校舎の靴音【第一部】

翠川

第一章 あの秋の昇降口で

第一話 秋の校舎


 たしか、季節は秋だったと思う。

 夕焼けの色がすぐに群青に変わる、放課後がやけに短く感じたあの季節。

 暗くなるのが早かったことを、今でも覚えている。


 その日の帰り際、昇降口で靴を履いていた私に、同じ登下校グループのメルさんが言った。


「ちょっと用事あるから、待ってて」


 メルさんは私より少し背が高くて、いつも笑っているけど、どこか人を見下すような目をしている人だった。

 彼女はクラスで一番目立つグループのリーダー格――

 メルさん、イチさん、リツさん、そして今はここにいないリエさんとの4人グループだった。


 私は、その輪の外側にいる“ただのクラスメイト”。

 登下校だけ一緒に行動しているという微妙な距離感だった。

 友達、というには少し薄く、でも他人ではない。

 ――そんな関係。


 「うん、分かった」と答えた私は、なんとなくメルさんのあとをついていった。

 ただの気まぐれだった。

 けれど今思えば、その“なんとなく”が、私の中でずっと抜けない棘になった。


 ――あのとき、昇降口で待っていればよかった。


 そう思っても、もう遅い。

 あの頃の私はまだ、世界の“残酷さ”を知らなかった。

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