【完全版】生き返る男―UNKNOW INCIDENT Q―

浅茅生しのぶ

生き返る男

 カランコロン。

「いらっしゃい」喫茶店の中に鳴るベルの音。その音に、半ば反射のように声を返した友杉未久はドアの方を振り返った。


「なんだ、優斗君か。今日も大学サボり?」


「違うよ。っていうか、いつも違うって言ってるじゃん」そう軽く返しながら、山岡優斗はいつもの席に座った。


 優斗君がいつも座る席は、カウンター席で、マスターである私のおじいちゃんと一番話しやすい席だ。その席に陣取っては、おじいちゃんの不可思議な事件の話を少年のような目で聞いている。


 おじいちゃんは、夫婦でこの店を初めて50年経つ。今もまだまだ夫婦で現役。常連さんも新規さんも滞らない。でも、昔はもっと人気だったらしい。それは喫茶店とは別の評判があったからで、それは怪奇現象専門の探偵というものだったそうだ。という話を、昔に事件を解決してもらったという古くからの常連さんに聞いた。


「そうだ、未久。ひとつやってもらいたい仕事があるんだ」


「何?おじいちゃん」


「十数年ぶりに依頼が来てね。昔は私が解決していたけど、もう歳だからね。それに、この仕事をこなせるように未久にはなってもらわないと、この店は任せられないからね」


「それって、怪奇事件?」


「怪奇事件!」隣にいた優斗君が立ち上がった。


「そうだ。優斗君にも未久の手伝いをしてもらおう」おじいちゃんは勝手に話を進める。


――


 皆さんは親しい人が亡くなる時、悔いのない別れというものが出来ますか。

 遺される人は、その別れがどうであっても生きていかなければなりません。

 では、旅立つ人はどうするのでしょう。

 今回はそんなお話です。


――


 未久は手渡されたメモを元に、依頼者の家に向かっていた。結局、3人で調査をしなければならないらしい。私と優斗君、そして古賀航平さんにも手伝ったもらうことになった。航平さんも常連で、おじいちゃんが最初に手伝いを頼んだそうだ。


「古賀さん。執筆は良いんですか?」


「書いているだけじゃ、ネタがなくなるしね。何より楽しそうじゃないか」十分大人と言える年齢に似合わない、悪戯っ子のような笑顔をする。

 2人の助手を引き連れているような感覚だ。


「この部屋じゃない」せかせかと急ぐ優斗君がアパートの一室を指差した。

私もメモを見返して確認してから、インターフォンを押す。


「喫茶Qの出張探偵です」




 通してもらったアパートの一室は、なんだか寂しさを感じさせた。微かな線香の匂いが漂う部屋で、お茶を頂きながら、私たちは彼女の話を聞くことになった。


「わざわざありがとうございます」


「いえいえ」未久は手をせわしく振った。


「で、ご依頼頂いたのは、どういった件なのでしょう」航平さんが、静かに問いかけた。


 依頼者の彼女は、六十歳後半ぐらいかなという見た目。顔の張りがないわけではないが、佇まいというか、物腰柔らかそうな見た目から、そういう印象を受けたのかもしれない。


航平さんの問いかけで向き直った彼女は、真剣な眼差しで話し始めた。


「先日、夫が亡くなって。交通事故だったんですよ」


「それは、ご愁傷様です」


「いや、そんなことは大丈夫なのよ。一か月も前のことだし、葬式も終わっていることだから。突然だったから、最後に言葉を交わせなかったのは残念だったけど」


 彼女の顔には、多少の悲しさがあるようにも感じ取れるが、意外とケロッとしているようにも感じる。そう努めているからなのかもしれないが、私たちにそうは感じさせない。


 最初に感じた部屋の雰囲気にも合点がいった。この部屋は、ひとりで住むには少し広い。そう思ったのと同時に沸いた疑問がひとつ。


「お子さんはいらっしゃらないのですか?」


「息子が一人いるけどね。向こうはもう、家族がいるし」


 ポツリと答えてくれた。どちらかと言うと、今の表情の方が寂しそうだ。


「依頼の話は?」


優斗君は我慢弱い。早く本題に入れと言わんばかりに声を上げた。私も脱線話を拡げようとしていたので、その声にハッとする。


「そうでした。わざわざ来ていただいたのに、世間話だけで帰ってもらうわけにはいかないものね」


少し笑顔を見せた後に、言葉を続ける。


「夫の交通事故の後に、夫に会ったと言う人が何人かいるのよ。近所の人たちに、夫が亡くなったことを報告しに行ったら、会ったって言われたの。そんな冗談を言うような人たちじゃないし、何かあると思うの。その原因をあなたたちに調べてほしいの」


 死んだはずの人間が目撃された。この怪奇現象を解明するのが、私たちの初仕事だ。




 未久は小さくため息をついた。


「どうしたの? 未久ちゃん」横を歩く航平さんに、ため息を聞かれてしまった。


「なんかモヤモヤする依頼だなって。悪戯じゃなかったとしても、奥さんには気の毒な話になりそうだし」


「その依頼者のモヤモヤを晴らしてあげるのが僕らの仕事じゃん」


 引っ張るように、先頭を歩いていた優斗君が振り向いて、割り込む。


 確かにそうだ。お別れを済ませた彼女の気持ちを守ってあげるためにも、この現象を解明してあげないと。そう思うと、心が仕事に向き直った気がする。


 そのためには、まず目撃者の証言だ。それを得るために、依頼者がいつも通っていると言う商店街を歩いている。


「あの肉屋さんだよ」せかせかと前を歩く優斗君が、ひとつの店を指差した。


 商店街の中にある店。年季の入ったショーケースに、様々な種類の肉が並べられていた。コロッケやメンチカツと書かれた商品札もあり、お腹が鳴るような匂いが充満している。


 如何にも、お節介そうなおばあちゃんが接客をしていたので、そのおばあちゃんに依頼者のことを話すと、納得したかのような顔をして、興奮するように話し始めた。


「坂井さん夫婦のとこね。いつも二人で買い物してたよ。うちの肉も、よく買ってくれたしねぇ」


「最近、旦那さんの方に会ったというのは本当なんですか?」


「そうよ。二週間前ぐらいかな。珍しく一人でいらっしゃったから、『おつかいですか?』って聞いたのを覚えてるわ。そしたら何も言わずに行っちゃって」


「それって、本当に坂井さんの旦那さんでした?」


「後から奥さんから亡くなったって聞いた時はビックリしたわ。その時も、あの人は誰だったんだろうと考えてみたけど、旦那さんで間違いなかったわ」


 この肉屋の方と同じ証言をする人ばかりだった。商店街の八百屋、魚屋、果物屋。亡くなっているはずのタイミングで、依頼者の旦那さんが訪れたという店で接客をした人たちの証言は、皆似たようなものだった。


 聞き込みに夢中だったが、意外と時間が経っており、もう陽が沈みそうだ。


「幽霊なのかな」優斗君が、コロッケをかじりながら呟く。


「そうなら、早く成仏させてあげないと。生まれ変われなくなるな」航平さんが、メンチカツ片手に返答する。


 もし、そうなら。この世の未練って何だろう。そんな疑問を浮かべながら、私はハムカツにかぶりつく。




 未久は、おじいちゃんに聞き込みの結果を報告した。


「正体は何かな?」


「それを見つけることを、未久に頼んだんだよ」


 そう返されると、私には返す言葉がない。口を噤んで、思考を巡らす。


 亡くなったはずの人間が、数人に目撃された。その正体に関して言えば、いくつか可能性がある。


 幽霊。なりすましの諜報員。ドッペルゲンガー。ただの似ている人。今思いつかないだけで、他にもあるかもしれない。


 依頼者の気持ちに、一番寄り添える結果は、旦那さんが幽霊になっていたという結果かもしれない。


 亡くなった旦那さんは、事故死だったと言っていた。お別れが出来なかったと言っていた。それで、最後のお別れを告げたくて、現世に残っている。


 このあらすじが、一番彼女を傷つけないストーリーだと思う。


 諜報員やドッペルゲンガーが原因だとしたら、事故というものが、何か意味あるものになる。突然の別れは、不慮の事故ではないと、彼女に告げたとして、彼女の何を解決したことになるのだろう。


 しかも、こっちが真相だったとしたら、調査を続ける私たちにも、危険があるかもしれない。

 真実が、良いものとは限らない。なら、調査はここで切り上げて、都合の良いストーリーを依頼者に伝える方が、依頼者のためではないか。


「おじいちゃん。明日、また依頼者に会ってくるよ」


「そうかい、頼んだよ」


 私は頷き、店の片付けを手伝う。

 片づけをしながら、気持ちとストーリーを整えようと、心と頭が静かに動く。




 依頼者の家に再び訪れる。


 インターフォンの前にいる未久は、心を落ち着かせようと、大きく息を吐く。


「未久ちゃん。今日は途中報告?」


「ううん。今日は調査結果の最終報告だよ」


「そっか」航平さんは、短く返す。


 優斗君が、今日は大学で来ることが出来ないので、航平さんと二人。


 インターフォンの音を返すように、ドアの奥から声が聞こえた。


 前回と同じように、お茶を頂きながら、依頼者の坂井美奈子さんに、調査の結果を報告する。


 亡くなっている坂井さんの旦那さんが、近くの商店街で目撃された。その正体は何か。


「幽霊です」


 未久は、彼女に伝えた。


 姿を現したのは、夫婦でよく通っていた店ばかりであり、この世の未練を消すために、美奈子さんを探していた。


 その未練は、言えなかったお別れを、美奈子さんに伝えることだった。

整えたストーリーを彼女に話し終えると、穏やかな表情を浮かべた。


「ここまでありがとう。私もそんな気がしてるわ」


「そうですか」


 未久は言葉を返すが、複雑な心境が巡る。


「ええ。夫がいなくなって、もうすぐ四十九日だけど、その間、寂しさをあんまり感じなかったの。それは、意外と近くにいたからかもね」


 彼女は最後まで穏やかな笑顔だった。


 その笑顔に見送られた未久は、航平さんと二人になる。


「あれは、未久ちゃんの作り話?」


 航平さんの顔を見れなかった。後ろめたさを言い当てられたように固まる。詰まりながらも、小さく頷く。


「でも、あの話が、そっくりそのまま真実かもしれないよ」


 航平さんは、明るい口調で言う。


 私は顔を上げて、航平さんを見る。優しい顔があった。


「独自で色々調べてみたんだ。その中で、導き出した答えも同じようなものだったよ。マスターも同じ結論だったし」


「おじいちゃんも」


「うん。だから、未久ちゃんの推理は、真実だよ」




 美奈子は、二人の客人を見送り、静かな自宅で一人になる。


 仏壇に手を合わせ、湯呑を片づけようと立ち上がる。


 振り返って、そこに立っていた男に、美奈子は驚いた。いや、そこまで驚いていなかったかっもしれない。


 言葉が出てこないが、頭は冷静だ。言葉が出ないのは、言いたいことが溢れるように、いっぱいあるからだ。


 ごめんと、その男は言った。いきなりの別れになってごめんと。


 美奈子も、うんと頷く。そして、またね、と言う。


 その男も、またね、と答える。


 その男は光の粒のように消えていく。薄れるように消えていく。


 美奈子は仏壇に向き直り、線香を立てる。


 合掌と共に、涙が流れる。葬式の日には流せなかった涙が、溢れるように止まらない。


――


 人の心というのは不思議なエネルギーだ。

 時に、その心から生まれた強い想いは、不思議なエネルギーを伴って、科学では解明できない奇怪な現象を起こすのかもしれません。

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