バケモノ狩りの幼女もまた、バケモノ。

溶くアメンドウ

第1話 可憐な新生児

———血の香りが好き…だった?

今も斬首の時の感覚が残っていて、アツ・・い。

そう感じる自分がいる。


(血の香り〜…でも、カビ臭い…)


それに床が変。

本当に少しだけれど、いている。

温かいし、なんだか湿っている。


(母の子宮はらわたの中にいるのは

 きっとこんな感じなのでしょうね…)


音楽まで奏でられている。

反響して、何かを咀嚼する音と嗚咽。

喘いでいる…様にも聞こえて耳の中を撫ぜてくる。あと下品な息遣い。不愉快極まりない!!


「だぁれ」

「!」


大きい者が飛んだ。

なのに着地した音は聞こえない。

まるでこの空間から掻き消えた様に。


「…あら。そんなところにいたのね」

「…」


ポタッ。ピチャッ。ボトッ。


鮮血やら大腸やらの落ちてくる天井を

見上げると、大きな浮浪者?が

私を上から見上げて・・・・いた。


「ナゼ オレノ毒ガ キイテナイ?」


浮浪者というよりも、半人半獣。

人間の面影を残した…ケダモノ。

オマケに訛りも大層酷い!


「毒? …あぁ、そういうこと」


背後を向く。

涎を垂らしてだらしない表情の子供達が

無造作に積み上げられていた。裸でね?

昏睡状態にする毒らしいけど、私には効いていない。いえ、もしくは効いているのかも。


「…あら? 少し縮んだのかしら」

「オマエ ヘン」

淑女レディにはもっと優しい言葉を選ぶ必要があるのよ? 分からないか…さてさて」


低い視線にも慣れ、身体の調子を確かめる様に

少し踊ってみる。


「ラン♪ ララン♪ ラララララン〜…」

「オマエ コワイ。

 ———コロス」


醜いケダモノが膨らむ…更に大きく。

非対称の巻き角が眼球を抉って現れ、

肩や股の付け根から華奢で鋭利な前脚を生やす。

数歩下がって落ちてくる天井を眺めて暫く。

漸くケダモノが私と同じ床を歩く。


「随分可愛らしくなったわね」

「ヴェエエエエエエエエ」


3枚の舌をだらしなく投げ出して、単眼つぶらな瞳

ヤギが突進していらした。

目から涙を溢し、圧倒的弱者の姿で私は駆け出す。


「キャアアアアアアアアア!!」


金切り声を上げ、転んでは飛び起きて。

ヤギは中々追い付かない。遊んでいるのだ。

ただ不気味な素振りをして見せただけの幼女に

もはや何の脅威も感じていないから。

だから、そうやって無様な幼女の可愛いらしい

足取りに合わせて歩みを緩めて、時をつ。


「許して!! ごめんなさ、い!! ごめんなさいいいいい」

「ギヒヒ ギヒ」

「…もう、だめ」


幼女はペタンと座り込みクシャクシャの顔で

遥頭上のヤギを見上げ、恐れ、震えた。


「な、ななな何でもします!!

 だ、だからどうか…食べないで」

「ギヒ ギヒ ギヒ… イイダロウ」

「え。これ…」


ヤギは懐から錆びて刃もボロボロのナイフを

幼女へと手渡した。そして下品に口を開く。


「メダマ」

「っ…めだ、まっ…??」

「エグレ」

「っ…はぁ…はぁ…はぁ…」


カランッ。

己が碧く美しい瞳に突き立てなければならないナイフは、あゝ誠に残念な事に。

音を立てて床に転がってしまった。


全てに絶望し、真っ白い顔を震える手で覆う。


「ギヒヒヒヒ!! ゲヒヒヒヒヒ!!!」


待ち焦がれていた愉悦を前に、

ヤギは嘶くように高笑いした。


「あっ…はっ…死ぬ…」

「ギヒヒヒヒ!!」


鋭利な爪が白銀の髪の幼女の肉を切り裂き

輪切りにしようとした刹那、止まった。


「…ヒヒ」

「ギヒヒ———ヒヒ??」


幼女は震えていた。

間違いなく全身を震わせていた。

恐れに、救いのない圧倒的絶望に…??


否。


「いひ、ひひ…」

「ナニ テ ヘン」


引き戻した筈の手が帰ってこない事に

ヤギはただ当惑する。

もう一度幼女を…というよりも、

その真横に鎮座する自分の鋭利な手を見る。


「キッタ オレノ テ」

「アーッハハハハハハハハハハハハハハ」


根源的な恐怖をヤギは感じた。

だから壁を背にして幼女から最大限の距離を

取るべく飛び退いた。


さっきまで完璧な弱者だった!!!

その筈の幼女が立ち上がるのを只焼き付けるしか

ヤギには最早選択肢が無かった。


「はぁ〜…ふふっ! ほっ…さてさて」

「ダ ダレダ」


心外だわ!!

忘れている様なので改めて挨拶して差し上げた。


「———只の淑女レディよ。きっとね?」

「ギギギ」

「あらあら! 疲れてしまった様子ね。

 追いかけるのに疲れたのなら、

 追いかけられるなんてゆうのは如何かしら?」

「ギッ ウデ? ウデ、ウデ、ウデ」


——それは影にも闇にも見える漆黒の

幼女の足元からも背後からも床からも天井からも。無数の大小の腕がチンアナゴの様に生えて来る。その内幾つかの腕が、切り落としたヤギの手を影の中へと押し込んでいって、沈み消えた。


「ギャ ギャ」

「う〜ん」


ピストルの形を指で構える仕草ってあるでしょ?

私の右手がそうすると、影の腕も皆同じ様に

真似っこするの! 何だか可笑しい光景。

無数の銃口を構えられて、壁際で震える弱者・・

微笑んで狙いを定めるなんて、そんなのまるで。


「———銃殺刑みたいじゃない! バンッ」

「ギャギギ!?」

「アハ。ふふふっ…アハハハハハハハハハ!!

 早く逃げないと汚らしい毛皮のコートが

 完成してしまうわ!!!

 ほら走って走って!!

 ドー!ドー!!」


碧い炎が幼女の合図と共に指先から爆ぜて

その射線の先にあったヤギの巨体を空間ごと

丸く抉っていく。血飛沫と悲鳴を上げながら

ヤギは全力で逃げた。幼女に背を向けて。


「ギャッ」

「あらあら〜ふふっ!

 足と腕が一本ずつ無くなってしまったわね。

 上手にあんよ・・・出来るかしら〜」


ヤギは只もうその幼女の声を聞きたくない…

その一心だけを胸に遠くへ…遠くへ走る。

それだけの為に無様に足を引き摺りながら、

這々の体で這いながらここまで来たのだ!


地上から光の漏れ出る、地下からの出口に!!


「…ギギ」


ヤギはほとんど抉れた身体から

最小限の音だけを出しながら扉へと手を伸ばす。


ペタ。ペタ。


——小さくも恐ろしい足音に思わず手が止まる。

もう扉にあと数センチというところで。

異形の心臓がバクバクと迸る。


「…ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な…」

「      」


ヤギは完全に静止した。

呼吸も止め、筋肉が震えるのも止め。

抉れた胸に手を差し込んで心臓を握り込む。


「う〜ん…」

「   」

「引き返してみましょう」

「  ィ」


足音が遠のく。

それでも人生で最も長い時間そうやって

ヤギは動かずにいた。


「ヤッタ…!」


気付けばヤギは涙を流していた。

得体の知れない化け物から逃げ切った。

扉の取手に爪を掛け、捻る。


だが、捻れたのは——ヤギの腕だった。


「ギ…」

「つーかまえーた♡」


耳元で甘い囁きが聞こえた次の瞬間には

ヤギの巨体が無数の腕に捕まってまるで

羽化を前にしたサナギの様に螺旋階段に

縫い止められてしまった。


「ユルシテ ドウカ ジヒヲ…!」


ヤギは命乞いして初めて気付いた。

見上げているこの幼女もまた。

っていたのだ、この愉悦しゅんかんを。


「中々良い暇つぶし・・・・だったわね?

 会えたらまた遊びましょ」

「ギャヒ ギャヒヒ ギャヒヒ!!!」


ヤギは身体を裂かれながら笑った。

未曾有の恐怖に。現実離れした現実に。


「アハハハハハハハハハ!!!!」

「…バケ モ   ノ」


心外な断末魔だこと。

どこからどう見ても今の私は。


「可憐な少女そのものじゃない♪」


ドブから掬ったような血液や

桜色の肉片に彩られた少女は果たして、

可憐なのだろうか?


「可憐ってより過激だろ。お前」

「…煙草臭い」


突然現れた背後の男の吐く煙が

幼女には顔を顰める程に酷く感じられた。

それでも身動ぎ一つしないで両手をバンザイしてるのは、銃口を後頭部に突き付けられているからだ。


「お前も吸血鬼ヒキニートか?

 それとも自認だけはまだ人間の怪物??」

「答えなくてはダメかしら」

「別にそれでもいーぜ。

 ———引き金引いて、ハイおしまい」


…何故かは分からないけど、

この男には勝てない気がする。


まあいずれ四肢をもいで跪かせて

禁煙させてやるという心は決まったけれど。


「分からない」

「はぁー??」

「本当よ?

 自分でも自分が誰なのか分からないのよ」


男は煙を吐くと煙草を踏み潰して

レンコンの様なお腹をしたピストルを仕舞った。


「その面で新生児かよオイ」

「貴方も臭い割には男前な顔立ちね」


互いが互いに面白い気配を感じ取ったところで

私と煙草男は握手を交わした。


これから面白くなりそう!

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