003:メイ(May)について
••✼••
ここでは、カメラの前で生き絶えろ、と言われている。
この部屋へ来たばかりの時に、ライターのリョウから、着替えの服とタオルを渡されながらこう聞かされた。
「お金を生み出さへん限りは、ここから出られへんのよ。全部見せる。死は、換金される。金持ちの趣味ってやつやな。その後は、臓器」
「ここで、そういう目にあったやつがいる?」
「スローガンは、寝るな。それと、生と死と全てを見せろやねん」
「は? 死ぬのも流すのか」
「監視カメラは常時実況中。俺んとこは、いくつかの拠点より稼いでるからなんとか生き延びてるけど、これ、人相手やから」
「天井以外にもあるんだ?」
「せやなあ」言いつつ、引き継ぎノートに素早くペンを走らせ、上からすぐ消した。
『パソコンよこペン立て、ドラえもん、トイレ前』
リョウは、調子を変えず話し続けた。
「トイレのなかは、やめて欲しいよなあ。うんこが出えへんなるわ」
「マジかー」
「それで、だんだん皆んな喋らへんくなるねん」
「じゃあ、なんでリョウは喋るんだ?」
「それはな、俺は、喋らんと息がつまるんや!」
「おー」
「ここのチームは、俺が守る。ネットの向こうの誰かをうまいこと転がして、こっちへ誘い込んで。渡ってきたら、身代金と捜索の費用で大金が動く。運よく自宅へ帰宅できたらええなってなもんや」
「それは、大変だな」
リョウは、パイプ椅子に座り、天井の監視カメラを気にしながら、ノートに、メモを書く。書いて、痕跡を残さないように消す。
『ここは、たぶんカンボジア。タイかも。いくつも拠点がある』
書きながら、喋る。彼は、日本語に飢えているかのようだった。
「アンダーグラウンドの住人、売られたり、特殊詐欺、その周りの友人、知人な」
「国は、もう関係ないやろな。移民が入り乱れて、何がなんやら。人がな、ともかく多いんや」
「なんでリョウは、こっち来た」
「あー、サトウで失敗した。隠語やけど、わかる? 子らに金を握らせて使い走りにする。ちょっとくすねたのがバレてな。取引先に眠らされて、そのまま、やな」
「俺も似たような感じだな」
リョウは、こんな場所に似合わないほどの、ゲラだった。
笑い声が響き、メイが、日本語で話す俺たちを、透明な眼で眺めていた。
「ごめんごめん、ちょっと日本語の練習だ。日本語が懐かしくて」
リョウが、律儀に英語に切り替えた。
••✼••
メイは、ベトナム人だという。たっぷりした柔らかい肉をまとっているが、艶やかな柔らかい髪は顔の肉を隠す。眼は大きく濃いまつ毛が影を落とし、整った鼻筋と、滑らかな頬は、たぶん美人。体のラインを拾わないオーバーサイズの黒い服をいつも着ている。
そして、鈴が鳴るようなきれいな声。
耳が優しくなるような声なのに、皮肉屋だった。
もったいない。
だけど、お腹と太もものお肉だけは、ムチムチして美味しそう。
••✼••
ふー。今日もいい仕事したわ。
たくさんメールを送ると、眼が疲れるな。
俺は、パイプ椅子に座って、首筋をかいた。柔らかい毛が、もさっと手に絡む。最近、抜け毛が増えてきた。満月が近いせいかもしれない。
俺は、狼男なんだよね。
いや、マジで。毛深いのは生まれつき。満月の日は妙にテンション上がる。
あと、風呂がちょっと苦手。だから、週に一回、風呂に入れるという日があったけど、昨日も足だけ洗った。
メイに「臭うよ」って言われたけど、狼男は自然の香りをまとうんだよ。
Room-12の天井には監視カメラがある。リョウに聞いた通り、あちこちに配置されている。でも、俺はあんまり気にしていない。
だって、満月の日に『丸いもの』を見れば、ここから抜け出せるから。
トイレの小窓から、ほんのり白い光が差し込んでいる。
あれ、月じゃないかな。いや、街灯かもしれないけど、なんとなく丸いし光ってるし、ほぼ満月だ。あと三日くらいで満月だったはず。
続いて机の上のカップラーメンのはずした蓋を手に取る。
丸い。光沢がある。これ、いけるかも。
裸電球だって、角度を変えればまんまるだ。
よし。いける。首がむずむずしたからな。飽きたら抜け出そう。準備万端。
ちょうど、詐欺にも使えないと廃棄されてしまうターゲットで、変な人を見つけたし、ちょっと、縦読みを仕込んでみよう。日本に戻って、会えるといいな。
小さい冷蔵庫の前から、皆に「コーヒー、一本貰うよ」と、声をかけた。
リョウがため息ついて、「お前も、案外気楽やな」と言うけど、 お互い様だ。
何人もの女の霊を引き連れて、メイをかわいがるなんて、呑気なもんだ。
俺には、見えてるぜ。あんたの背後には、ふっくらした女の子たちの霊が。
俺は真剣だ。
地獄でも、毛は伸びる。満月には、本来の自分に戻る。それが俺の流儀だ。
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