ポミ太日和
青春と言うにはあまりにも遅すぎた夏。
ヒョロヒョロの男が、なぜか自分の影の画質を気にしていた。
男の名はポミ太。
鏡の中の自分にだけコクンと頷く。
AIに心を読まれるのが嫌なので、頷く対象を鏡越しの自分に限定している。
昼はDAWで作曲。
夜はボウリング場でピン磨き。
二つの仕事に共通点はないが、ポミ太は
「音の粒とピンの立ち姿勢は同じ理論」
という持論をずっと持っている。
小学生のころ、「何にでもなれる」と作文に書いた日、身長が2cm伸びた。
以降、ポミ太は文章は伸びると信じ続けている。
SNSにはAIのおすすめが次々出てくる。
ポミ太は全部無視した。
「俺の好みを俺よりAIが知ってたら困る」という理由で。
結果、タイムラインには芸人・ケンピー則下だけが表示される仕様になった。
そこだけはわりと見ている。
セミが鳴く。
(信頼していないが、鳴く)
夜勤明けのまどろみに包まれながら、
グラミー賞受賞スピーチの練習をしつつ、
愛猫にコーンスターチを塗るのが日課。
愛猫とはいえ、特に呼び名はつけていない。
「名前をつけるとキャラが出るので面倒」という理由である。
ポミ太は、おじいさんの形見のオルゴールを大切にしている。
ネジを巻く回数は必ず素数。
「人生は割り切られたら負け」という独自ルールのためだ。
オルゴールを鳴らすと、
セミの声と金属音が、一瞬だけ同期する。
ポミ太はそれを「シンクロ現象」と呼んで満足している。
「あ、昨日の夜勤終わり、猫にコーンスターチ塗るの忘れてた」
ふと視線を向ける。
巨大なトウモロコシが座っていた。
愛猫だった可能性もあるが、
「まあ今はトウモロコシなので」と処理した。
とりあえずそれを、
「好きな食べ物ランキング第4位」
という理由でかじってみた。
甘い。
(猫の味ではない)
噛んだ瞬間、何か“日常の一部”が崩れ落ちた気がしたが、
その気のせいすらも流す。
「友達を失ったのか……?
いや、食べただけか……?」
答えは曖昧のまま。
その日の夜勤では気分転換にピンをトウモロコシ型にくり抜いた。
出来映えが良かったので、調子にのっていくつも作った。
そのうち噂が立った。
「トウモロコシ型のピンが紛れているボウリング場がある」と。
検索エンジンで急上昇し、
AIのおすすめ記事にも掲載されはじめた。
AIのおすすめを徹底的に無視してきた男が、
今度はAIに“おすすめされる側”になったのだ。
ポミ太はどこにでもいる。
そして、あなたの生活のどこかにも、
いまだ名前すら与えられていない何かが
しれっと座っているはずだ。
気づくまでは、それが正しい。
小説・de・コア ほねなぴ @honenapi
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