お話
他の客の注文を取ったり、清算対応をしていると、すぐに店内が落ち着いてきた。そろそろ二人でも回るだろう。
給仕服から制服に着替えて、厨房に挨拶する。
二人とも笑顔で見つめてきたので、できる限りのしかめっ面で対応しておいた。
「お待たせしました。御用を伺います」
テーブルへ向かうと、琴音は数学の問題を解いていた。
こちらに気づくと
「ちょっと待ってね」
といいながら問題を解き進める。
数秒すると一段落ついたようで、姿勢を正してこちらに顔を向けてきた。
「もうバイト終わったなら普通の喋り方でいいんじゃないの?」
「この店にいる限り敬語は抜けません。癖付いてしまっているので」
「なるほどねー。じゃあいいか」
彼女はあっさりとその話題を終わらせる。対して気にもしていなかったのだろう。
「まずは改めて、自己紹介。君と同じ立岡高校一年八組の
「若峰怜です。よろしくお願いします」
学校での彼女を多少は知っているだけあって、この話し方や態度はどうしても違和感を拭えない。
普段の琴音は、よくあるライトノベルのヒロインのような、すべての人に丁寧な言葉遣い。所作も表情も控えめで、どこかの令嬢のような仕草を振りまいており、裏では財閥の娘なのではなどと噂されている。
今の琴音は、そんな姿とはほど遠い。普通の人というか、肩の力が抜けている自然体で、今まで感じたことがない雰囲気なのだ。
「じゃあ、何の話からしようかなあ。聞きたいこととかある?」
「どうしてまたここに来られたんですか」
「え?若峰君と話したかったから」
「……そうですか」
ここに来たのは口止めやそのための脅しのためと考えていた。単純かつ明快な理由に拍子抜けしてしまい、と同時に意表を突かれた。
「いやー、ね。たぶん若峰君はいつもと違いすぎる私にびっくりしたと思うから、説明がてらやってきました。別に君は興味ないかなあと思いつつ、だけどね」
「なるほど。わざわざありがとうございます」
「いえいえ。でもさ、正直どうだった?学校のときの私もあの時の私も知ってる人が今までいなかったからさ。ちょっと気になるんだよね」
「私は学校の貴女をあまり見ていないのでわかりませんが、ほかの生徒が見るとかなり驚くでしょうね」
クラスでは本を広げているか寝ているかしかしていない怜でもあそこまで戸惑ったのである。琴音の近くにいる人はさぞかし驚くことだろう。
「だよね。私は毎日頑張ってますから」
「……」
どう反応すればよいのだろうか。少なくともここ一か月新たな人間関係を構築していない怜には難しいことだった。
「……まあ、話を戻して。」
無表情を貫いていたら琴音が気まずそうに空気を変えた。
「私はいろいろあって学校ではあんな八方美人みたいな態度でいるけど、ほんとはこんな感じの残念な性格なんだよねえ。そのいろいろっていうのもも辞め時が見つからなくなっただけっていうかなりしょーもない理由だしさあ」
本当の実力を隠す主人公ムーブではなく、一方通行の選択を間違えた哀れな少女だったようだ。
「そうなんですか。僕は遠くから見ているだけではあるものの、学校での態度も様になっているように思いますが」
「そうなんだよね。下手に設定をガチガチにしちゃったから、今更戻ろうとすると怖くて怖くて……。みんなもお嬢様モードの私と仲良くしてくれるわけだし」
「その気持ちは分からないこともないですが……」
慣れた関係を変えようとするのは意外に怖いことだ。今まで通り関われるのか、距離をおかれないか、不安になるのも当然だろう。
それはそれとして、ずいぶんと取り繕っているものだ。それで歪みが出ていないならば大したものである。
「まあ、別にいいんじゃないですか。誰しも人によって態度は変えるものですし」
本人が作っているものを、周りが真実と思っている。だとしたら、それはもはや真実に相違ない。
琴音をちらりと一瞥すると、驚いた顔をしていた。
「なんか珍しいかも。そういうこと言われるの。誰に言ってもキャラ作りすぎーって笑われるだけだったから」
「そうですか」
どうやら琴音には信頼できる人物もいるらしい。常に周りに気を遣う生活の中で、そういう人間がいるのは救いだろう。
「というかさ、この店凄くいいね。落ち着いてるけど堅苦しくない、っていうか」
「ありがとうございます。オーナーも喜ぶでしょう」
「また来てもいい?」
「お客様は歓迎いたしますよ」
その後は他愛もない話を数分し、琴音は店を出た。
……ちなみに、そこからシフトが終わるまで、怜は和美と一彗にずっと詰められていたそうな。
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