第37話 晴れの日
「フラナ様~!」
今日のめでたき日に、城内ではフラナを探す声が響いた。
「フラナ、探されてるぞ」
今日の主役はいつも通り、竜舎にいてランの側にいた。
「フラナ様!今日はご準備が沢山あります!!」
フラナを探していた一人が、フラナなら竜舎にいるのでは?と、目星を付けて竜舎までやって来た。
「すみません、でもランさんにはイル様と私以外触れるのは難しいと思いますので」
悪びれた様子も急ぐ様子もなく、フラナはランに一生懸命飾り付けをしている。
「フラナ、俺が代わろう」
こういう日は女性は時間がかかるものだろうと、満面の笑顔で飾り付けをしている所に申し訳ないが、皆もフラナが来てくれないと時間が迫っていて気持ちばかり焦っていくだろう。
「…そうですか、じゃあこちらをお願いします」
渋々フラナは飾り付けの一部をイルに渡してきたが、全てを渡してこない所をみると、大人しく従う気もなさそうだ。
「ランさん、とても可愛いですよ」
フラナはランに人間でいう頭巾のような被り物を被せてほほ笑むが、当のラン自身は困惑しているだろうな、とイルは内心思った。
「フラナ、皆がフラナを待ってるぞ。あまり、皆を待たせるな」
ランの上にいるフラナに両手を差し出した。
「ちゃんと飾り付けは俺が責任を持ってやるから、楽しみにしていてくれ」
再度促され、ようやくフラナは観念してイルに体を預けて、ランから降りた。
「それでは、すみません。後はよろしくお願いします」
フラナはイルに頭を下げて、女性達に引きずられるように連れて行かれた。
「お前も困惑してるだろうが、元来女性というのは着飾るのが好きなものだ。今日位は、お前も付き合え」
イルはフラナから預かった残りの飾りをランに着せていく。
「…団長も用意が待ってますが…」
フラナと同じくイルにも準備は残っていたが、これは誰かに任せられない仕事だ。
「まぁ、俺の方は何とかなるだろ。これは、フラナの唯一の希望だ。叶えないわけにはいかない」
ようやくこの日を迎える事が出来たというのに、フラナが唯一希望した一つさえも叶えられないようでは、これから長く続く結婚生活にも亀裂が生じるだろう。
「よし!可愛い…のかどうかは分からないが、ランの準備は出来たな。ラン、今日はしばらくこのままでいてもらうからな」
普段とは違う出で立ちとなったラン。本人はいまだ困惑している様子だが、幸い暴れたりする様子はなかった。
「時間までランの事を頼む。じゃあ、俺も気が進まないが準備とやらに行ってくる。また、あとでな」
ランにも少しの別れの挨拶をして、フラナに続きイルも準備の為に城内へと戻った。
今日はこの国は何処も営業時間を短縮して、今か今かと沿道には人が押し寄せていた。
しばらく魔物の襲撃というこの国では珍しい出来事が頻発して、国の人達は不安な日々を送っていたが、その原因は竜騎士団が無事に取り除いた。との発表が先日されたのだ。
そして、竜騎士団長のイル王子が結婚するというビッグニュースが飛び込んできた。
さらには、婚約者のお披露目を通常は城から行っていたが、イル王子の愛竜に婚約者も乗り、国中を回る。と知らされ、国中が祝福と、竜に相棒である騎士以外の婚約者が乗ってきて、自分達の住居近くまで来てくれると、期待に溢れた。
「イル王子だ!」
何処からか、そんな声がした。竜舎から飛翔した黄金の竜。
その上には、国の人達が何度も見てきたイル王子が乗っている。
そして、今日はその後ろに婚約者である竜の世話人も乗っている。
沿道の人達は自分達の上空を黄金の竜が飛んでいくのを、祈りを捧げたり、祝福の声を挙げたり、それぞれの祝い方で二人の門出を祝った。
「竜まで衣装着ていて可愛い」
女性や子供からは、そんな声も聞かれた。
フラナが結婚するにあたっての唯一の願いで、それを元に特別発注された竜用の婚礼衣装をランは着用した上でこの国を飛んだ。
黄金と白に包まれた竜の上に乗る、イル王子と竜の世話人の二人も白色の婚礼衣装を纏い、人々の注目を集めた。
黄金の竜は人が住んでいる地域の上空をゆっくりと飛翔し、イル王子と竜の世話人は遥か上空から、国民の祝福に笑顔と手を振って応えた。
そして、そのままランは教会へ向かった。
竜を連れて行けるという、この国ならではの教会だ。
それ故に竜なしで訪れるのは難しいが、竜騎士の婚姻の儀は、王達含めてこの教会で挙げるのが伝統だ。
見張りの為に守り竜となった黒竜とアルク以外の竜騎士団員達は先に此処に集結し、自分達の竜と共に、これから夫婦となる二人を祝福した。
「まずは着替えたらランの前に集合だ」
国民達へのお披露目と、婚姻の儀を終えて竜舎に戻れば日は落ちていた。
「ランさん、今日は有難うございました」
まずは、この婚礼衣装を着替えないと肩がこるばかりだ。
「ラン、今日は有難う」
着替えを終えた二人は、ランの元に駆けつけて、今日一日付き合ってくれたランに礼を告げた。
「こんなに可愛い姿を見れるのが今日だけとか悲しいです…」
フラナはランの衣装を取る事を躊躇っていたが、慣れないものを身につけたままなのも流石に可哀相である。
「ランさん、私の我儘を聞いてくれて有難うございました」
断腸の想いで、イルと共にランの衣装を外していった。
「でも、いつものランさんも可愛いです」
名残惜しさに丁寧に畳んでいると、衣装担当の者が回収に来てくれたので、保管などは彼女にお任せした。
「ラン、悪いが今日からはフラナはお前とは寝れないぞ」
イルはランに声を掛けながら、フラナに逃げられないように手を握った。
「今日からは二人で寝るからな」
こうして強く手を握ってなければ、またランに乗って逃走されかねない。
それ位は鈍い男代表のイルでも流石に把握してきた。
「あの私…」
すっかり俯いてしまったフラナ。ランは疲れたのか、珍しく早めに寝る体勢に入っていた。
「ランとは夜を明かせるのに、俺とは明かせないなんて事はないよな?」
「ランさん、やっぱり今日は疲れたんですね…」
国中が祝福に包まれた夜、竜舎にはフラナの姿があった。
「結婚初日から、逃げ出すのは酷いんじゃないか」
フラナが来ても、起きてくれないランをフラナがそっと撫でていると、イルがやってきた。
「それに寝間着姿で外に行くのもどうかと思うぞ」
ようやく迎えた自室で二人きりの時間。
眠りについたばかりのイルは、自室のドアが開いた音で目を覚ました。
「すみません、イル様の寝顔を見たらつい………」
イルは羽織をフラナにかけた。
「ランも俺達が来ても起きないくらい熟睡してるし、今日ぐらいは側にいてくれ」
竜舎でランと一緒に寝た事はあったけれど、自室で二人だけで過ごすのは、全く別次元の話で、フラナは緊張して眠れず、ふと見たイルの顔にさらに緊張が高まり、思わずランの元に逃げてきてしまった。
「私、緊張してしまって…」
埒が明かなそうなので、フラナを抱き上げた。
「イル様!?」
イルが嫌で逃げ出した、とかでないのなら問題はない。
「フラナが此処で朝を迎えたら皆にあらぬ誤解をされるぞ」
寝る前にランに見栄を張って、ランにこれからはフラナは来ないと言ったが、きっとこれからもランの元へ行く日もあるのだとは半ば想像している。
しかし、今日位は一緒に朝を過ごしてくれないと、明日以降イルが同情の目や哀れみの目を向けられるのは必至だろう。
「ランは、竜舎にいるが、これを持ってきたぞ」
フラナが竜舎で寝る時に暖房具として使用している物にランのブレスを吐いてもらった物をフラナに渡した。
炎竜のブレスと違って光量があるランのブレスだと、夜でもイルの顔がよく見えてしまうのだが、優しさと鈍さを持ち合わせてるこの男には、そういう配慮までは意識が回らなかった。
なるべく光が照らしてしまわないようにフラナはそれを抱きしめながら、イルの自室で朝を迎えた。
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