私も呆れていますがね」




 二人に振り返った女生徒は、恵美に似ていた。黒い長い髪と、厳格な印象を放つ顔立ち。それ以外は、恵美と同一人物かのように似ている。彼女こそカーネーションの代表である篠田千鶴。恵美の実の姉である。




 恵美は両手を腹に当てて千鶴に頭を下げた。花畑女学園に限らず、目上の者に頭を下げて挨拶するのは基本中の基本。




 そんな事など知らずに生きてきた天明は、頭を下げないどころか、ポケットに手を突っ込んだまま千鶴の後ろに張られたステンドグラスを眺めていた。




「天明さん……! お辞儀を……!」




「あ? なんで?」




「なんでって……!」




「そこの人、見ない顔ですね。転校生の方でしょうか」




「おう、よろしく!」 




 瞬間、空気が変わった。冷たく息苦しく、自然と額から冷や汗が出てくる。




「恵美。その方に、まだ教えていないのですか? ここでの礼儀作法という基本中の基本を」




「も、申し訳ございません!!」




「大体、その格好はなんですか? なぜスカートを履いていないの? 礼儀や言葉遣いも知らなければ、服の着方も知らないのですか?」




「俺、スカート嫌いなんだよ。それに上はちゃんと制服着てるし、これくらい許せよ」




 張り詰めた空気が更に悪化した。表情を変えずに静かに怒った千鶴は、ポケットから取り出した携帯電話を操作すると、再び長椅子に座り直した。




 二人は校舎から出ると、緊張の糸が切れた恵美はその場に座り込んでしまう。




「どした!? どっか具合悪いのか!?」




「……ごめんなさい、天明さん」




「何を謝る必要があるのさ。ほら、寮まで運んでやるから」




 天明は恵美を抱き上げると、寮へ戻った。




 その道中、来た時は感じていた視線が少し変わっている事に天明は気付いた。見ると、まだ九時だというのに店は閉められ、道を歩く生徒は天明の姿を見るや否や、怯えるように逃げていった。




 部屋に戻った天明は、恵美をベッドに下ろすと、戻ってくる途中で感じていた違和感を恵美に訊ねた。




「なんか変じゃなかったか? 行きは良くも悪くも興味津々って感じだったのに、戻りは化け物扱いされてる気分だった」




「……これが原因ですよ」




 恵美は自身の携帯電話にも送られてきた代表からの命令文を天明に見せた。それは短くも重い内容であった。




【冴羽天明に関わるな】

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