第五章:触れてはいけない温度(再会)

​――桜 side――(22歳)

高校を卒業し、大学生活を経て就職して数ヶ月。

あれから5年が過ぎた。


​駅前のカフェのガラス越しに、私は見覚えのある背中を見つけた。


遥斗さん……?

​意を決して、カフェに入った。


​「…あの、遠野さんですか?」


​声をかけると彼はゆっくりと椅子を回した。


​「……桜ちゃん?」


​遥斗さんの目が、驚きでわずかに見開かれる。


​「っ…!やっぱり、遥斗さんだ…」


​遥斗は、すぐにいつもの穏やかな表情に戻ったが、声には動揺が混じっていた。


​「久しぶりだね、桜ちゃん。こんなところで会うなんて。まさか君に声をかけられるとは…よくわかったね」

​「わかりますよ、遥斗さんのことですから。​遥斗さんは今もあのカフェで働いてるんですか?」

​「そうだよ。俺は相変わらず。悠真のカフェで、今は店長として働いてる。良かったら、今度店にも来てよ」

「そうなんですね!今度いきます!私はこっちで就職して社会人になりました」

​「そっか、もう社会人か…。あれから5年も経つもんね。」


​一瞬の沈黙。静かなテーブルを挟んで、向き合う。遥斗と会って話をするうちに、何年経ってもこの人が好きだという思いを、私は再確認していた。


​「遥斗さん、せっかく会えたので、また会いませんか?」


​私は一呼吸置いて、彼の顔をそっと窺う。


​「あっでも、二人で会うと、彼女さんに怒られちゃいますよね…?」


​遥斗に、心の底から彼女がいないことを願いながら、尋ねた。



​――遥斗 side――

​桜ちゃんが、まるで探りを入れるように「彼女」の存在を尋ねた。

​5年の月日が流れ、大人の綺麗さがでた彼女に大切な人ができてもおかしくない。

彼女が俺に話すときの表情は、まるで「上司の近況」を聞くようで、俺に彼女がいようがいまいが、彼女にはもうどうでもいいことなのだろうと感じた。


​(俺に彼女がいても桜ちゃんはもう何も思わないのか……。俺の臆病さが招いたことだ。彼女に大切な人ができたなら、俺はもう彼女の幸せを邪魔する権利はない)


​自分の逃げた結果だと、ショックと後悔を同時に飲み込む。


​「残念ながら、彼女はいないんだ。」


​俺は、精一杯平静を装って、だが後悔を滲ませるように言葉を返した。


​「連絡先は変わってないから、桜ちゃんさえよければ、また連絡ちょうだい」


​遥斗が静かに笑った。



​――桜 side――

彼女がいないことを知って、私の胸は歓喜でいっぱいになった。

もう二度と、このチャンスを逃したくない。


​「じゃあ、連絡しますね!5年前みたいに、逃げないでくださいね、遥斗さん!」


​(遥斗 side)

​​桜ちゃんのその言葉を聞いた瞬間、俺の心臓は激しく跳ねた。

「逃げないで」――その言葉は、彼女がまだ俺との関係を望んでいることの証明だった。同時に、彼女に彼氏がいないことを示唆しており、俺の心に安堵と罪悪感が同時に押し寄せた。

​(まだ間に合うのか?いや、俺はまたこの子を傷つけるんじゃないか)


​私の言葉に、遥斗さんの笑顔が、一瞬だけ固まった。

その表情に、5年前に彼が引いた、氷のような境界線が揺らめいた気がした。

​この日、私たちは連絡先の交換をせずに、解散した。連絡は、すべて私に委ねられた。これは、遥斗さんからの、**「今度こそ、君のペースで進んでいい」**という、遅すぎた許可なのだろう。

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