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光池公園の見晴らし台。
東屋のベンチに座って、近くのコンビニで買ってきたアイスを食べていると、笛や太鼓の音が聞こえてくる。もうすぐ秋のだんじり祭りなので、参加する人たちが練習に励んでいるのだろう。
「この時期になると、にぎやかだよねぇ」
他人事のように、遥香は言った。
だんじりが盛んな地域に生まれたけれど、なぜだか遥香自身はあまり興味を持てない。祭りばやしが聞こえても、特別に心がはずむこともない。
「……うん。そうだね」
隣にいる文乃が、かたい声で答えた。声だけでなく表情もカチンコチン。遥香は小さく息をつく。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だって。西華は優しいから。こないだのヘビの妖みたいに怖くないから」
「べ、別に、怖いとかそんなことは思ってないよ」
「でも、なんか緊張してるみたいだよ?」
「だって! 葛の葉姫なんでしょ⁉」
文乃はガバッと顔を上げ、遥香の両肩をつかんで揺さぶった。顔が紅潮して、えらく興奮している様子。くずのはひめって西華のことか?
「私、昔からあのお話大好きなんだよ! いろんなバージョンのお話見たり読んだりして、そのたびに何回泣いたことか! 葛の葉姫と童子丸がかわいそうでかわいそうで……! そ、そんな葛の葉の姫様が……!」
「ちょ! ちょっとアヤちゃん、落ち着いて……!」
ガクンガクンと体を揺らされながら、遥香はなんとか声をしぼりだす。ハッと我に返った様子の文乃は、遥香の肩からパッと手を離した。顔が真っ赤っかだ。
(あ~びっくりした。まさかアヤちゃんが、そんなに西華のことが好きだったなんて。……どうじまるって誰だろう?)
そんなこんなでしばらくすると、奏多がひょっこり現れた。
「お待たせ……って、なんかあったの?」
顔を赤く染めてうつむいている文乃を見た奏多が、不思議そうにたずねてきた。
「なんか、アヤちゃん、西華のファンなんだって。くずのはひめとか何とか」
「ああ、なるほど。いい話だもんね。僕も好きだよ」
「でしょ? そうだよね? 何でハルちゃんがこんなにあっさりしてるのか、私、意味わかんない!」
意気投合する二人を見て、遥香はムスッと唇をとんがらせる。
(また始まったよ……会うのは二回目だっていうのに、ほんと仲いいよね、この二人)
あの日初めて会った奏多と文乃は、あっという間に仲良くなった。二人とも頭がいいし、小説好きという趣味も同じだからか、ものすごく気が合ったみたいだ。マンガぐらいしか読まない遥香は二人の話についていけず、なんだか仲間外れにされている気分だった。
「そんなこと言ってもねぇ。実際の西華なんて、全然、姫って感じじゃないしなぁ。ただのコスプレ狐って感じ」
「……そのまま報告するからな」
「わ、ウソだって! 絶対言うなよ、奏多!」
あわてる遥香を見て、文乃と奏多がふきだした。その様子を見た遥香は、「う~」とうなって二人をにらむ。
(二人してわたしを馬鹿にして……。ま、いいや。アヤちゃんが楽しそうなら、それで)
楽しそうに笑う文乃を見ていると、遥香の心がホワホワとあたたかくなる。怒るのも馬鹿らしくなる。
一度妖に取り憑かれた人間は、その後も狙われやすくなるらしい。心配した西華が、文乃も一緒に修業してはどうかと遥香に提案した。それを文乃に伝えたところ、「ハルちゃんと一緒なら喜んで!」と大乗り気。今日これから、記念すべき文乃の初修行だ。
さらに、文乃はソフトボール部にまで入部してくれた。なんでも、おばあちゃんの調子がよくなったおかげで、時間に余裕ができたらしい。人数不足で秋の大会を辞退しなければならなかったソフト部にとって、まさに救世主。キャプテンになった茜をはじめとするソフト部の面々も、大喜びで文乃を迎え入れた。
遥香も、文乃と一緒の時間が増えて、最近毎日がすごく楽しい。
太陽がだいぶ傾いて、空に赤みが差してきた。
「さ、早く行かないと。『いつまでワシを待たせる気だ?』とかって西華に怒られるよ」
遥香は二人を誘いながら、オレンジ色に染まった町を見下ろした。
聖の森神社が、視界の端に小さく見える。西日に照らされた鎮守の杜が、ルビーみたいに赤く輝いている。あの輝きに向かうんだと思うと、ウキウキと心がおどる。今日も西華は元気だろうか。
自然と笑みがこぼれる。遥香は、勢いよく腕を突き上げた。
「じゃあ、出発進行だ! 行くぞ!」
文乃と奏多は、よし、じゃあ行こうとか言いながらのんびり準備を始める。
遥香の望んだ反応ではない。せっかく号令をかけたのに、気に入らない。
「声が小さい! 行くぞ~!」
もう一度号令をかける。文乃と奏多は目をパチクリさせた後、お互いに顔を合わせた。軽くうなずいてから笑みを浮かべて、遥香と同じように腕を突き上げながら、
「……お~!」
二人とも、大きな声で応じてくれた。
それが嬉しくて、遥香は笑う。文乃と奏多も、つられて笑う。
三人の楽しそうな笑い声が、茜色に染まる和泉の空にこだまする。
秋の夕暮れの赤い光が、穏やかに、あたたかく、優しく、三人を包み込んでいた。
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