第2話 アシュニという男 その1
「あ、あの……」
「どうした魔族、死ぬか?」
「ヒィッ!?」
軽く殺意を当てられた少女は恐怖から咄嗟に蹲る。彼、アシュニと出会って数日経ったが、定期的にミフォスに対して殺意を向けてくる。
理由は明白だ、アシュニと呼ばれる英雄は魔族嫌いで有名なのだ。当然ミフォスもそれを知っている、死者を蘇らせれると知っていればアシュニだけは避けただろう。
そう、死者だ。アシュニの登場する英雄譚はもう200年も前の話で、アシュニが亡くなったのがいつなのかは知らないが、少なくとも亡くなってから100年は経過しているはずだ。
「ふぅん、蘇生の異能か。俺に魔力が流れている影響で、お前は俺が生きている限り魔法も魔術も行使できないって感じかな。しかも蘇った相手を支配できないときたか、微妙な異能〜」
これはアシュニと出会った初日に言われた事だ。魔族は異能と呼ばれる特別な魔法が発現する。それはその者だけの特別な力で、過去の大戦では強力な異能持ちのせいで人類軍は苦戦を強いられたらしい。そんな異能持ちの魔族を何百、何千と狩ってきたのが目の前にいる魔術師なのだが。
そんな魔族嫌いの魔術師がミフォスを殺していない理由は2つ、1つはアシュニが存在している限り魔力の行使が出来ないということ、そしてもう1つが、
「せっかく蘇ったんだ、楽しまなきゃ損だろ。俺が長生きするためにお前を守ってやるし、もうこりゃWin-Winの関係だな、ガハハ!!」
うぃんうぃんがなんなのかわからないが、ミフォスとしては自分を守ってくれる強力な護衛を手に入れたと思えば良いのだろう。そう思えば心強いのだが、飽きたらサクッと殺してきそうで非常に恐ろしい。
「あの、アシュニ、様……」
「んだよ、声ちっせぇな」
「い、いまは!ど、何処に向かっているのですか!」
「声でっか」
「あぅ……」
母以外と話した事など一度も無かったので、非常に緊張する。しかもそれが自分の憧れの存在であると同時に、魔族を忌み嫌う相手であるため、更に緊張してしまうのも仕方のないことだろう。
アシュニはミフォスが魔族と只人のハーフだと言うことは聞いており、それに対しては「へー、母親は魔力耐性が高かったんだなぁ」の一言で終わった。ハーフであろうとも魔族は魔族という事なのだろうか。
「ここは帝国領だから、このまま南下して王国にある俺の家を目指す、んで可能なら子孫の顔を拝んで、そっから先はー、んー、まだ考えてない」
もしかしたら子孫の顔を拝んで満足したら私を殺すのかも知れない。
そう考えると恐怖で竦むが、相手は逆立ちしても勝てない相手で、しかも自分は魔力が使用できないので逃げたところでその辺で野垂れ死ぬしか無い。それに憧れの存在に殺されるのも案外悪くないのかも知れない、少なくとも死に方を選べる時点でミフォスにとっては贅沢な事だ。
母曰く、帝国に捕まれば実験と称して生命としての尊厳を蔑ろにされるらしいので、アシュニに殺される方が幾分かマシだ。
母のことを思い返すと今でも陰鬱な気分になる。倒れた黒装束の中に髪を掴んで人の頭部を持っていた者が居た、その人の頭部は母のものであり、ミフォスが抵抗した際に見せつける予定だったのだろう。
もしかしたら母はなんとか生き残り、いつか再会出来るかもと一瞬でも期待していた娘の悲しみは言うまでも無いだろう。そして泣いていたミフォスの首根っこを掴み無理矢理立たせたのは他でも無いアシュニなのだが、その時のセリフが……
「やかましい、殺すぞ」
殺気に当てられたミフォスは黙る他なかった。人の心とか無いのだろうか、アシュニにとって魔族は配慮する必要など無い存在なのだろう、そう考えるとやはり陰鬱な気分になっていた。
(私が只人の子供だったらどんな反応をしてくれたのだろう)
ミフォスは知る由もないが、アシュニは泣く子供が好きではないので大抵同じ対応を取る。
泣いていなくとも生意気な子供は身分関係なしに蹴り飛ばしていた。ちなみに蹴り飛ばした中で最も身分が高かったのは帝国の皇太子である。なお自身の子供には激甘だった。
「お、ようやく街が見えてきたな。予定通り、お前は近くの森で待機してろ。んで、危険が迫ったら?」
「こ、心の中で、助けて、と強く念じます」
「やってみろ」
(助けて!)
「よし、出来てるみたいだな。じゃ、俺行くから」
「は、はい!お気をつけて……」
ミフォスの言葉は尻すぼみになっていった。
それも仕方ない事だろう、つい最近母を亡くし、今でも帝国の刺客に命を狙われている状況なのだ、現状最も頼りになる存在が最低でも数時間は近くに居ないのだ、不安になるのも頷ける。そんな様子をアシュニは鼻で笑い、街へ向かっていった。
アシュニとミフォスには魔力による繋がりがあり、強く念じるとミフォスからアシュニへの一方通行ではあるが、感情が伝わってくるそうだ。
この際のアシュニは非常に不愉快そうな表情をしている。自分以外の感情が流れてくるのはなかなかに気分が悪いらしい。
アシュニが街に入っていったのはちょうどお昼辺りで、現在は日も暮れ真っ暗な森の中でじっとしていた。
焚き火は目立つからするな、という言いつけを守り、黒装束から奪った外套で暖をとる。ちなみにミフォスは火の起こし方は知っているが出来た試しはないので、言いつけを守ったというより守らざるを得なかっただけである。
1人寂しい思いをしながら待っているとふと、自分は見捨てられたのではないかと不安になってくる、そんな不安を隠すように目をギュッと瞑っているといつの間にか眠っていた。
「おそよう、お寝坊だな」
「ふぇ…おはよう、ごじゃいましゅ」
目を開ければすでに日は上り、アシュニが火を起こして待っていた。どうやら夜中に戻ってきたら、眠っていたので起きるのを待っていてくれたらしい。そうして目が覚めたミフォスに何かを投げつける。
「それに着替えろ、お前の服は汚ねぇ」
「は、はい!」
今着ている服は母からもらった服で、何処かで洗って保管しておきたいのだが、アシュニがそれを許すだろうか。それを聞くのが怖く、着替えた後にそっと与えられた背嚢に仕舞う。
アシュニにはその場面をしっかり見られていたが、特に何も言ってこなかった。
新しい服は動きやすさを重視した旅人のような装いで、新品のように綺麗だった。ついでと言わんばかりに高級そうな毛布も押し付けられる。こんなもの何処で手に入れたのだろうか?
「あ、あの、この服、とかって何処で……」
「買った」
「えっ、あ、お、お金は…?」
「盗った」
「えっえっえっえっ……」
そんなミフォスの反応にケラケラと愉快そうに笑う姿をみて、この人、本当に英雄の1人なのだろうか?そんな疑問を感じずにはいられなかった。
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