第18話 国王様
「クルーザー船?」
「そ。昼頃には着くって言ってたから、魚よりはレカムの可能性の方が高い」
「それは確かに」
「だろ?」
柔らかな風が、カキラの銀髪を靡かせて花びらが舞う。口角を上げるカキラは、そのまま私の手を取って歩き出した。
「と、言うことでだ。ミカゲ、カランは一旦借りるから洗濯物の回収だけお願いしてもいいか?」
「あはっ断る理由もないですね。任せてください! 姉さんまたね」
「うん、またねミカゲ」
花畑の花たちもバイバイと言うように揺れる。今度また時間がある時、ここでお昼寝したいなぁと思いながら、楽園のようなこの場を後にした。
***
「カキラはさ、レカムさんと仲がいいの?」
太陽は私の真上にまで登り、この島を照らす。
光と影を繰り返す木漏れ日の中を歩く中、何となく呼び捨てな関係が気になって聞いてみれば、カキラは「んー」と視線を空へ飛ばした。
「仲は良いとは思うが。……どちらかと言えば信頼を置いてるだけに近い気も」
「信頼置いてるなら、親友じゃないの?」
「んー、どうだろうな」
青空を見上げるその眼は宝石のように綺麗で、雪解けのように輝く銀髪が一層美しく見える。
思い出の中のレカムさんも、太陽のような眩しさを纏っていたけど私のカキラもダイヤモンドダストみたいに綺麗だ。まさに月と太陽みたい。
「でもまぁ、レカムが良い奴なのは確かだ。そこは心配しなくていい」
「そっか。けど、カキラがそこまで信頼してるなんて。い、いつそんな仲良くなったの?」
少なくとも小さい頃はカキラと私はずっと一緒だったし、レカムさんとの交友してる所なんて見たことない。じゃあ、部屋でお留守番してた時? にしても、国王様とそんな仲良くなれるものなのかな。
教えて教えてと繋いでいない手で袖を引っ張れば、カキラは目を一瞬だけ丸めてからニコッと瞼を閉じて笑った。
「さぁ、いつだろうな」
表情はいつもの優しさなのに、声だけが水面の底へ消えていく様で。思わず指先が震えた。柔らかなその微笑みに、息が詰まる。この瞬間だけ、薄い氷の膜が私たちの間に張ったように感じた。
風が止む。ふわふわと揺れていた髪は、パサりと肩に落ち着いてふっとカキラは私を見下ろした。雪のようなまつ毛から覗く空色の眼は、宝石みたいに綺麗で冷たい。
「ただ昔に、少し共通の話題があっただけさ」
「そう、なんだ」
「それ以上でも、それ以外でもないよ」
カキラがそう言った時、木の隙間から落ちた影が彼の横顔を半分だけ隠した。空を飛ぶカモメの声がどこか遠くに聞こて、胸の奥がざわつく。
(これは、触れられたくない話題だったのかな)
あからさまに引かれた一線。
あの頃の私の世界にはカキラしかいなかったのに、カキラは違ったんだ。それに今、隠し事もされて……胸の奥がキュッと縮んだみたいに苦しい。
「んみゅ?」
「ふふっ。なぁに、寂しいのしらたまちゃん」
心配してくれたのか、おでこに張り付いたしらたまちゃんを剥がす。寂しいのは私の方なのになのに、そんなことを返したものだから、しらたまちゃんはさらに首を傾げた。
その仕草が可愛くて、少しだけ心が軽くなる。私の中でカキラが一番だったから、勝手にカキラもそうだと思ってた。慢心過ぎたのかな、なんだか恥ずかしいなと顔を隠して歩く足を早める。
(カキラの事誰よりも分かってるつもりでいたのにな)
……本当は、知らないことだらけだったんだ。
憧れと理解は違う。けど、それでも自分が理解者だと思っていた。あまりにも図々しいな、私。
「カラン?」
それになにより、私だって呪いのことを知っているのにカキラに隠してる。自分の事を棚に上げて、勝手にショックを受けれる立場でもない。
「カーラーンー?」
カキラを勝手に慕って裏切られた気持ちになるなんて、自分勝手すぎてため息がこぼれる。
ミカゲやスミレくんの前では、つい意地を張ってしまうけどカキラには、どうしても甘えてしまうんだ。だからこんな、子どもみたいに感情的になってしまう。
「……」
おもちゃ取られた子供じゃないんだからと、肩を落とした時ぱっと繋いでいた手が離された。
木枯らしに触れたように、手のひらにあった温もりが消える。
「えっ、あ……えっ?」
突然突き放された気持ちに襲われ、行く宛をなくした手とカキラを交互に見れば、ぱりちと目があった。緩んだ頬に細められた空色の眼。足を大きく前に出したカキラは、勢いよく両手を広げた。
「なんだ〜! ヤキモチかカラン、可愛いな〜!!」
「わっ、ぁう!」
「やっぱレカム迎えるの止めるか。な? カランだって大好きなお兄ちゃんと一緒に居たいもんな」
このこの〜と、ぎゅうぎゅうに腕を巻き付けては首元に顔を埋めてきたカキラ。すぅーっとそこで息をするものだから、声にならない声が出そうだ。腕の中から出たくても、カキラの石鹸の香りが一層強く感じて頭に酸素が回らない。
「やめっ、やきもちじゃ……! 髪わしゃわしゃしないで。離れて……ほっぺもちもちしないで」
「おぉ、反抗期? 大丈夫大丈夫、カランが恥ずかしがり屋の意地っ張りなのはよーく知ってるから」
ダメだ話聞いてくれない。
半歩後ろに下がれば、それ以上にぐっと背中に回る腕に力が入ってカキラの胸板に頬がくっつく。ロングマントのせいで視界いっぱいがカキラだ。
懐かしくて優しい匂いを吸うたび、呼吸が浅くなっていく。今日は暑くないから汗かいてないと思うけど、汗臭かったら嫌だし離れて欲しい。
「はぁー。でもな、カランより俺の方が嫉妬なんて生ぬるい感情じゃ表せないくらいアイツらに妬いてたんだぞ」
「そ、そうなんだ。えへ、えっと……カキラそろそろ離れ」
「すぅー、はぁー。もういっか、レカム迎えないで帰ろう」
ダメだよと、必死に背中を叩くけど離れる気配がない。こんな事になるなら拗ねなければ良かった。
誰か、誰か助けてと涙を浮かべたとき「ピュイ、ピュイー!」と元気な鳥の声が通り過る。腕の隙間から通り抜ける爽やかな風に、パキッと声が踏まれる音がした。
「えー、あの白饅頭みたいなのがカキラって奴なんすかレカム様?」
突如聞こえた人の声。
おちゃらけた感じだけど、芯がしっかりとした低い声。上がる語尾は高いけど……誰だろう。
とりあえずカキラに背後取られてるよと、必死に背中を叩くけどため息しか返ってこない。参った困った、知らない人にこんな姿見られたくないよ。
ざっざっと、足音は近づいてくる。あわわと呼吸が乱れて、早く離れてと叩きまくっても離れるどころか埋め込むように、回されてる手が強くなった。
「あぁ、彼で間違いないと思うよ」
「でも例の白雪ちゃんがいないっすよー?」
「フフッ、恐らく彼の腕の中に仕舞われてるんじゃないかな」
詰んだ。
もう声がすぐ近くに聞こえる。あぁ、穴があったら入りたい。静かに膝を曲げ内側からの脱出を試みれば、カーテンの様にカキラのマントがぐるりと着いてくる。
「カラン小さいし、なんかこう上手くマントに隠せば……」
「ほら、如何にも私たちに見せないように隠そうとしてるだろう?」
「……メアくんが、シスコン野郎ですよって言ってた意味が分かってきたかもー」
足音はピタリと止まり、ワルツのターンを踏むようにカキラはマント越しに私を支えてくるりと回った。仮にも国王様がそこに居るのに、こんな出会い方嫌すぎる。
もぞりと肩の上で動いたしらたまちゃんに頭を乗せて、もうどうにでもなれと息を吐いた。この場はもうカキラに何とかしてもらおう。
「悪いレカム、迎えられなくて。っと、隣にいる奴は、確か白雪の婚約者候補にいた……」
「トマでーす。土の国のチャンピオンやってるっす。以後よろしくー」
「彼は名高いデザイナー家の御曹司でもあってね。宝飾や服飾を専門にしていて、私もたびたび利用させていただいているんだ」
記憶にあるレカムさんの声と、彼の声は一致していた。朗らかで、繊細な声の中にしっかりとある芯。そよ風も鳥の声も、まるで彼に惹かれる様に流れていく。
レカムさんの紹介に、ふぅんとカキラは呟いてからそっとマントを捲った。森林の爽やか香りが、ふっと入ってきて視界に隙間が生まれる。
「……」
「……ぇと、そろそろ出してほしいな」
何を考えているのか分からない眼差しに、言葉が尻すぼみになっていく。でもこれ以上は、カキラの匂いに体温に……と、あまりの供給過多で呪い殺しそうだ。ちらりと、林檎のペンダントを見れば青緑は波打って、鬼灯の様に淡い光を灯す。
「えっ……」
じんわりと広がるそれに、思わず声が零れた。
夕陽が海に浸かるように、広がる温かな波紋。冬から春へと移り変わる色彩に、頭から水を被った気分だ。
足がすくんで、喉が震える。冷たくなった指先でぎゅっとペンダントを握りしめた。
(違う、これはお兄ちゃんに対する親愛で恋なんかじゃない。誤作動しないで、お願いだから。冗談が冗談じゃなくなっちゃう)
これが赤になった時、私の恋心が可視化され相手を呪い滅ぼす。なら、この波は今その審議をしているんじゃないか。
(自分の心に嘘をつけ、言い聞かせろ。恋じゃない親愛。ただの照れ隠しと動揺。恋じゃない好きじゃない。愛してるだけで恋じゃない)
何がなんでもカキラには生きてて欲しいから、好きになる訳にはいかないんだ。
ええいこの、愛と恋の違いが分からないせいで誤作動なのかも判断できないなんて。
「カラン、どうした?」
「カキラちょっと静かにしてて!」
あーほらもう、カキラが話しかけるから脈拍と同じ勢いで波打ってるよ。ダメダメ違うって落ち着けと荒くなる息を鎮め、しらたまちゃんを撫でながらペンダントを見つめる。
深呼吸を繰り返していくうちに、波紋はゆっくりと広がって。だけどなかなか戻らない。
「……呪いの対象を増やせば、緩和できないかな」
早くどうにかしなければと、冷や汗が頬を伝う。もはやときめきというより、緊張からくる動悸の方が強い。かくなる上は、賭けだ。
レカムさんを視界いっぱいに入れる大作戦を実行しよう。唖然と私を見下ろすカキラは隙だらけ。ばっと勢いよくマントから顔を出し、私は目の前にあるあの太陽にも負けない顔面を拝むんだ……!
「っ、えい!」
「あ、おいカラン!」
カキラの命守るためなんだから止めないでと、マントを持つ手を両手で防ぎ顔を上げた。
視線の先、パチリと絡む満月の瞳は私を映してはまるで信じられないものを見るように目を見開いて、私の後ろをちらりと見る。そして、静かに肩を震わせてから屈託のない笑顔を浮かべた。
「っ!」
花が咲いたようにその笑顔は眩しくて、思わず息を飲む。尖った耳に、隠された左目。ミステリアスな雰囲気とは裏腹にクスクスと笑う彼は子供のように見えた。
「フッ、フフッ……アハハッ。やっぱり君たちは、本当にっ、フフッ仲が良いんだな」
「はぁー」
「……えっと」
頭上から落ちた呆れたため息と、上品に口元を手で隠しながらも爆笑するレカムさんに脳が混乱する。記憶の中のレカムさんは、あれから十年以上経っているのに姿は変わっていない。それに、やっぱり国王的なオーラが全く感じない気がする。
花畑に咲く、一際綺麗な一輪の花みたいな雰囲気だ。そんな彼の隣に立つ淡い桃色の髪をしたトマと名乗った青年は、レカムさんよりも背が高くて見上げるだけで首が痛む。
「はーっ、君たちが揃ってる姿を見れただけでもここまで来たかいがあったな」
「レカム様がこんなに笑うとか、マジあの子何者なんすか?」
「いやこいつツボ浅いんだよ。カランは別に何者でもない」
「フフッ、君たちカキランが楽しそうでなによりだよ」
照らされる金髪は彼が震えるたびに、ふわりと揺れて星が流れているみたいだ。本当に綺麗な方だなと見惚れてしまう。ただの森林の中でさえ、レカムさんが立つだけで絵画の一部みたいだ。
「さて、挨拶が遅れたね」
ひとしきり笑って落ち着いたのか、レカムさんは紅潮した頬のままコホンとわざとらしく咳払いをして、視線を合わせるように屈む。
差し出された手のひらは、あの頃と変わらずしなやかで大きい。カキラから離れて、足を一歩前に出し私はその手を取った。
その刹那、風が彼に吸い込まれるように通り抜ける。流れる葉は光を纏い、視線を誘導するように飛んでいった。
「カランちゃん、改めて自己紹介をさせて欲しい。私はレカム、旅が好きなしがない精霊さ」
「えっ……?」
国王じゃないのと、喉まで出かかった言葉を飲み込む。代わりに零れた気の抜けた声に、一拍間を置いてレカムさんは困ったように眉を下げ笑う。
「一応、雷の国で国王もしているけれど。できれば、対等な関係でいたいんだ」
「ど、どうして?」
理由もなく、そんなすごい人と対等な関係で軽口を叩くなんて恐れ多い。だけど、そう思いつつも無意識に私は敬語を外して話していた。
まるで、昔からそんな風に話していたみたいにするりと言葉が抜けていく。そして、満月のようなその目と視線が絡む度、言葉にできない感覚に胸がざわめくんだ。
「フフッ、どうしてだろうね」
けれど戸惑う私に、レカムさんは花が綻ぶみたいに笑う。その笑顔があまりにも幸せそうだったから、何も言えなくて二つ返事で頷いた。
ちらりと見えた林檎のペンダントは、波が引くように青林檎に戻っていた。
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