私のモテモテな人生。

ちょむくま

私のモテモテな人生。

今思えば、あの春は、やけにまぶしかった。

毎日がドラマみたいで、私が主人公だと本気で思ってた。

でも、あの頃の私はまだ、何も知らなかったんだ。


高校二年生になった春、私――優里亜は、とにかく男子に好かれる子だった。

いや、正確に言うと、「なぜかモテる」子。理由は自分でもよくわからない。

ある日は放課後、教室のドアを開けた瞬間に、男子三人が同時に「優里亜ー!」と声を揃えて呼んだ。

もう、一歩も歩けない。まるで舞台の上の主人公みたいだった。


「また今日も、告白ラッシュか…⋯」

私は心の中でため息をつきながら、誰も見ていないフリをしてロッカーに向かう。

男子Aが小声で「今度こそ、勇気出して渡すんだ…⋯」とつぶやいているのを聞くと、笑いそうになる。

いや、笑えない。笑うと絶対バレる。私がふざけたら、彼らの勇気が全部水の泡だ。


でも、正直に言えば、ちょっと楽しかった。

自分が中心になって、周りが動く感覚は、悪い気はしなかった。

友達の美羽は、そんな私を横目で見て、すぐにツッコんだ。


「ねえ、優里亜。今日もモテすぎて学校が騒がしいよ?」

「そんなことないってば! ほら、男子がただの……」

言い訳しようとしたけど、すぐに言葉を飲み込む。

だって、笑顔で立っているだけで、男の子たちは勝手に舞台に上がってくるんだもの。


そして、私の唯一の心のオアシスは、幼なじみの陽翔だった。

彼はいつも通り、私の横にいて、何も言わずにただ見ている。

でも、その目には他の男子にはない冷静さがあって、時々ハッとさせられる。


「また騒がしくなってるね」

陽翔は小さく笑いながら言った。

私はふざけて「もう、モテるのも大変なのよ!」と返す。

でも、その瞬間、心のどこかがちくっと痛んだ気がした。


あの日、まだ知らなかった。

モテモテな人生の本当の意味を。

それは、笑いと騒がしさだけじゃなくて、少しの戸惑いと、自分を見つめる時間も含まれているってことを。


放課後、廊下の隅で、また男子が順番に勇気を振り絞って話しかけてきた。

「優里亜、今度一緒に帰ろう!」

「週末、映画行かない?」

「その…⋯手作りのお菓子、食べてくれませんか…⋯?」


私は全部、にっこり笑って断る。

「ありがとう。でも、今日はちょっと忙しいの」

毎回、同じセリフ。だけど、毎回ちょっと胸が痛む。

笑顔を絶やさないのは得意だけど、正直、疲れてきたのかもしれない。


そのとき、陽翔がポケットから小さなメモを取り出して私に手渡した。

「これ、読んで」

見ると、彼がさりげなく書いた一言――。


『君が無理して笑わなくてもいいんだよ』


なんて単純な言葉なのに、心の奥にじんわり響いた。

そうか、私、少し無理してたんだ。

モテることは面白いし、ちょっと誇らしい。

でも、誰かの期待に応えるためだけの笑顔は、私の本当の笑顔じゃなかった。


その瞬間、私は気づいた。

モテモテな人生って、ただ注目されることじゃない。

私にとっての本当の幸せは――。

誰かに言われたことじゃなくて、自分が心から笑えることなんだ。


廊下の騒がしさの中で、私は小さく息を吐いた。

ああ、今日もモテて疲れたけど――。

でも、少しだけ、自分のことがわかってきた気がする。


そして、あの春の光の中で、私の新しいモテモテな人生は、静かに始まったんだ。


あの頃の私の毎日は、まるで映画のセットのように華やかだった。

誰もが振り返る、ちょっと目立つ存在。

でも、華やかさの裏には、小さなトゲがいっぱい隠れていた。


放課後の教室で、男子が順番に告白してくるのは日常茶飯事だった。

「優里亜、今度の日曜、遊ぼうよ」

「映画、一緒に行かない?」

「えっと…手作りのお菓子、食べてくれませんか…?」


にこやかに断る私。

「ありがとう。でもちょっと忙しいの」

このセリフを言うたび、胸の奥がきゅっとなる。

理由は簡単。誰も私の本心なんて知らないから。

「本当に忙しい」って言ったら、きっと驚くだろうけど、彼らに傷ついてほしくなくて、いつも笑ってごまかすしかなかった。


ある日、昼休み。

美羽と二人、教室の片隅に座ってお弁当を広げた。

美羽は楽しそうにおしゃべりしているけど、私はぼんやりと窓の外を眺めていた。


「ねえ、優里亜、また今日も誰かに告白されてる?」

「うん、まあ…⋯」

「うわ、相変わらずね。あんた、モテすぎて自分が疲れない?」


美羽の言葉に、思わず小さく笑う。

笑いながらも、心の中では少し痛みを感じていた。

そう、モテるって、楽しいだけじゃない。

笑顔で断るたびに、相手の期待を裏切ってしまう罪悪感が、知らない間に積もっていく。


放課後、廊下でまた男子の列に出くわした。

「優里亜、放課後、ちょっと話そうよ!」

「来週、遊園地に行かない?」

「ねえ、手紙書いたんだけど…⋯読んでくれませんか?」


全部、笑顔で断る私。

その場は平気でも、教室を出ると一気に疲れが押し寄せる。

胸の奥で「私、誰かのために笑ってるだけなのかな…」って小さくつぶやく。

それでも誰にも言えない。

弱さを見せたら、モテる特権を失いそうで怖かった。


そんなある日、陽翔がふと呟いた。


「優里亜さ、無理して笑わなくてもいいんだよ」


その言葉は、心に小さな光を灯した。

でも同時に、少し恥ずかしかった。

だって、私はいつも「元気で明るい優里亜」として振る舞ってきたのに、陽翔にだけ弱さを見せるなんて――。


その夜、ベッドに横になりながら、私は自分の顔を鏡で見つめた。

笑っているけど、目が少し疲れている。

「これが、本当の私の顔なのかな…⋯?」

鏡の中の自分に問いかけても、答えは返ってこない。

ただ、モテている自分と、本当の自分が少しずれている感覚だけが残った。


数日後、放課後の図書室で陽翔と二人で勉強していたときのこと。

陽翔は机に肘をつき、私をじっと見つめていた。


「ねえ、優里亜。本当に、モテてるだけの自分でいいの?」


その言葉に、私は一瞬言葉を失った。

モテるのは確かに楽しい。

でも、楽しいだけで心が満たされているわけじゃない。

私は誰かの期待に応えるだけで、自分の本当の気持ちを押し込めていたんだ。


その瞬間、胸の奥で小さな炎が燃えた。

「私、ちゃんと自分を見つけたい」

「誰かに好かれるだけじゃなく、私自身が好きになれる自分でいたい」


その日の帰り道、私は空を見上げた。

夕陽が教室の窓から差し込み、廊下をオレンジ色に染める。

まるで、私の心の中に新しい光が差し込んできたみたいだった。


その夜、布団に潜りながら、私は小さく呟いた。


「私、少しずつでも、変わりたい」


そうして、優しさの代償としての疲れと戸惑いは、

いつの間にか、私を成長させる力に変わり始めていた。



あの年の文化祭は、いつも以上に騒がしかった。

教室には色とりどりの飾りがつけられ、どこからともなく笑い声が溢れる。

私は廊下を歩きながら、ふと自分の胸の内を覗いた。

モテている自分は、やっぱり目立つ。男子は私に話しかけ、友達は期待の目で見ている。

でも、私の心は少しだけ違和感を感じていた。


「ねえ、優里亜、今日の衣装、似合ってるよ」

美羽の言葉に、私は小さく笑う。

でもその笑顔の裏で、私は自分に問いかける。


本当に私が楽しんでるの? それとも、期待に応えてるだけ?


放課後の準備中、クラスメイトが次々に私のところへやってきた。

「優里亜、ポスター貼るの手伝って!」

「一緒に受付やろうよ!」

「写真撮ろう!」


全部、笑顔で応じた。

でも、心のどこかで少し疲れを感じる。

私の笑顔は、確かに楽しい瞬間もある。

でも、それ以上に、誰かのために作られた笑顔が増えていることにも気づいていた。


そんな中、陽翔がそっと隣に立った。

彼は何も言わず、ただ私を見守る。

その静かな存在感に、私はほっとする。

陽翔と一緒にいると、気負わなくてもいい。

無理に笑わなくてもいい。

そんな空気に包まれて、私は初めて心から安らぐことができた。


「ねえ、優里亜」

陽翔の声に振り向くと、彼は少し照れくさそうに言った。


「さっき、君が笑ってるの見てて思ったんだ。君が楽しんで笑ってるのか、無理して笑ってるのか、違いが分かるって」


私は一瞬言葉を失った。

その言葉が胸に刺さった。

私は今まで、誰かの期待に応えることばかり考えて、

本当に自分が楽しむことを忘れていたのかもしれない。


文化祭当日、クラスの出し物は大成功だった。

観客からの拍手も、男子たちの期待も、確かに嬉しい。

でも、心の奥で私は思った。


それだけじゃ、私は満たされない


その夜、家に帰ってベッドに倒れ込み、天井を見つめながら考えた。

自分の心の声を、ちゃんと聞くべきだって。

誰かに好かれることや、注目されることは楽しい。

でも、本当に大切なのは、私自身が好きになれる自分でいること。


次の日、陽翔と放課後に屋上で話した。

風が心地よくて、空の青さがいつもより鮮やかに見えた。


「私、ちょっと気づいたんだ」

私は小さな声で言った。

「モテることは楽しいけど、それだけじゃ、私の人生じゃない」


陽翔は静かに頷く。

そして、彼の目が少し笑った。


「そうだね。君が自分の気持ちに正直になること。それが一番大事だと思う」


その言葉に、私は小さく微笑んだ。

胸の奥に、ぽっと温かいものが広がる。

ようやく、少しずつ、自分が何を大切にしたいのかが見えてきた気がした。


あの文化祭の夜、私は気づいた。

本当に好きなことは、誰かに褒められることや、好かれることじゃない。

自分の心をちゃんと見つめて、選ぶこと。

楽しむこと。笑うこと。

そして、自分自身を認めること。


その日から、私のモテモテな日々は変わり始めた。

注目されることに少し疲れながらも、少しずつ、自分の気持ちを大切にする練習をしていく。


私の本当のモテモテな人生は、まだ始まったばかりだったけど――。



あの春から、季節は幾度も巡った。

私の毎日は、相変わらず騒がしくて、時に疲れる日もあった。

でも、もう以前のように誰かの期待に応えるだけの笑顔ではなくなった。


私は少しずつ、自分の気持ちを優先することを覚えた。

モテることは、まだ楽しい。

でも、それ以上に、自分が笑える瞬間を大切にするようになった。


文化祭の夜のことを思い出す。

あの時、陽翔が屋上で言ってくれた言葉――。


「君が自分の気持ちに正直になること。それが一番大事だと思う」


その言葉が、私の心の中で小さな灯となって、ずっと消えずにいた。


ある日の放課後、教室で男子たちがまた順番に声をかけてきた。

でも、私は以前のようにただ笑顔で断るだけではなかった。


「ありがとう、でも今日は本当に、自分のやりたいことをやるんだ」


その瞬間、私の胸は不思議と軽くなった。

断ることも選ぶことも、誰かを傷つけるものではなく、自分を大切にする行為だとわかったから。


帰り道、陽翔と一緒に歩きながら、私は小さく笑った。

「陽翔、私、少し変われた気がする」

「うん、わかるよ」

彼の笑顔は、相変わらず静かであたたかくて、私の心をそっと抱きしめてくれた。


その日の夜、ベッドで天井を見上げながら、私は回想した。

最初に男子たちに注目されて、少し優越感に浸ったあの日。

無理に笑って、期待に応えたあの日々。

そして、陽翔の一言で気づいた自分の気持ち。


涙が頬を伝うのを感じた。

悲しいからではない。嬉しいからでもない。

ただ、自分を認められた喜びが、じんわりと胸に広がったのだ。


「私、本当にモテモテな人生を送ってるんだ」

誰かに告白されることでも、注目されることでもなく、

自分の気持ちに正直で、自分を大切にできる今の自分。

それこそが、私にとってのモテモテな人生だった。


ふと窓の外を見ると、夜空に星が瞬いていた。

光は小さくても、確かに輝いている。

私も、そんな星のひとつになれた気がした。


そして、私は小さくつぶやいた。


「これからも、私らしく生きていこう」


その瞬間、胸の奥で何かが弾けた。

悲しみも迷いも、すべて成長の糧になったことを、心から実感した。


あの春から続いたモテモテな日々は、ただの華やかな笑いでは終わらなかった。

笑って、悩んで、迷って、泣いて、そしてまた笑う。

そんなすべてを含めて、私の人生は、確かにモテモテで――。

私だけの、大切な物語だった。


夜空の星を見上げながら、私は思った。

誰かの期待に応えることだけじゃなく、

自分自身を信じて、自分の道を歩むこと。

それが、私にとっての本当のモテモテな人生なんだ、と。


そして、私は笑った。

涙と笑顔が入り混じった、心からの笑顔。

その笑顔は、もう誰のものでもない、私自身のものだった。

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