第16話「黒い鉄格子②」

 無数の悲鳴が、業火に照らされたこの場所に蠢く。

 祓魔師たちの死体が辺りに散乱している。


「お嬢様ッ!」


 生き残りの一人が叫び、櫻に手を伸ばす。


 そして、次の瞬間にその腕を斬り飛ばされた。


『私が弱いから、仲間を死なせてしまった』


 封印されていた吸血鬼の王の暴走と、それによる二十二名の精鋭の戦死。


 通称、神殿事件。


 櫻は何度も繰り返すこの夢を、あのときまだ幼く、何も出来なかったことから来る罪悪感のせいだと思っていた。


 だが、同時にとある疑念も浮かんでしまう。


『神殿と、棺と、あの男』


 棺を触ったときのあの冷たい手触り。

 そして、自分に協力を迫ったあの言葉。 


『これは本当に、ただの夢なのだろうか』


 恐怖、違和感、罪悪感罪悪感罪悪感。


「――はぁっ! はっ! はっ」


 目を覚ます。同時に、酸素を取り込もうと喉が激しく脈打つ。


「夢」


 言い聞かせるように呟き、毛布を握り締めたまま部屋を見渡す。


 十畳の和室。質素な机とハンガーに掛けられた制服。


 障子の向こうから朝日が差し、スズメが鳴いている。


「正也君」


 本能的に彼を呼んだその声は、櫻には、まるで自分のものではないような感触がした。


 驚き、口に手を当て、それからふっと息をついて布団から起き上がる。


「やあ。昨晩はよく眠れたかい」


 小声で呟きながら頭の中で今日の自分の行動をシミュレートしていく。


「私は、大丈夫」


 櫻は確かな足取りで障子を開け、曇天を見上げた。


「大丈夫」


 そして、胸に残る恐怖を痛々しい笑みで隠した。

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