第7話「怖がらないで」
声変わり途中の声が教室にさざめき、直後に怒鳴り声が響いた。
慌てて机の中をまさぐる正也の横に、隣の机がそっと寄ってきた。
国語の教科書の右半分がこちらに渡されると、隣の女の子はどこか恥ずかしそうに微笑んだ。
中学一年の正也は、その笑顔に思わず目を逸らした。
まるで大切な秘密を見透かされたような恥ずかしさと同時に、くすぐったい温もりが心に広がった。
初恋だった。
何気ない話題で話す度、小さなきっかけを探して隣に立つ度、強迫めいた焦燥と、浮き立つような高揚に溺れた。
幸せと呼ぶにはバラバラで純情過ぎた。
しかし、慣れ親しんだ退屈の匂いを忘れ始めていた。
自分は存在して良いんだと思えた。
しかしある日、その子がいじめられている現場を目撃した。
正也の報復はあまりにも単純だった。
人間より強い筋力、血を飲めば増す戦闘本能――吸血鬼としての「違い」に、はじめて積極的に手を伸ばした瞬間。
教室に衝撃音が走る。机が跳ね飛び、床を転がる。男子生徒が呻き声を上げてうずくまる。
他の生徒たちは悲鳴を上げ、教科書に飛び散った赤い飛沫を見て凍りついた。
正也は信じていた。英雄にはなれなくとも、少なくとも彼女には感謝されるはずだと。
だがその日、正也を正面から貫いたのは、軽蔑と恐怖。
その両方を孕んだ目が、深く、彼の心を突き刺した。
正也はその目を、今も忘れられない。
本当は、誰かの力になって、ただ感謝されたかった。
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