「赤く踊り狂う影」

人一

「赤く踊り狂う影」

この純白のシューズは私の誇りだ。

汚れれば汚れるほど、私が努力してきた証なのだから。

小さな頃から続けてきたバレエ、もうすぐ大きなコンクールがある。

私はそれに向けて、履き潰したシューズを捨て、また新しい純白のシューズを卸した。


アン・ドゥ・トロワ

リズムに合わせてステップを踏む。


くるり、くるくる。

ピルエットでぐるりと回る。


基礎練習を続ける。

そして私の演目の練習も始める。

毎日毎日飽きることなく続ける。


ふわり、ふわり。

くるくる、くるり。

――ピタリ。


演目練習も終わり私も踊りを辞める。

今日は十分に練習したから、家に帰ろう。

私はシューズをバッグにしまいスタジオを後にした。


このシューズをおろしてから2ヶ月が経った。

すっかり黒ずみ所々ほつれている。

まだまだ履けるけど、コンクールも近づいてきている。

そろそろ新しいシューズに足を慣らした方がいいだろう。

私は練習で履いていたシューズを捨て、新しいシューズを取り出した。

見た目はこれまでとほぼ変わらない、どこにでもあるシューズ。

だけど、他に並ぶシューズたちの中で一際目立つように白色が浮いて見えた。

気づいた時には手に取っており、私は導かれるようにそれを買った。

このシューズを汚しきった時、私は一皮剥けれる気がして楽しみだ。


あれから3週間ほど、もうコンクールは目前に迫っていた。

汚れもほつれも何も無い。

さながらシューズは新品のように綺麗だ。

毎日毎日しっかり練習しているのにだ。

とにかくそんなことは気にせず、今日も練習をする。


アン・ドゥ・トロワ

リズムに合わせてステップを踏む。


くるり、くるくる。

ピルエットでぐるりと回る。


ふわり、ふわり。

くるくる、くるり。

――ピタリ。


もう一度。


アン・ドゥ・トロワ

リズムに合わせてステップを踏む。


くるり、くるくる。

ピルエットでぐるりと回る。


ふわり、ふわり。

くるくる、くるり。

―――……


あれ?


アン・ドゥ・トロワ

既に止まったリズムに合わせてステップを踏む。


くるり、くるくる。

ピルエットでぐるりと回る。


ふわり、ふわり。

くるくる、くるり。

足は止まりはしない。


足が自分のものじゃなくなったかのように、言う事を聞かない。

踏ん張ろうとしても、踊る足は止まらない。

勝手に動く足は私を、スタジオから引きずり出した。

器用に廊下を進み、階段を降りる。

ついに、道路にまでやってきた。

白昼の街角に現れたバレリーナ。

見るまでもなく浮いているが、幸い誰1人として通行人はいない。

それでも遠くの方で、車が行き交う音が聞こえる。


歩道でぐるぐる、ぐるりと回る。

遠くから車が近づいて来る音が聞こえる。

真昼間なのにヘッドライトをつけている。

車が目前に近づいた……その時。

踊り続けていた足が、ピタリと止まった。

一瞬の安堵。

だが、その安堵は刹那も続かなかった。

私がとっておきと決めていたアサンブレ。

それを今。

私の意思を無視して、踏み切って飛び上がった。


――ドガン!

私は見事に撥ねられた。

撥ねられ宙を舞ううちに、足に撥ねられた時とは比にならない痛みが走り私は地面に叩きつけられた。

私を撥ねた車は止まることなく走り去った。

無関心ぶりは、事故など起こってないかのようだった。

身体を打った痛みに襲われるが、それ以上に寒い。足が痛い。


震える身体はもはや言うことを聞かない。

なんとか頭を動かし周りを見る。

泥だらけの衣装。

おかしな方向に曲がった腕。

砕けたガラス片。

ガードレールにべったりとついた赤。

そして足先が存在していない。

脛から先がバッサリと無くなり、ただ赤い水たまりがじわじわと広がっていた。


痛みに呻く小さな声すらもう出ない。

寒い。

涙なんて出ているのか、出てないのかすら分からない。

すごく寒い。

目蓋がどんどんと重くなっていく。

それにすら抵抗する気力も無い。

閉じかけた世界で最後に見たもの。

それは――

真っ赤に染まったシューズと私の足が、止まることなく優雅に踊り狂っていた。

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「赤く踊り狂う影」 人一 @hitoHito93

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