第10話「魂」

 悲鳴にも似た静寂が、正也の鼓膜に焼き付いた。

 正也はその静寂を振り払えない。

 櫻の痛ましい姿から、目を逸らせない。


「もしかしてあなた、彼女の記憶にあった吸血鬼ですかな?」


 そのとき、おどけたような声が体育館に響く。


 正也は顔を上げ、不気味な笑顔を貼り付けた仮面を付けた男を睨んだ。


「何で知っている」


 仮面の男は正也を挑発するようにゆっくりと数回、手を叩いてみせる。


「やはり、そうでしたか。かなり雰囲気が変わっていたので気付きませんでしたよ」


「何故知っていると聞いている」


「……私ね、血液から記憶を読み取ることが出来るんですよ」


 耳を疑うような異能。正也は真偽を確かめるように櫻を振り向く。

 櫻は、自嘲気味に笑った。


「本当だ。だいぶ、知られてしまった。ごほっ」

「ッ! 先輩っ!」


 正也は咳と同時に血を吐いた櫻に駆け寄る。

 掴んだその肩は思いのほか細く小さく、正也の心がさらに痛む。


「神殿、二十二名の祓魔師、花嫁、記憶」


 仮面の男はこめかみに手を当ててぶつぶつと呟く。そして仰々しく両手を広げ、二人に向かってゆっくりと歩き始めた。


「もう少しで全てが繋がる……!」


 仮面の男はそう言い、祈るようなポーズを取る。


「正也君、逃げてくれ」


 櫻が呟く。その視線の先、床の血溜りがゆらゆらと蠢き始める。

 それらが立ち昇る。意思を持ったかのように、数体の血人形を形作った。


「もう君が傷つくのを、見たくない」


 仮面の男の歩みに合わせて血人形たちが迫ってくる。

 足が震える。緊張で目が霞む。


「うるせぇ」


 しかし、身体は勝手に動き出していた。


「あなた、正気ですか?」


 櫻を守るように彼女の前に立ち、習ったことも無いのにファイティングポーズを取る。

 仮面の男はそんな正也を見て立ち止まり、小首を傾げた。


「あなたが私に勝てないことくらい、過去を遡らなくてもわかりそうなものですが?」

「勝つとか負けるとかじゃねえよ」


 手の震えを、握力で誤魔化した。


「退かねぇ」


 そう言い放ち、一歩前に踏み出した。


「魂が、そう言ってんだ」


 正也の真っ直ぐな眼差しが仮面の男を貫く。

 男は、深いため息をついて徐に天井を見上げた。


「なるべく同族とはやり合いたくありません……一つ、提案があります」


 仮面の男は後ろ手を組んだまま、まるで人形のように微動だにせず正也を見つめた。


「私たち“王の眷属”の一員となってください」


 そして、仮面越しでもわかるくらいに口角を吊り上げた。


「飲めば、その女は助けてあげますよ」


 男の冷たい誘惑が正也の頬から首筋を撫でる。


 正也はその提案を否定しようと口を開く。


 しかし、彼の頭の中に、自分の未来と櫻の命が同じ天秤に乗った音が鳴った。

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