化け猫日和
@youtarou323
第1話 化け猫、結婚してたってよ
「ばあちゃん!!大変!大変!!どこ?!」
玄関に入るなり私は、靴を蹴飛ばすように脱ぎ、家に上がる。少し転びそうになりながら祖母がいるはずの居間へ、飛び込んだ。少し膝擦りむいて痛いけど、それどころじゃなくて祖母を見る。
畳部屋にちゃぶ台、そこに和服を着た祖母がいた。あ、今日は紺色の着物だ。すごく綺麗だった。そして今日もうちの祖母は小さくて可愛らしい。そんな祖母は湯呑を持って目をまん丸にして私を見ている。少し、その姿が面白くて笑いそうになった。
「どうしたんだい。そんなに慌てて」
ゆっくりとした口調で祖母が湯呑をちゃぶ台に置きながら言う。まるで、なにも慌てることはないじゃないかと言わんばかりだった。私は走ってきたせいで、息切れして落ち着くまで畳を見ている。畳の匂いが鼻に漂ってきて少し落ち着いてきた。だが、走ってきたせいで、息が辛い。体全体で息を吸うようにしているけどわき腹が痛くなってきた。汗が額を流れていって鼻先から垂れそうになる。そんな汗をぬぐうこともせず、祖母に話そうと口を開いた瞬間に邪魔者が現れた。
「俺が結婚していたこと、初めて知ったんだって」
そう言いながら私の横を通り過ぎる黒猫がいた。祖母は「あら、そう」と言ってて、どこか「今まで知らなかったの?」と言いたげな雰囲気を私は感じた。そんなことよりも黒猫をチラっと見る。この人語を話す猫を初めて見る人はきっと、びっくりして夢かと思うだろうなって考える。畳を見ていた私の額の汗が垂れてきて、私のあごまで伝って畳に落ちた。それを見た黒猫は汚いなーって顔をして、私に目を向けた。
「汗ぐらい拭いたら?」
「ほら、なっちゃん。タオル」
祖母がタオルを出して私に出してくれた。それを受け取って顔を拭きながら、だって事件じゃん。この猫…クロが結婚してた、何て。だって猫だよ?結婚って、猫ってふつうするの?って思うじゃんと思いながら、タオルを鼻下に押し付けながらクロをじっと見る。こんなクロがね。あの傲慢で、わがままで、気まぐれなクロが…って思っていたらクロが不満そうな目をして私を睨んできた。
「な、何よ」
「俺が結婚してて悪いかよ。まあ、お前よりか良い女だった…いや良い雌猫だった」
黒く長いしっぽを天井に突き刺さんばかりに立てて、そう自慢してきた。このクロ、私が良い女じゃないみたいな言い方したな。この猫め…いや、猫なんだけど、うまい煽り文句が出てこない。そんな私をみてクロが鼻で笑った。
「まだまだ、青いな。なっちゃんは」
「そりゃあそうだよ、クロ。なっちゃんは高校生なんだから」
「そうか、そんなもんか。でもウメちゃんは違った気がする」
「それは、時代が違うからねぇ。何とも」
祖母とクロがそんな会話をしているなかで私は大の字になって畳部屋を見上げる。天井にはいつもの光景。木で出来ている天井、灯り、天井を見ていたら左の端っこに切り傷みたいなのがあった。そういえば、昔からあれあるけど、どうしてあるんだろうと、考えてみる。
そんなことをぼーと考えていると、額に少し冷たい感触が来た。クロが前足を額に乗せていた。
「だらしないぞ。まったく」
鼻を鳴らしてため息をついてまた、どこか行こうとしているクロ。本当、生意気。猫のくせに。…いや化け猫か。
「うるさいなークロ。あんたが結婚していたのが悪い」
「結婚していて悪いかよ。ったくもう。あ、ウメちゃん。今日、俺帰るの遅いから」
まるで、仕事に行く亭主みたいな言い方をするクロ。
「どうしたんだい?…あー集会でもあるの?」
祖母がクロに向かって、何か察したように背中を撫でながら遠い方へ眼を向ける。
何考えているんだろう?そういえば、何回か集会に行くとか聞いたことがある。それって何なんだろうな。
「ねえ、クロ―。その集会って何?」
「言わない。秘密」
「ケチ」
「ケチで結構。人間が関わることじゃない」
クロがプイっと顔をそらしてトコトコと歩いていく。
その後姿を見ながら思う。出たよ。化け猫ムーブ。今どき流行らないってば。…でも、ちょっと気になる。
もしかして、あそこの家は飯が美味いとか不味いとか、あっちにいる犬は凶暴だから気をつけろとかそう言った話なのかもしれない。え、ちょっと聞いてみたい。
「気になる。とっても」
「好奇心は猫をも殺す、って言うぞ。なっちゃん」
黄色い目が私を見つめる。そんな目をしたって私怖くないんだから。だって生まれてからずっとそばにいた化け猫なんだから。
「そうねー。なっちゃん。これはクロの世界の話だから、ね?あまりつっこまない方がいいわよ。でも…そろそろかもね」
祖母が手を頬にやりながら少し考えて私に顔を向けて微笑む。
優しい感じで、穏やかに。
「ウメちゃんの言うとおりだ…そろそろかなー…んーあと、2年か3年かな」
どこか胸を張っていうクロ。絶対に人間だったら仁王立ちで胸を反って偉そうに立っているんだろうな。何度も思うけど、やっぱりクロは生意気だ。あと2年3年だったらもう私、この土地にいないかもしれないじゃない!
「まあ、クロが集会に行くのって数が少ないし。私も知っているので数回しかないから。…時期がきて、1回だけ呼ばれたわね」
まさかの新事実。大の字になってた体制から、四つん這いになり祖母に近づく私。クロが驚いて少し距離を置いた。ひどい。
「なんで?!その時期って何?どうやって、呼ばれたの?」
「…参加したら分かるわよ。そうね。私が参加した時は遠い昔のことで忘れちゃったけど。でもそれからね。クロ達と深くかかわったのは」
「そうだなーもうあれから…40年ぐらい経つのか。俺達にとっては短い期間だが、人にとっては老いるには十分な時間だった」
「あら、クロ。あんたも十分、老いたじゃない。老いたというより、大人になったわね」
「…まあ、ウメちゃんと一緒に色々と経験したからね」
なんか私だけ話についていけない。訳が分からない。
「そうなの。でもそろそろじゃない?神様たちが声かけるんじゃない?そしたら、今度は私じゃなくて、なっちゃんが行くのね」
「それは分からん。でも、今回の集会はそれ絡み。話を聞いてみないことには…」
お願いだから私を話にいれてほしい。本当に。
「あのさ!!なんの話をしているの??」
クロと祖母が顔を見合わせて、無言の会話をしている。
「あー…まああれだ…今回の集会はちょっと面倒なことになりそうだってこと。結果次第では集会に呼ぶかも」
「本当?」
「本当だよ」
「それっていつ?」
「うるさいなーもう。その時がきたら、俺から声をかけるから待ってろ」
そして畳部屋を出ようとするクロ。黒い毛並みが光っていて綺麗で、どこか高貴さを感じるような歩き方をして出ていこうとする。そして顔をこちらに向けて私、祖母と順に見た後に
「それじゃあ、行ってくる」
そういって玄関の方に向かって行った。私はクロが出て行った廊下をじっと見てクロが出ていく音を聞く。
なんだか、胸騒ぎがした。ここから私の普通の生活が変わっていくような退屈な日常が終わるような、そんな気がした。
少したって、玄関が開く音がした。あ、もしかして人間に化けて行ったのかな?って思って祖母に顔を向けた。
「いつも、集会の時は人間の姿でやるんだよ。クロ達って」
そうなんだ。猫の姿のままじゃないんだ。再びクロが出て行った先を見て、へえーって思っていたら祖母が「なっちゃん」と声をかけてきた。
祖母の方へ顔を向けたら少し可笑しそうに、どこか楽しそうにしていた。
「ところで、なんでクロの結婚の話になったの?」
今にも笑いそうになるのを堪えるかのように、祖母は私にそう聞いてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます