第3話


日ごろ訓練に励む見習いも、エリート騎士ですら、目の前の状況に頭が回らず、咄嗟の判断ができない。


「うわっ!」


叫び声があちこちから飛び、食器が割れる音が重なり騒音はさらに食堂を支配する。

何人かの騎士が腕や肩を切りつけられ、血が跳ねる。

訓練後の食事中だったため武装は緩く、騎士たちは手あたり次第、皿やフォークを投げつけた。

だが狙いが外れていて、手ごたえがない。

そして、敵の数の方が優勢だ。


山賊風の男たちは嘲笑するように笑う。


『見ろ!慌ててやがる』


男たちが発した言葉に、エリカはすぐ反応した。


騎士たちも調理場の女たちも、誰一人彼らの言葉を理解できる様子ではなかったが、エリカには理解できた。


『とにかくトリスタンを狙え!あいつの首さえとれば作戦は成功だ!』

『あいよっ!』

『残りの奴はその後だ。調理場の裏口にも仲間を回した。こいつらに逃げ場はない!』

『ひゃっはは。袋叩きだぜ!』


エリカはアーチ形窓から身を乗り出し、食堂に向かって腹から声を出した。


「彼らの狙いは副長です!首をとれば作戦成功だと言ってます!」


トリスタンが一番信頼を置く部下、サイモン・アイデルクが険しい顔をして振り向いた。


「なぜわかる!」

「とにかく調理場へ!」


説明している場合ではなかった。

今度は調理場の女に声をかける。


「姉さんたち!裏口の扉と全ての窓を封鎖してください!絶対に侵入を許してはいけません!」


普段は大きな声などあまり出さないエリカの指示に、一瞬唖然とする女たちだったが、ミモレに「ボサッとすんじゃないよ!動くんだ!」と一喝されると慌てて動き出した。


いつも夜になると泥棒侵入防止のためにつけている木版を窓に嵌め、つっかえ棒をかけて固定する。

裏口の扉には内側から鍵をかけ、その手前にテーブルや椅子、石臼などを押し付けて、開けられないよう重さを加えた。


エリカとミモレは調理場と食堂を繋ぐドアを開け放ち、見習い騎士たちを「こっちに来て!」と必死に手招きした。


サイモンは脇に腕を通してトリスタンを抱え、その周囲を他の騎士たちが守り調理場へ移動するが、狙いはトリスタンと言っていた通り、山賊たちが次々と襲い掛かってくる。


トリスタンの前で大皿を盾にして防御するエリート騎士たちは、三方向から狙い撃ちにされていた。流石、副長直属の部下というべきか、果物ナイフで山賊がふるう剣を見事受け止めて横に流しているが、敵の数に圧され、片足を踏み外す者や、肩を切りつけられる者もいる。


(あのままじゃ危ないわ!)


エリカは思わず平鍋を持って調理場を飛び出した。


「エリカ!なにやってんだい!戻りな!」


ミモレの必死の呼びかけを無視して突っ走り、無我夢中で鉛の平鍋を振り回す。

技術も腕力も足りないが、一心不乱に鍋を振り落とせば、騎士を切りつけようとしていた剣をその太い腕ごとぶん殴ることができた。


『この女っ!死にたいなら殺してやる!』

『こんなことして、どういうつもりなんですか!』


刃を向けてきた山賊は同じ言葉を発したエリカに虚を突かれた。

周囲にいた他の山賊たちも思わず反応すると、その一瞬の間に、ミモレの怒号が響き渡る。


「かかれーっ!」


エリカの勇ましい姿に触発された女たちが、ミモレの合図で調理器具を持ち、興奮した牛の群れようにドドドーッと調理場から飛び出してきた。


「ちょっと!おばちゃん達!隠れててくださいよ!」


見習い騎士たちは叫ぶ。

だが、誰一人立ち止まろうとしない。

ミモレは言い放った。


「ふんっ、アイハスの女は肝の据わり方が並みじゃないのよ!舐めてもらっちゃ困るね」


アイハスの女というか、この食堂係の女限定だろう。


毎日三回料理するだけの日々に、男の裸体以外でも刺激が欲しい女たちは、新入りが入る度に『通過儀礼』と称して、壮絶ないびりをしてきた。

それに対し調理器具という名の武器で応戦した喧嘩のできる女だけが、この食堂で生き残ってきたのだ。


エリカの場合は例外で、小さいころから迫害続きで忍耐力があったせいで、いじめる側も飽きてしまい、しかもなんか健気で可愛いしで、喧嘩もせずに通過儀礼を終わらせている。

だが、迷わず調理場から飛び出した辺り、肝は確かに並み以上に据わっている。


「戻れ!」


騎士たちは戦いながらも何度も言うが「あたいらの推しがピンチなのに隠れてられっか」と女たちは聞く耳を持たない。


時には赤唐辛子粉や胡椒を振り撒いて山賊の目を潰し、太い麺棒や酒瓶を振り回し、鍋の蓋をブーメランのようにして戦う。

女たちの戦闘能力は高く、訓練でも受けているかのように手際のいい動きだった。

山賊もここの女たちが戦力になるとは思っておらず、想定外の出来事に戸惑っている。


『え…アイリスの女、怖くね…?』

『男の三歩後ろを歩くような女って話じゃねーのか?追い越してるぞ…?』

『妖怪じゃねーのか…?』


折角塗り込んだ口紅は汗と皮脂で溶け、口周りを赤く汚していたため、山賊には生血を啜った化け物が暴れているようにも見えていた。


山賊が怯むその隙に、騎士たちはトリスタンを運び、なんとか調理場に入ることができた。

女たちは山賊たちが侵入しないように熱い湯を撒きながら、見習い騎士全員が調理場に退避するまで扉を守り抜いた。


閉めた扉にはテーブルや樽を押し付け、突破を防ぐ。

だが、扉の向こう側からは体当たりが連発される。

作りは頑丈とはいえ、そう長くは持たない。誰の目にも明らかだった。





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