第2話 名前はネメシス
「眩しい…私」
「自己肯定感が高過ぎる」
煙草臭い少し黄ばんだ白の
薄ら寒い。
ゴアゴアと嘴に血糊のリップを塗った烏の群れが
喧しく鳴いていて、空は太陽が昇っているのに
薄暗い。
見渡す限りの田畑は荒れ果て、灼かれた衣服の端とかつて別の物であった筈の白い灰が枯れた土に覆い被さっている。
「何とも慎ましやかな世界だこと」
「そーでもねえさ」
「どこもかしこも黒煙が昇っているけれど
あれは何?」
新しい煙草にマッチで火をつけてまた臭くなる。
思わず口元を手で覆ってしまう程なの!
「吸血鬼が
生きたまま黒炭になってんの」
バヨネットは無精髭を撫でる。
そんなに弱った様な仕草をされると
堪らないものがある。
「いたっ」
「しゃんとしなさいな」
「脛蹴りなさるなよな」
「真似っこしないで下さいまし!」
ニヤけたお顔のなんと気味悪いことか!
煤けた空気の道を歩く。ひたすらに。
靴がないとこんなにも不便だなんて!
初めての不快な体験に心が少し踊った。
「いつも歩いてばかりなの?」
「まあな」
年季の入ったどこか
「バヨネットはどうして吸血鬼を狩っているの」
世捨て人めいたこの男からはさした信念などを
感じる事はとても出来ない。
だからこそ、とても気になる。
首を傾げる私を見て、何故か髪をもみくちゃに!
「なんなの!?」
「いや何。昔妹がお前くらいの頃に
全く同じ事を言われた様な気がしてな」
「妹さんがいらしたの?」
「いないよ」
「はい??」
まるで読めない男の心の内を、
私は殊更に深遠なところにあると感じた。
「まあー…吸血鬼っていうか。
既得権益が気に入らねーから、じゃね?」
「そうなの?」
首を傾げる私に、バヨネットもまた首を傾げる。
「そーなんじゃない?」
「…ともすると、破綻者のお方?」
「『盟約』にいる奴は基本そうだな。
…俺は違えけど」
やはり四肢をもいでしまおうかしら。
今すぐにでも?
「『盟約』?」
「そっ」
襟元の
三角形が複雑に重なり合ったモノクロの徽章は、
代々受け継がれてきた物らしく色褪せて
所々に擦り傷が見受けられた。
「吸血鬼を狩り尽くす…ってとこが
重なった奴らで情報や武器を提供し合う
異常者集団」
「怪物を狩るには怪物…というわけね」
「俺は違うけどねー」
「普通の人間は自身を普通とは言わないものよ」
「言う奴も言わない奴もいるだろー。
そうゆーのの塊が
「…」
なるほど。
確かにそれはそう。一本取られた。
思わず見上げた髭には一本の白髪も
混じってはいなかった。
「ふっ」
「そんな勝ち誇った顔を見せつけて
大人気ないと思いませんの??」
「お前が
何が大人気ないだ」
「ムッー」
「似合わねえぞ膨れっ面」
「さてさて」
「メリハリの鬼かよ」
いつまでも不愉快な気分のままでいては
物事はマイナスな方にしか動かない!
…というのがかつての私?の信条だったように
感じる。だからそう感じたままにしておいてみる。
「…貴方ってセンスは〜・・・」
「ある方とは言われるな」
「そうですよね。ないですわよね〜」
「鼓膜破けたのか?」
あったとして。
普遍的なセンスから逸脱している。
女の勘という奴がそう告げているのです。
「何しよーって?」
「名前です名前。私の」
「おっ町が見えて来たな」
「異性のご友人いらっしゃらないの??」
「友達だ〜?? 実物はまだ見た事ねえな」
「うわあ」
組む相手を間違えた気がする。
組まなければ脳漿を撒き散らして死んでいたけれど、こんな最悪な男と行動を共にする運命を知っていたのならそうしていた。
「何か物騒な催しがなされている様ね」
家屋や家畜や人間大の何かが土煙と共に
巻き上げられ、そして綺麗に
そして、地響きや獣の咆哮や断末魔が聞こえる。
そんな方角に迷いもなく歩みを進めるバヨネットの姿に、幼女は何となく退屈そうな顔を浮かべた。
「で、名前だったか?」
「哀れで孤独なバヨネットに慈悲を与えて
差し上げます。
私を端的に表す言葉と言えば?」
「暴力」
「はぁ…」
即答だったのが大変不服!
「一応確認なんだが」
「はい?」
「お前、戦う余力はあるのか」
「えぇ」
何を今更…と思っていたのだけれど、
不思議な音を聞いた瞬間にバヨネットに
私は抱き抱えられてしまった。
「
この…唐変木!!」
「俺のおばあちゃんより世代上か?」
「うわぁ!?」
柵の残骸の上に着地。
「今何か光るものが足元を駆けたわ!」
「知ってる…よっ!」
「もう!!」
今日は厄日ですわ〜!!!
今度は更に高い場所・廃屋の屋根へ。
そして次は更に高い・古びた教会の鐘塔へ。
足元だった場所が全て甲高い音が走ると同じくして賽の目斬りになって崩れ落ちていく。
「吸血鬼?」
「だと勘違いしてやがるのさ。
いつもの事だ」
何を落ち着き払っているんですの!?
「にしても執拗なんだよな今日は…あ」
「???」
何ですの何ですの。
もしかして…みたいな目線は?
「ファイト!」
「はああああ!?」
あの男!!! ヤニカスのバヨネット!!!
———投げやがりましたよ
「ギョギョッ!!」
「…獣臭っ」
放物線を描いて落ちていく私の真横に突然現れる
ヤギ頭の怪物の口の中。
肉食動物の鋭い歯がギッシリと並んでいる矛盾に
汚い涎が顔面に掛かったことへの反応が遅れる。
「無礼ね———」
「ギョギョ——」
黒い腕を出そうとした時には既に。
私の左腕とヤギの全部が賽の目斬りになっていた。
だからこそ逆に、攻撃する為に控えさせた腕に
落下の衝撃を受け止めさせる事が出来たのだけど。
「けほっけほっ…」
「おーい。無事そうだな」
「ふふっ。四肢より先に両目を抉った方が
良さそう」
左腕の肩から下が無くなった。
なのにバヨネットは動揺1つしていなかった。
それが無性に腹立たしい。
「ヨネ。それ何」
「う、ごけない…!?」
慢心した私の心を読み切ってか、
長い黒髪の女が私の背後に立っていた。
おまけに何か瞬く様に光るもので
拘束される始末。
「よっ。ガーニッシュ」
「煙草、まだやめてなくてよかったね」
「煙草吸う吸血鬼がいたら俺と判別出来んのか?」
「…取り敢えず殺してみてから考えてるから」
「相変わらず手の早い小娘だねー」
「それで?」
「新生児」
「そう」
「使えそうだから拾ってみた」
「ん」
淑女をそんな子犬みたいに扱うなんて。
絶対脛毛毟りまくってやるんだから!!!
「今殺した方が
漸く滲んだ鮮血のお陰で見えた。
私の身体を圧する不可視の力の正体。
無数に張り巡らされた
それがこの稲妻のような髪飾り女の武器。
「吸血鬼じゃねーしいいんじゃね?」
「…」
「私に何か御用?
腕を落としたり身動ぎ1つ出来なくしたり。
失礼にも程があるわ」
睨み返してやるしか出来ることはない。
だから強く睨みつけてやった。
溜息をついてガーニッシュは私を自由にした。
「…」
「まだ何か?」
「お礼言わないの?」
「………………はい?」
した方が良いのかしら。
「そんで…この領地の主は?」
「グリン伯爵。ん」
「公爵の方は傀儡か」
用意と手際が良いのが、ガーニッシュ。
盟約の連中の中では比較的まとも。
盲目コグとスパズムと標的が被らなくて
ホントーにラッキー!
貰った地図をケツとズボンで挟んでおく。
ガーニッシュはとっとと踵を返して
次の獲物を探しに消えたった。
あれ?
もしかして俺達って…友達なのか?
「なんか胸がキュンキュンするかも。
とっとと行こーか。おー…い」
「今決めました。私」
———は?
なんで腕が生えてんの???
並の吸血鬼だって
完全な再生には1時間は掛かる。
新生児は感触を確かめる様に新しい左手で
鍵盤を弾く仕草をしながら名乗った。
「———ネメシス。
これからはそう呼んで」
「あー」
ガーニッシュ。
お前は俺の母ちゃんになった方が良い。
バカ息子ってほら。
…いつも間違った選択ばっかしちゃうから。
「道中でシャワーを浴びましょっ」
「あるかねぇ」
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