第三章 冬の午後の教室で
第八話 歪んだ秩序の中で
今思うと、あのクラスは他よりも荒れていて、そして、どこか歪んでいた。
教室の空気にはいつも、目に見えない境界線のようなものがあった。
笑い声が響くたび、その線が揺れ、誰が「内側」にいるのか、
誰が「外側」に追いやられているのかが、自然とわかってしまう――そんな場所だった。
男子には、一人、中心となる人がいた。
不思議なほど正義感が強く、声を荒げることなく場をまとめることができた。
彼がいるだけで、教室の中の空気が一段落ち着く。
理不尽さは感じられず、誰もがどこかで彼を頼りにしていたように思う。
教師がいない時間でも、彼の一言があれば、たいていのことは収まった。
そんな安心感のようなものが、男子の間には確かにあった。
けれど女子は、まるで反対だった。
小さな世界の中に、もう一つの小さな王国があり、そこでは恐怖が支配していた。
リーダー格のグループがあり、その中心にいたのがメイさんたちだった。
彼女たちは、時に笑い、時に刺すような言葉を交わしながら、互いをも傷つけ合っていた。
いじめる側といじめられる側が、季節のように巡り、順番に入れ替わっていく。
仲良く笑っていた翌週には、誰かが突然「敵」になる。
そんな不安定な均衡の上に、あの教室の女子たちは立っていた。
その頃、標的にされたのはリエさんだった。
でも、その前はイチさんで、さらに前はメイさん自身だった。
いじめが回っていく――そんな言葉が自然と浮かぶ。
誰かの不安や苛立ちが、誰かを傷つけることでしか収まらない。
そんな連鎖が、静かに、確実に、教室の隅で繰り返されていた。
グループの外にいた女子たちは皆、息を潜めていた。
目立たないことが一番の防御で、話す言葉一つにも慎重になった。
逆らえば、次は自分がやられる。
そんな空気が、机の間にも、廊下の匂いにも、染みついていたように思う。
チャイムが鳴っても、誰もすぐには立ち上がらない。
沈黙だけが、教室の中を支配していた。
正義感の強い田辺さんでさえ、ただ小さくため息をつき、メイさんたちに視線を投げるだけだった。
その視線には、怒りとも諦めともつかない色があった。
何かを変えたい気持ちはあったのかもしれない。
けれど、あの空気の中で声を上げることは、きっと誰にもできなかった。
そして、私もまた、その沈黙の一部だった。
黒板に反射する午後の日差しが、淡く机を照らしていた。
あの日々は、誰も声を上げないまま、何も変えられないまま、静かに時間だけが流れていった。
それでも、どこかで誰かが小さく傷つき、誰かが小さく安堵していた。
その繰り返しが続くうちに、私たちは知らないうちに「慣れて」しまっていたのかもしれない。
あの歪んだ秩序の中に、自分の居場所を作ることで精一杯だった。
今、思い返しても、あの頃の空気の重さははっきりと覚えている。
机の脚が床を擦る音、チョークが黒板にこすれる音、誰かが笑うふりをする声。
どれもが、不自然に静かな午後の光の中で響いていた。
そして私は、その音の隙間に、言葉にできなかった自分の息を隠していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます