第33話 浄化

「闇の竜の気配?何だそれは??」

フラナが適当な事を言うとは思えないし、ランが何故こんなにも興奮しているのかが分からなかった。

イル以外が近付けば威嚇等はしても、イルの仲間と認識している竜騎士団員達に対して攻撃するなんて事は今までなかった。


「城に近付けば近付く程、あの闇の竜のブレスを何倍にも凝縮して巨大化させたような渦が城の中から発生してた。その時に移ったのかもな」

あの禍々しい空間から離脱すれば、薄まった空気が濃くなったように感じていたが、纏わりついてきたものがあり、それにランは過敏に反応したという事だ。


「こんな夜にブレスのようなものが本当にあったとして、それが見えるものか?」

夜に紛れれば黒竜が偵察に向くのは当然として、それは闇の竜とて同じ事だ。

「…別に目に見えてるわけじゃねぇ、感じるだけだ」

フラナの発言から察するにフラナにも、その気配を感じる事が出来ているのだろう。


「まずは、ランさんの気持ちを落ち着ける為にも、黒竜さんは嫌かもしれませんが、ランさんのブレスで闇の気配を浄化しませんか?」

フラナの提案の通り、このままではランが収まる気配がなかった。

あの時は闇のブレスに包まれたが、光と闇は相互関係だ。闇に弱く光に強く、光りに弱く闇に強い。

気配が纏わりついている程度なら、簡単にブレスで浄化出来るはずだ。


「ランを落ち着かせられそうか?」

闇の気配を感じていなそうなイルではなく、あえてフラナに声を掛けた。

「イル様、ランさんの上に乗って落ち着かせてもらえますか?」

フラナの言葉にイルは従い、アルクも黒竜の上に乗った。


「…ランさん、ランさんならあの闇にも打ち勝てます。アルクさん達は攻撃せずに、浄化だけしてください。お願いです」

イルがランにとっても定位置である上に乗っていて、フラナが声を掛ける事でランも少しだけ落ち着きを取り戻してきたようだ。


「どうか…お願いします」

そうもう一度言葉をかけてから、フラナはランのすぐ横に移動した。

ランがブレスを吐く体勢になると黒竜が身構えたが、フラナも念の為にこっそりとナイフを取り出してその場を見定めた。


ランがブレスを軽く吐くと、その光はアルクと黒竜を包んでいった。

「ランさん、流石です!!ヴィッセンさんが帰ってきた時に機嫌が悪かったのも、こういう事だったんですね」

ヴィッセンは、城から遠かったのと活動時間が夕方までだったから、其処まで闇が深くなかったのだろう。それでもランは多少の反応を示していたのだ。


「とりあえず一件落着という事で良いのか?」

いまいち理解出来ていないイルがランに乗ったまま問えば、フラナが笑顔を返してくれたのでイルはランから降りた。


「…アルク…ランが申し訳ない」

アルクがランの尻尾から逃げれないと悟って、咄嗟に防御反応をとったから何とかなったが、それでも無傷ではない。


「俺が近付き過ぎたんだ。問題ない」

アルクはそう言ってくれたが、竜の尻尾で吹き飛ばされたのだ。かなりの衝撃を受けたはずだ。

「そんな事より、あの闇の元が竜かどうかは関係ない。あれをそのままにはしておけない」


アルクは黒竜にもたれかかりながら、事態は急を有している事を述べた。

「あれを何に対して使う気なのか…。もし、あの闇の渦がこの国に向けて溜められていたとして、攻撃されたら前回の時程度の被害じゃすまないぞ」

闇の竜のブレスが元であれば、夜が更ければ更ける程に闇が深くなるように、あの闇の渦も濃くなるだろう。


「…その闇の渦は一瞬ではなく、ずっと渦巻いていたのですか?」

フラナが感じ取っていた数日前からの異変が闇の渦によるものだとすれば、ここ数日ずっと渦巻いていた事になる。

「そうだ。俺達が退却する時も少しずつ濃くなっていってるのを背中で感じた」

だとすれば、それは闇の竜にとっても危険な状態なのではないかと思われた。


「つまり、その根源が闇の竜さんだとしたら、ずっとブレスを吐き続けているという事になりますが、そんな事が可能なのですか?」

フラナがお願いして力を最小限にしたブレスを、ランや炎竜に吐いてもらった事は何度もあるが、それが継続的に吐けるとはとても思えなかった。


「ブレスは、魔法を唱え続けるようなものだ。竜のブレスの種類や個体差もあるだろうが、そんなに連続して吐き続けれるとは思えない」

あの闇の竜がそんなに連続してブレスを吐けるのなら、ランだけにでなく竜舎にいた竜達にブレスを吐かれていれば、こちらが勝てる見込みはなかっただろう。


「あれが何で出来てるかは一旦置いておくとしても、あれをこのまま見逃せない。ただ闇の力に属する何かなのは確かだ。なら、その力が一番弱まる夜明けに奇襲をかけるべきだ」

イルはそれを見ていないから、判断が難しいが、闇の竜がいた時も今回も実際に目にしているアルクが言うのだから、その通りなのだろう。


「行くとなれば総力戦になるだろうが、ランを連れて行くのは難しいかもしれないな」

普段温厚なランが取り乱して闇の力を纏ったというだけでアルクを攻撃する程ならば、さらに濃い闇が存在する場所に行っても混乱させる恐れが高い。


「…皆には負担をかけるが俺達は此処に残り、皆で様子を見に行ってもらうしかないだろうな」

こんな危険な事に皆だけで行かせたくはないが、竜同志で争いが起きれば奇襲が奇襲ではなくなってしまう。


「………闇の力を持つ何かに攻撃をする事は出来ても、浄化出来るのはランさんだけです。ランさんだけは今回は守り竜にするのは得策ではないかと思います」

騎士達の話に非戦闘員の自分が口を出すのは躊躇ったが、先程ランのブレスがアルク達に纏わりついてしまった闇の力を浄化出来たように、ランの力は必ず必要となるはずだ。


「そうか…。ラン行けそうか?」

フラナが珍しく戦いの事に口を出してくるのは、アルクと同じくフラナも何かを感じ取っているからなのだろう。しかし、ランの精神が心配ではある。


「ランさん、またあの闇の竜さんと出会うかもしれません。それでも、先程のように闇を祓えるのはランさんだけです。どうか、ご協力をお願いします」

フラナはランに頭を下げた。光と闇はお互いがお互いを弱点とするから、ランが攻撃されてしまえばランは他の竜よりもダメージを負ってしまうだろう。

だが、闇の力を追い払えるのは光の竜であるランだけでもある。


「フラナに頭を下げられたら行くしかないか」

フラナの願いに応えるかのようにランは立ち上がった。

その後の話し合いで、アルクはランに吹き飛ばされた事と、その実力をかわれてこの国の守り竜として、黒竜と共に残る事となった。


「竜さん達用と皆さん用です。何かの際は使用してください」

竜騎士は高い所を飛ぶので、他国ではよく用いられるマントのような装飾品はつけないのだが、身を隠す際には布があると何かと好都合な場合もあると、前回の襲撃の後に急遽注文していた布が納品されていたので出発する皆に手渡しをした。


皆の出立を見送ってから、皆より足の速いマイル達はイル達に合流する手はずだ。

道具など持って行った方が良いものはないか、の最終確認をしてから追いかけても充分に間に合うはずだ。


「おい、今回はお前が守り竜となれ」

荷物確認をしていると、守り竜となる事を了承したはずのアルクがマイルに交換を持ちかけてきた。

「嫌な予感がする。此処は多分問題ないから大丈夫だ」

毎度おなじみ根拠は全くない、アルクの予感の始まりだ。


「ヴィッセン、お前非戦闘員なのに良くやったな。この国から出る時の返却を条件にこれを渡しておく」

アルクはそう言うとかなり大きい卵を取り、ヴィッセンに渡した。

「!!!こ…これって、もしかしなくても………」

見慣れない卵にヴィッセンは釘付けだ。


「十中八九、竜の卵だそうだ。俺も卵は見た事ないから詳しくは知らん」

副団長などの古株なら、イルが生まれる前に卵だったランを見ているからこれは竜の卵と分かるそうだ。


「竜の卵は温める必要もないし、いつ孵化するのかも分からない。竜の誕生には謎が多い。お前が少しでも解明してみろ」

あの卵は此処に最近保管された竜の卵らしきもの。とされて厳重に保管されていたはずなのに、どうしてアルクが持ち出しているんだ?と、マイルが混乱している間にアルクは黒竜と一緒に飛んで行ってしまった。


「え~?これ絶対に俺が怒られるやつ………」

速さだけでいけば余裕で追いつけるのだが、この国から竜は一匹は守り竜として残らないといけない。というこの国では最も重要視されている原則があるのだ。

無暗に追いかける事は出来ない。


「マイルさん良かったらこちらを」

そう言って落ち込むマイルにフラナが手渡した物は、竜の首に付けられるようになっている人間でいうネックレスのような物だった。

中心部にはランに吐いてもらったブレスが込められている。


「こちらには来ないと思いますが、万が一の時の為に」

敵から目立ち易くもなるが、照明の代わりにもなる物だった。

これも前回の襲撃の時に、竜に付けられる物があれば、暖をとったり、明るさをとりやすくなると発注されたものだ。


「団長にお言葉をかけなくても良かったんですか?」

婚約してからの初めての遠征だ。しかも得体の知れない相手をしに行くのだから、当然会話があると思っていたが、特に二人は出発前に会話を交わさずにイルは旅立っていった。


「…イル様は此処に帰ってくると約束してくれました。だから私は此処で皆さんの帰りを待ちます」

非戦闘員である自分に出来る事は、どんなに遠く危険な場所にイルが行くのだとしても此処で無事を願う事くらいしか出来ない。

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