オタクに優しいギャルと目の保養に良いオタク

ふつれ

とある一日

 残暑の熱からは逃げるのが一番である。静かな店内に流れるBGMに身を委ねながら休憩をしていると、入り口のドアについていたヴィンテージのドアチャイムが音を立てた。


 入ってきたのは二人の女性。一人は季節外れの重ね着にやや派手な色のハンドバックを手に提げている40代ほどの婦人で、もう一人は――と意識を向けた瞬間に体が固まった。



 同級生である。しかも、学校内で美少女だなんだと持て囃されている女性だった。

 ただ、いつも遠目で見つめているときとは雰囲気が違う。


「いらっしゃいませ、二名様でしょうか」


 驚いたものの、ほかに接客に入れる従業員は狭い店内にはいない。ここは常に人手不足なのだ。

 流石にここで慌てふためくのはよろしくないので、意識を婦人に向けることで平静を保つ。


「ええ、テーブル席でいいかしら」

「かしこまりました」


 婦人の声は、想像よりも低かった。というよりは、喉が枯れてしわがれた声というか。


「では、ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」


 気持ち早歩きになりながら、厨房に逃げていく。




「若峰くんどうしたんですか?いつもより対応が硬かったけれど……」


 客席からは完全に遮られた空間に逃げ込むと、この店のオーナーの一人である小柳こやなぎ和美かずみが話しかけてきた。


「いえ、ちょっと……、知っている人がいたもので」

「あら、そうなんですか?あのお若い方かしら」

「そうですね。まあ、話すほどの仲ではないんですけど」


 学級どころか学校中の生徒に注目を集められているため、彼女の周りには常に誰かしらいる。どこぞのライトノベルから引っ張ってきたような人気なのだ。

 一介の根暗が話しかけようものなら、本人はともかく回りが黙ってはいない。

 ――交流を持とうと思ったことはないが。




 席に備え付けられている呼び出しベルの音が聞こえてきた。

 できる限り平静を装いながら、机に近づく。

 ベルの音は机によって微妙に違っていて、カウンター客が鳴らした音ではないことが分かっている。間違いなく先ほどの二人だろう。


「お呼びでしょうか」

「えっと、注文で、ホットのカフェオレ一つ。琴音は?」


 やはり彼女で間違いなかったようだ。勘違いかもしれないという希望がどこかに逃げていった。


「私はメロンソーダお願いします」

「琴音もまだまだ子供ね」

「うるさいなあ、お母さ――ママも甘いもの好きでしょ」


 彼女はこんな人物だったか?――疑問が頭をもたげるが、今すべきことは一つである。


「ご注文は以上でよろしいでしょうか」

「はい」

「では失礼します」


 厨房に戻っていく最中にも、後ろからは子供らしい口調の琴音の声が聞こえてくる。

 和美に注文を伝えた後、自分も少し溜まってきた洗い物をし始める。



 しばらくすると、和美から「注文品をお客様に出してきて」といわれたので、二人分の飲み物と茶菓子を出しに行った。

 一瞬琴音と目が合ったような気がしないでもなかったが、きっと自分が生み出した幻か何かだろう。そうであれと願うばかりである。



 そうしてまた洗い物を再開し、終えると壁沿いの椅子に座って休憩していた。

 しばらくすると作業を終えた和美がやってきて、話しかけてきた。


「この時間はお客さんが少ないから穏やかですねえ」

「顔なじみの方しか来られませんしね」


 この店で最も忙しい時間は、休日の午後である。

 普段は平日は朝や晩に会社員らしき人が来て、残りの時間は暇を持て余した老夫婦が来られるくらいなのだ。

 御贔屓にしていただいているお客様は落ち着いた方々ばかりで、この時間帯は緩やかな時間が店内に流れている。


「そろそろテーブル席のお皿とお水見てきてくれますか?」

「あー、……はい」


 あまり気が進まず、先延ばしにしていたことを直接伝えられたため、観念して客席を見に行った。

 テーブル席には婦人はおらず、琴音だけがどこか悲しそうに外を見ていた。


「空いているお皿回収してもよろしいですか」

「お願いします。……次のシフトいつ?若峰わかみねれい君」


 交友関係が広いのだから自分のことなど記憶にもないと思っていたのだが、関わりのないクラスメイトの名前を憶えているなど器用なものである。


「お水も注ぎましょうか?……水曜日ですけど」

「お願いします。……また来るからね」


 その会話以降は特に顔を合わせることもなく、会計も近くにいた和美がやってくれた。




「美人さんじゃないですか。どうしてそんなに避けるんです?」


 二人が帰った後、和美が聞いてきた。

 別に顔を合わせたくないほど嫌いというわけではない。ただバイト中の姿を知り合いに見られたくなかったのと、有名人と関わると面倒だからというだけである。


「まあ、バイトしていること高校であまり言ってないので、それだけです」

「そうなんですね。学校でうちのビラ配りでもしてくれてるのかと思ってたのに」

「違いますよ。ていうかここビラないでしょう」


 そう言い返すと、和美は小さく笑って離れていった。



 ちなみに――水曜日は定休日である。

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